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小話02.美味しいお茶の淹れ方〈side:リーゼロッテ〉

リーゼさんが侍女としてつくようになって、少し経った頃のお話

『リーゼさんのお茶、美味しい』

 穏やかに微笑んで、目の前の少女は呟いた。灰色の瞳が細められて、その美しさにこちらも自然と微笑みを返す。

 彼女は素直で可愛らしくて、見ていて全く飽きない。年齢は知ってはいるが、どうにも歳の離れた妹を見るような感覚になってしまう。柔らかく、暖かな笑みを浮かべるその顔は、自分が今まで周囲に張り巡らしていた壁を溶かすようだった。

 スグルはもう一口紅茶を口にすると、何か決意をしたようにこちらに視線を向ける。

『あの、お願いがあるんですが』

『ええ、何でしょう』

 彼女の『お願い』なら、何でも聞いてあげたい。微笑んで頷いてみせると、スグルはほっとしたように肩の力を抜いて、こう言った。

『お茶の、美味しい淹れ方を、教えてくれませんか』


◇ ◇ ◇


 スグルが、あの仏頂面で愛想がなくて無口で朴念仁で、剣の腕だけが取り柄のような男のことを好いているのは察している。


 女の身で聖騎士を目指すというのは、この国ではかなり過酷な選択だった。本来力の弱い女は、騎士に向かない。ずっと奇異の目で見られてきた。

 男には負けない。剣の腕でも術式の腕でも。力が足りないなら速さで補う。速さが足りないなら知識で補う。誰にも負けないくらい修練を積んで、勉学にも励んで。同期の訓練生の、誰にも負ける気は無かった。だが、どんなに努力しても、あの男にだけは敵わなかった。


 エインヘイル・ヴェルフリードと言う男は、昔からとてつもなく、ムカつく男だった。毎日決闘を申し込んで、こてんぱんにされて、それでも彼は手加減をしていた。模擬刀だというのに、絶対に私の顔には剣を向けない。女だと馬鹿にされているようで腹立たしかった。常に最低限の手数で、そして気がついたら地面に倒れている。

 気に食わない、気に食わない。もうあれから何年も経って、私はあの時よりずっと強くなった。だが、きっとあの男はもっと強くなった。

 あの日、あの――10年前の、聖教会で。父親を殺してから、もっと表情がなくなった。そして、異様だと思える程、鍛錬するようになった。ずっと剣を振り回して、無表情でもっと何を考えているのかわからなくなって。

 多分一応、心配はしていたんだろうと思う。まあ、感情の起伏が無に等しかったが、悪い男ではない。おそらくその心配は、兄弟に向けるような感覚に近かった。そうしているうちに、ある日『死んだ』という報告が上がってきた。別に涙は流さなかったが、それなりに付き合いの長かった男だ、多少の悲しみはあった。…アレクシスは見ていられないくらいへこんでいたが。

 それが、潜入先の船の上で、スグルと楽しそうに話をしていたのを見たときは…本当に、驚いた。正直一周回って殺意が湧いた。私の悲しみとアレクシスの涙を返せと。まあ、こっちに戻ってきて直ぐにアレクシスが一発殴ったというので、私からは勘弁してあげる。

 あんなに無表情で、どちらかというと負の感情の方の起伏しか感じ取れなかったような男が。スグルに、微かではあったが穏やかな笑みを向けていた。それに少しほっとしたのは事実。



 だがしかし。

 スグルのことをよく知るに従って、『あんな男にこんな良い子をやるわけにはいかない』という思いの方が少々強くなってしまい、まあその、ちょっと暴走してしまった感は否めない。

 茶葉を温めたポットに入れながら、隣でじっと手元を覗き込んでいるスグルの頭を見下ろす。どうやらヴェルフリードの淹れる紅茶の味を超えたいらしい彼女は、真剣な眼差しをポットに向けていた。

『…お湯は、沸騰したてのものが良いです。その方が、茶葉がよく動きますから』

『はい』

 こくりと真面目な顔で頷くスグルに、思わず笑みがこぼれる。

『蒸らす時間は感覚ですが…この茶葉なら、3分くらいでしょうか。保温した方が美味しいので、私は術式を使いますが――スグルは使えませんから、こういった、覆いを被せてあげるのがいいでしょう』

 ポットをすっぽり覆う布製のカバーを被せて見せると、スグルは感嘆の声を漏らした。ああ、可愛い。

『時に、スグル。訊いてみたい事があったんですが、よろしいでしょうか?』

『何ですか?』

 ポットにお湯を注いで蒸らしながら、スグルの方に視線を向ける。

『あの男の、どこが好きなんです?』

『へっ』

 スグルは目を見開いて、こちらを見上げて固まった。みるみるうちに顔が赤くなって、それがあまりに可愛らしくて、思わず笑みを深めてしまう。

『あっ、の、誰のことでしょう…』

 もごもごと逃げるように口にした言葉に、『ヴェルフリードのことですわ』と返すと、彼女はもっと赤くなって俯いた。可愛い。

『あの、そんなに、わかりやすいですか…?』

 たどたどしく口にする彼女に、にっこり微笑んで見せると、小さな唸り声が返ってくる。本当、わかりやすい子。

『や、優しいところ…、と、』

『と?』

『…その、笑った、顔が、穏やかで』

『それから?』

『…っ、そ、それから…?』

 可哀想なほど真っ赤になってきたので、追及の手は緩めてあげることにする。

『ふふ、これくらいにしておいてあげますわ』

 前は笑った顔なんて殆ど見た事がなかった。 あの男は、彼女に相当心を許しているのだろう。

『よろしいですか、スグル』

 そっと手を取ると、スグルはきょとんとした顔でこちらを見上げた。

『貴女は優しすぎるので、相手の幸せばかり考えているかもしれませんが…もっと、自分の幸せも、考えてくださいね』

 スグルは困ったような顔で、小さく頷く。自覚なんて無いのでしょうけど。

 あの男がどう考えているかは知らないが、彼女を不幸にするのなら氷漬けにしてやる。だがまあ、しかし。自分の目から見る限りでは、とても大事にしているようには見えていた。戸惑いながらも、まるで壊れ物に触るように、大切に。…あんな風に、人を愛することができる人間だとは思っていなかった。

 きっと、この子のお陰なのだろう。あの男とは正反対の、素直な子。だが他人の事にばかり一生懸命で、そういう所は少し似ているのかもしれない。

 髪を優しく撫でると、少しだけ目を細めて、心地好さそうにする。

 この子がどうか、幸せになれますように。傷跡だらけの身体を抱き寄せて、小さく息を吐いた。

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