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67.10年前

 いつもは軽く『よう』と言って入ってくる聖帝陛下は、今日は無言で室内に入ると、定位置のソファーに腰を下ろした。長い足を組んで、静かに、深く息を吐き出す。その後ろから入ってきたのは、リュゼとニルさんだった。リュゼは目が合うと小さく笑って、ベッドの横に控えていたヴェルの隣に立つ。ニルさんはベッドのすぐ近くに座って、心配そうな視線をこちらに向けた。

――傷が深かっただろう。大丈夫か。

「大丈夫、もうあんまり痛くないよ。ニルさんは大丈夫?」

――あれくらい大したことない。お前は本当に…無茶ばかりするな。

 そう言って、ぽすっと顎をベッドに乗せたニルさんの頭を優しく撫でる。気持ち良さそうに目を細めたニルさんに、思わず頬が緩んだ。

『……身体は問題なさそうだな』

 背もたれに肘をついたクラウスが、こちらに視線を投げて言う。

『はい。…すみません、ベッドの上からで』

『別にいい、些末なことだ』

 クラウスはそう言うと、ソファーから腰を上げた。そのまま室内を横切って、ベッドにすとんと腰を下ろす。さっきまでヴェルが座っていた場所だ。柔らかいベッドが、彼の体重で少し沈んだ。

『…ここに居るのは、階層の存在と、俺が〈管理者〉であることを知っている者だ。お前達には話しておくことがある。知識があるのと無いのとでは、現場での判断にも影響が出るだろう』

 真っ直ぐこちらを見下ろした顔は、いつもとはどこか違う。人間味のあまり無い、冷たい目。困惑して見上げると、クラウスは僅かに目を細めて、言葉を続けた。

『グレイプニルは知っているだろうが…〈管理者〉とは文字通り、階層を管理する者のことを言う。各階層に必ず1人存在し、階層の秩序を保つ為に尽力する。そして、その為に代々記録を受け継いでいる』

 クラウスは自分の頭を指差してみせる。

『記録というのは、紙などの媒体を通すような、物理的なものではない。全て俺の頭に入っている。…どちらかと言えば記憶に近いな』

『記憶…』

『ああ、そうだ。内容については詳しくは言わんが…禁術の類の知識もそれに含まれている。行使する為ではなく、対抗する為の知識として』

 クラウスは手を下ろすと、腕を組んだ。

『〈管理者〉は先代が死ぬと勝手に次の代が発生する。この地では代々俺の一族が〈管理者〉として…聖帝として君臨してきた。管理をする過程で聖帝というものを作り上げたのは、偏に世界を管理しやすくする為だな。そしてその手足として、騎士団を作った。聖騎士は俺に忠誠を誓っているのではない。世界の秩序を保つ為に存在している。その延長線上に俺を守るという職務があるというだけの話だ』

 その言葉に、ヴェルとリュゼが静かに頷いた。以前2人が口にしていた、忠誠を誓う言葉を朧げに思い出す。彼らは、聖帝への忠誠の言葉は口にしなかった。

『聖帝とはかなり特殊だ。子は1人しか作らん。こんな王族他にはいないだろうが…それでも成り立っているのは、上階層の力が介入しているという事に他ならないな』

 その言葉に、ニルさんが顔を上げる。

――言葉を選ばずに言えば…〈管理者〉というのは人間であって人間でない。この地を正しく治めるためのシステムのようなものだ。…前にも言っただろう、ここは上の力が介入する世界だと。

 それは、何というか…悲しいことのような気がして、どう言葉を返したらいいのか分からない。ちらりとクラウスの顔を見上げると、彼は小さく笑った。

『そういうものだ、〈管理者〉とは。だが情の全く無い生き物というわけでも無い。俺とて人並みの感情くらい持ち合わせている。その上で俺は、自分の在り方に対して不満は無い』

