小話03.見舞い〈side:フェルステル〉
見舞い前のフェルステルさんのお話。
スグルが風邪を引いたらしい。
『やだ、私のせいかしら…』
夜会の翌日、久々に実家で朝食を摂っていると、向かいで頬に手を当てた姉がそう呟く。フェルステル・ベアトリクスは、今年で38になるが――元々の顔立ちなのか若作りが上手いのか知らないが、実年齢よりは10は下に見える。自分と同じ金の瞳がこちらに向けられて、僅かに細められた。
『ごめんなさい、あの子にお酒勧めたのよ。あの後見失ってしまったのだけど、そのせいだったら…悪いことしたわ』
『…は?』
あいつに酒を飲ませたのか。
『何やってんだ、お前。あんなに身体が小せえんだ、明らかに飲めねえだろうが!』
『でも成人しているのでしょう?飲めるって言ってたし。それに、ドレスも良く似合ってて。あんなに可愛らしくて幼い印象なのに色っぽくて、とっても素敵だったわあ』
『話を逸らすな!』
声を荒げて立ち上がると、姉は面白いものでも見るようにニヤニヤしながらこちらに視線を向けた。
『あらあら、ディーがこんなになるなんて。あの子のことはお気に入りだったのかしら』
『違え、そういうことを言ってんじゃねえよ』
『ふうん?』
昔から妙なところで聡い。多くの部下が震え上がる殺気を込めた視線を向けようが、姉はその笑いを納めなかった。
『勿体無いわね、見れなかったの?本当に綺麗だったのに。会場の男性陣がギラギラした目で見てたわ。ふふ、護衛の男の子も苛々してたみたい。愛されてるのねえ』
『………』
堪忍袋の尾がぶち切れそうになるのを必死に抑えて、部屋の扉へ足を向ける。
『お見舞いかしら?』
『違え』
何故こうも心を読まれるのか、気付かない内に精神干渉の術式でもかけられているのか。
『ふふ、それなら花束にしなさいな。私はあの子に会いに行けないもの、代わりに謝っておいて貰えるかしら』
『うるせえ、違えって言ってんだろうが』
扉を開けて廊下に出る。閉まっていく扉の向こうから、姉の吹き出す声が聞こえた。実に腹立たしいが、女の身でありながらフェルステルの家督を継いだ姉は、人の心の機微に敏感だ。姉の前だといらん事まで暴かれそうで、同じ空間に居たくない。
逃げるように屋敷から出て、姉の言った事に従う訳では無いが、近場の花屋に足を向けた。
『…お』
『…』
スグルの部屋の前で、トレーガーと鉢合わせた。相手の手に果物が入った籠が握られているのを確認して、同じ目的でここに来たのだと理解する。
『お前もか』
トレーガーもこちらの手元を見下ろして、小さく呟く。非常に複雑なものを感じつつ『ああ』と頷きを返すと、トレーガーはニヤリと口角を上げた。
『へえ、花か。らしく無いことをするな、お前も』
『うるせえな。お前こそ、らしくねえ』
『そうでもない』
トレーガーは笑みを納めて、静かに息を吐く。
『…時期が悪いな、来週には万全になっていてもらわねばならん』
『そうだな。…こればかりは、どうにもならねえ』
『無理をさせるのは忍びない。こういう時、どうにも…何も考えずに、剣を振り回していた頃に戻れたら、と考えてしまう』
最強と謳われる男は、再び溜息を漏らした。らしくねえ、本当に。
『お前の場合、以前と大して変わらんだろうが。団長としての責務を果たす気があるなら、俺の机の上に乗ってる書類半分持っていけ』
『手厳しいな』
トレーガーは苦笑して、思い出したようにこちらを向いた。
『…当日はよろしく頼む。あの娘はどうも、自分で全部背負いこむ手合いのようだ。守ってやれよ、ディー』
愛称で呼ばれるのは、いつぶりだろうか。付き合いは長いが、いつの頃からかお互い愛称で呼ばなくなった。
『ああ、テオ』
静かに頷くと、相手は軽く微笑む。
命の恩人だ、それこそ命を賭ける覚悟がある。それに――惚れた女の為であるならば。
彼女の部屋の扉をノックしようと、トレーガーと同時に手を上げる。少しの間沈黙が流れて、トレーガーはニヤリと笑った。
『こういうのは役職順だろう?』
『……チッ』
失脚しろ、と心中で暴言を吐いて、扉の横の壁に凭れる。
祭礼まで、残り僅かだ。それまでにスグルの風邪が治るよう祈りながら、静かに息を吐き出した。