 赤い瞳は穏やかだったが、その在り方はやはり自分にとっては、酷く辛いもののように感じられた。クラウスは私の顔を見て苦笑すると、『そういう顔はするな』と言って、私の頭を軽く小突いた。

『…子が1人というのには理由がある。〈管理者〉は常に1人でなくてはならない。言うなれば一子相伝だ。複数人の子が居ると、記録が分散され、中途半端な〈管理者〉が生まれてしまう。…〈管理者〉の仕組みも、そう万能ではないということだな』

 ということは、意図的に、子供が複数にならないようにしている、ということだろうか。親が死んだら子供が勝手に〈管理者〉になるから…?ふとある疑問が生まれて、相手の顔を見上げる。

『…双子が産まれたらどうするんですか?』

『片方を殺す』

 静かな声は無感情なものだった。思わず目を見開いて固まってしまう。

『今まではそうしてきたはずだった。少なくとも記録上は』

 険しくなった顔に、先日、地下で会ったフードの男の顔を思い出す。

『……じゃあ、あの人…』

『想像の通りだ。どうやらそういうことらしい』

 クラウスはどこか歪んだ笑みを浮かべる。

『俺の両親は既に他界していて、そちらは確かめようがなかったがな。乳母を問い詰めた。こういう時、脳を見透かす聖獣がいると便利だな、拷問の手間が省ける』

 さらりと口にされた恐ろしい単語に、ぞわっと鳥肌が立つ。クラウスは私の方は見ずに言葉を続ける。

『母親が、産後すぐ乳母に泣きついたそうだ。俺の父親は『殺せ』と命じたらしいが、何とか殺したことにして逃がしてくれと。そして聖教会の者に預けたらしい』

『…聖教会、ですか』

 ヴェルが、低く呟いた。鋭い視線がクラウスに下される。

『まるで因縁だな』

『…そうですね』

 その言葉に、かつてリュゼが教えてくれた…10年前の出来事の話を思い出した。確か謀反を起こした聖教会が、聖都を制圧しようとした、という話。それを当時まだ訓練兵だったヴェル達が隊を組織して、鎮圧した筈だ。詳しいことは知らないけど、因縁というのはその時のことを言っているんだろうか。

『俺は言うなれば不完全な〈管理者〉だ。おそらく一部の記録が欠けている。…今まではそれにすら気がつかなかったがな。しかしその欠けている記録に、今回の魔獣発生・召喚の答えがあるのではないかと、そう考えている。故に――次あれに相見えることがあれば、殺さねばならん。〈管理者〉は2人いてはならない。知識は即ち武力だ、今回は完全にしてやられた。このまま行けば、確実にこの階層は潰れる』

 クラウスは厳しい視線をヴェルとリュゼに向けた。その視線に2人は静かな面持ちで頷きを返す。クラウスは小さく息を吐いて、僅かに肩の力を抜いたようだった。

『教会の者も問い詰めたが、その後については不明だった。当時乳母が引き渡した者が既に死んでいたからだ。10年前にな』

 また、10年前。ヴェルはその言葉に、僅かに険しい顔になる。

『叛徒、でしたか』

『ああ、そうだ。…エインヘイル・コルネリウス』

『…っ!』

 ヴェルが微かに息を飲む。エインヘイルは、ヴェルの姓だ。…どう言うことだろう。よく分からずに眉間に皺を寄せていると、クラウスがこちらに静かな眼差しを向けた。

『言っていなかったのか。まあ、軽々しく口にするような話題でもないな。…俺から話すが、いいか』

 珍しく、クラウスが気を遣うようなことを言う。『…ええ』と小さく返したヴェルに頷いて、クラウスは『10年前』について語り始めた。



『10年前、先代の聖帝が崩御した。ただの病死だ、特に不審な点は無かった。それに歳も取っていたからな。当時俺はまだ17で、聖帝として上に立つには少々若過ぎるという声があった。…〈管理者〉として一度記録を受け継げば、勝手に国を統治する為の知識は流れ込んでくる。若過ぎようが問題は無いんだがな。…だが〈管理者〉であることは他言できん。そう思われていても仕方は無い』

 自嘲気味に笑う姿は、どこか老成しているように見えた。…唐突に、〈管理者〉になるというのは、どのような感覚なのだろう。沢山の記録が、記憶が一気に流れ込んできて、その後の人生が強制的に定められて。

『あの時は各地で内乱続きだった。他国の内政に俺は口出しはせんが、内乱が長引くと世界が乱れやすくなる。その内乱に別の国が介入し出すと尚更な。その鎮圧に聖騎士がだいぶ駆り出されていた。国内に残っていたのは僅かな戦力のみ。それにつけ込むように、聖教会の一部の司祭が謀反を起こした。若過ぎる君主は国を滅ぼす、だから帝政を廃し、教会が統治する新しい国を作ると』

 リュゼにざっくり聞いた話と同じだ。こくりと頷いて続きを促す。

『その謀反の首謀者だったのがエインヘイル・コルネリウス。ヴェルフリードの養父だった男だ』

『…え?』

 ヴェルは無表情で、静かな視線を床に落としていた。クラウスはちらりとヴェルの顔を一瞬見上げたが、そのまま話を続ける。

『少々厄介なことに、その馬鹿らしい訴えに、多くの信徒が同調してな。規模が大きくなり、聖都の騎士だけで対応するのが難しかった。その時、勝手に隊を組織して首謀者だった男を殺したのが、まだ当時訓練兵だったそいつだ』

 クラウスはヴェルを軽く顎で示した。…じゃあ、自分の、お父さんを殺したと言うこと、だろうか。衝撃を隠せずにヴェルの顔を見上げたが、彼はこちらは見なかった。

『決起集会だったか…教会内で大きな集会が開かれていた時だった。ヴェルフリードはそこに小隊で忍び入り、大衆の前で、教祖にも等しい首謀者の首を切り落とした。その後幹部連中も即座に拘束し、出入り口も封鎖し――有り体に言えば、叛逆者を隔離した』

 首を、切り落とした。汗が背中を伝う。

『…教会で育った分、内部の構造に詳しかったのもありますが、自分ならば相手を殺せるという確信がありました』

 ヴェルはそう、静かに話す。辛くは、無かったのだろうか。嫌だとは、思わなかったのだろうか。その目からは感情が全く読めなくて、言葉が出てこない。

『…結果的に言えば、それで良かった。少数部隊で首謀者を叩く。その時聖都にいた聖騎士ではそれが出来なかった。大衆の前で首を落としたのも、相手側の士気を削ぐには良い選択だったと言える。…首謀者の思考が読めなかったのは少々痛かったが、その後捕縛した叛徒達の思考で大体のことは把握できた』

 クラウスはそのまま言葉を引き継ぐように言うと、足を組み直す。

『この国は、生まれた時から聖帝による帝政が続いている。必ず俺の一族のみが聖帝として君臨し、子も1人だ。後継者争いも起こりにくい。それに記録を引き継ぎ続けている以上、そうそう愚帝も生まれん。平和な国だ。…この国は、管理が目的というのもあるが、少々欲の無い国だ。他国との戦争は一切しない、領土も広げない。強力な聖騎士という戦力を常に有しながら、それを利用しようとはしない。それが俺にとっては…〈管理者〉にとっては最善なのだが、下の人間にとってはそうでも無かったらしい』

 平和であることの何がいけないというのだろう。困惑してクラウスを見上げると、彼はふっと苦笑した。

『抑えきれぬ野心というものがある。上に立ちたい、支配したい、征服したい。先代が死に、次の代は17のガキだ。しかも君主を守る聖騎士も出払っている。権力を手に入れるには最高の機会だっただろうな。エインヘイル・コルネリウスという男はそういう奴等の心につけ込むのが上手かった。一部の貴族連中も同調して、金や武器を横流ししていたほどだ。結果的にそれは使われなかったがな』

 クラウスはふと笑みを消して、真っ直ぐな視線をこちらに向けた。

『…話を元に戻すか。今思うと、時期が少々気になるのだ。本当に、俺が聖帝になることが不満だっただけの謀反だったのかと』

『どういうこと、ですか…?』

 遠慮がちに、今までずっと黙っていたリュゼが声を上げる。

『あいつが俺の双子の兄だか弟だかだとしよう。そうなるとだ、父親が死んだ直後、〈管理者〉の記録が頭に流れ込んだはずだ。たとえ隔離して、本人に俺や父親の存在を隠していたとしても、関係なく記録は勝手に流れ込むからな。ということは、だ。自分の親が、自分のことを殺そうとしていたという事実に思い当たるのではないか?』

 はっとして、クラウスの顔を凝視する。そうなると、他の可能性がいくつか見えてくるのではないだろうか。

――復讐か?

『可能性としてはそれが最も高い。俺を殺してすり替わるつもりかとも思ったが、それならもう少しやり方を変えただろう。若しくは、自暴自棄になって階層ごと潰したいのかもしれんがな、思考回路が分からん。あいつを引き取った男が謀反の首謀者であったというのも興味深い。〈管理者〉の記録を引き継いだ男に操られたか、それとも本人の意思だったのかは分からんが…話が繋がるな?』

 ニヤリと笑う顔は、いつも通りのもの。きっと本来の彼自身の笑みなのだろう。

『しかもだ、あの地下の転移陣だが――解析させたところによると、詳細な場所は割り出せなかったが、転移先が聖都である事は判明した。…聖教会がかなりきな臭くなってきた。暫くはそちらを当たらせるつもりだ。デルリーン、お前の目でも確認してもらうが…最終的にはスグルにも見てもらう。機会は近々設ける』

 クラウスはそう言うと、ベッドから腰を上げた。

『それから、お前を表に出そうと思う。随分とカスケードが執心していたようだった。囮には丁度いい。まともに動けるようになってから改めて話す』

『おとり……?』

 その性格の悪そうな笑みを心底憎らしいと思ったのは、多分これが初めてじゃない、と思う。


◇ ◇ ◇


 部屋から皆出て行って、元の2人きりに戻る。ヴェルは無言で椅子に座って、その鋭い視線を床に落としていた。

『…ヴェル?』

『…何だ』

 小さく声を掛けると、少し遅れて返事が返ってくる。ヴェルはいつもみたいに無表情で、視線も上げない。声をかけたはいいが、私もそこから言葉が出てこなかった。

『……』

『……』

 沈黙が流れて、思わず視線を泳がせる。ショックじゃなかったと言えば嘘になる。ただ、彼が…望んでその選択をしたようには思えなかった。

『えいっ』

 手を伸ばして、ヴェルの頭を両手でがしがしかき混ぜる。後ろに流されていた髪が乱れて顔にかかった。そういう風にすると、少しだけ顔が幼く見える。どちらもいいけど、こっちの方が私は好きだった。

『…やめろ』

 低い声と共に、手が軽く振り払われた。ヴェルの顔がこちらを向いて、目が合う。

『…ヴェルが、やりたくてやったんじゃないことくらい、わかるよ』

 目がそらされる前に言うと、相手は一瞬動きを止めた。僅かに険しくなった顔に、苦笑する。

 ヴェルは、優しいから。それでもそうする事を選んだなら、それは――。

『仕方が、なかったんでしょう?』

 きっとそれは、そうせざるを得ない状況だったということだろう。付き合いが短くても、彼が国の為に自分の感情を殺して、その選択肢を選んだことくらい…何となく想像がつく。

『…まあ、仕方がなかったと言えば…そうだが』

 ヴェルは茫洋とした視線を床に落として、どこか自嘲気味に呟く。

『辛くは、ないの?』

『何年経ったと思っている』

 小さく問いかけると、ヴェルはふっと笑った。

『躊躇いはしなかった。後悔もない』

 真っ直ぐ正面を見据えた彼の顔は、どこか冷たい感じがした。綺麗な紺色の目が、いつもより暗く見えて――そんな事はないのに、泣いているみたいで、ぎゅうっと胸が締め付けられるような気がした。

『…お父さんは、好きだった?』

 ヴェルはその言葉に苦笑して答える。

『さあ、…どうだろうな。会話をあまりした事が無かった』

『…無口な人だったの?』

『そう、だな。養子として引き取られはしたが、教会内で会ったこともあまり無かった。無表情で、考えている事がよく分からない男だったな。…結局のところ、私はあの男に似たのかもしれない』

 ヴェルは笑って、首を軽くかしげてみせた。不思議とその仕草が子供っぽく見えて、それに小さく笑みを返す。

『……聞かせたくは、無かった。こんな話は』

 ヴェルは深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。思わず手が伸びて、微かに震える指先が彼の膝に置かれた手に触れた。

『…気にしてないよ』

『そんな事は、ないだろう』

 手の甲に触れていた私の手を、ヴェルの手が覆うように掴んだ。冷たい指先に少しだけ驚く。ヴェルの手も、震えているような気がした。

『気にしてない』

 もう一度言って笑ってみせると、手を掴む指に力がこもった。

『親殺し、だぞ』

 一瞬だけ見せた悲痛な面持ちに、思考が止まる。唇が少し震えて、喉がひゅう、と小さな音を立てた。

『…それでも、私は』

 ヴェルの手をぎゅっと握り返す。

『ヴェルのこと、嫌いにならないよ』

 ヴェルは少しだけ目を見開いて、掴んでいた手から力を抜いた。

 ヴェルはいつも自分の事は二の次で、誰かの為に、世界の為に、自分の身を削り過ぎたと思う。それは聖騎士としては正しい在り方なのかもしれないけど――どこか人としては、歪んでいるようにも感じられた。だがその在り方が、酷く愛おしくて、強く惹かれる。

 それでも、もう少し自分の為に生きて欲しい。しかし彼は多分そういう生き方はできないんだろう。それなら代わりに、私が彼の為に生きてあげたい。

 私もどこか、別の方向に歪んでしまっているのかもしれない。

『私、ヴェルが思ってる程、きれいな人間じゃないの』

 私にとっては彼の父親よりも彼の方がずっと重要だった。清廉とは程遠い。顔を見上げて、笑ってみせる。彼は僅かに眉間に皺を寄せて、唇を引き結んだ。

 力の抜けたヴェルの手から自分の手を抜いて、両手でヴェルの頬に触れる。長い赤銅色の睫毛が揺れて、紺色の目が真っ直ぐにこちらを射抜くように見た。

 もしも、私が、この世界にとって不要だと判断されて、消えなくちゃいけない時が来たら。

『私も、殺せる…?』

 心の中にじわりと広がった疑問が、口を突いて出ていた。ヴェルは、きっと苦しまないように殺してくれるだろう。…殺されるなら、ヴェルがいい。

『…殺せ、ない』

 だが、ヴェルは低く囁くように言って、ゆっくりと目を閉じた。

『俺は、お前は、殺せない』

 泣きそうに歪んだ顔に、ずきりと心が痛んだ。今私は、彼の優しさにつけ込むようなことを言った。

『……ごめん』

 こつん、とおでこを合わせる。開かれた目が直ぐそこにあって、その深い青に泣きそうになった。

『ごめんね……』

 声が震える。ヴェルの手が、頬に添えられた私の手に触れた。大きくて、でも多分男性にしては少し華奢な、優しい手。剣を握る手はたこが沢山あって、皮膚が厚くて、少しざらついていて。その手はずっと、きっと、誰かの為に剣を振るい続けていた。

『…頼むから、殺してくれなど、言ってくれるなよ』

 ぽろりとこぼれた私の頬の涙を掬って、ヴェルは小さく苦笑した。

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