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52.聖帝と管理者

 不味い、不味い、非常に不味い。

 相手が誰か知らなかったとはいえ、クラウスには『馬鹿』と連呼した挙句、足まで蹴り上げている。やばい、かなりやばい。不敬であると首を刎ねられても文句は言えない。ああ、お父さん、お母さん、私もうすぐそちらに行くかもしれません。

 リュゼの誘導で地下通路を抜けた我々は、街のある山の麓へと出きた。どうやらあれは、山のど真ん中をくり抜いて作られた空間だったらしい。やっと地下を抜けられてほっとしたのもつかの間、現在拘束され、元いた街の元食堂らしきところで、3人並んで椅子に縛り付けられている。リュゼは疲労で若干意識が朦朧としているようで、先程からかなり辛そうにしていた。ヴェルはいつもの無表情だが。ニルさんとエルも縄で繋がれて、術式の首輪で動きを封じられている。

『さて、詳しい話を聞こうか』

 机に肘をついて顎の前で指を組んだ男は、美しい笑みを顔に張り付けて尋ねる。こういう笑みを浮かべていると、妙に威厳があるというか、気品があるというか、逆らえない空気があるというか。赤い瞳がぎらりと光って、非常に恐ろしい。

 横には同じくらい鋭い目つきの副団長さんと、青い髪の冷たい目つきの男。常に剣の柄に手が置かれていて、何か失言でもしようものならスッパリやられそうで非常に、非常に恐ろしい。

 顔を引きつらせて固まっていると、クラウス聖帝陛下は、鋭い視線を私の方に向ける。

『お前、言葉があまり分かっていないな?何処から、来た?』

『…っ、それは…』

 まるで心当たりがあるような、全てを見透かすような目にたじろぐ。

『目的は?何をしにここへ来た?』

『…魔獣の、手掛かりを、掴むために…』

『それを知ってどうするつもりだ?』

『……』

 全てを語るには、言葉が不自由過ぎる。眉間にきゅっと皺を寄せて黙り込むと、目の前の男は楽しそうに口角を持ち上げた。

『…陛下』

 隣でヴェルが、掠れた声を上げる。

『人払いを、お願いできますか』

 苦渋の表情でそう言った彼に、フェルステル副団長が剣を抜いて詰め寄る。

『お前、何を言っているのか分かっているのか』

 低い声に恐怖で鳥肌が立つ。

『すみません、しかし…あまりに、秘匿すべき、重要なことですので』

『裏切り者が何を抜かすか。今ここで首を落とされたいか、ヴェルフリード!』

『待て、いい』

 軽く手を挙げてクラウスはそれを制すと、懐から短剣を取り出した。

『娘をこちらに』

『…はっ』

 椅子ごと青い髪の聖騎士に持ち上げられて、クラウスの隣に降ろされる。

『ヴェルフリード、何か怪しい動きをすれば、この娘の指を切り落とす。いいな?』

『…っ!』

 思わず怯えた表情でヴェルを見てしまった。ヴェルは眉間に皺を寄せて、逡巡するように視線を泳がせる。

『いい、です!』

 ヴェルが答える前に、こくこくと頷く。大丈夫、ヴェルは変なことはしない、信じてる。隣でクラウスは微かに笑って、指先で短剣を弄ぶ。

『フェルステル、アレクシス、出ろ』

『しかし、陛下!』

『問題ない、こいつは動けんさ』

『はあ、それでは』

 青い髪の…多分アレクシスさんが冷静に頷いて、フェルステル副団長を引きずって外に出る。扉が閉められると、びりっと空気に何かが走るような感覚があった。

『防音術式も張った。これで満足だろう?話せ』

『お心遣い、痛み入ります、陛下。しかし私からではなく――』

――私が話す。

『…ん?』

――こちらだ、聖帝。

 目を泳がせていたクラウスが、白い獣に視線を止めて、僅かに驚いたように眉を上げた。

『…これは、予想外だな』

 そう言いながらも、クラウスは面白いものでも見つけたかのように、ニヤリと笑った。


◇ ◇ ◇


『なるほど、理解した』

 ニルさんは私のことには触れず、階層についてと、なぜここに来たかについてを、ただ事務的に話した。話し終えると、クラウスは軽く頷いて腕を組む。

『報告しなかったのは、俺が魔獣の出現に関わっていない確証がなかったからか?』

『…はい』

『リュザフィールといったか、お前もか?』

 リュゼは椅子の背もたれに体重をかけたまま、苦しそうに頷いた。

『そうか、随分と俺は信用がないらしい』

 くつくつと笑って背もたれにもたれる。

『申し訳、ありません』

『謝るな、思うところはあるが、判断が誤っていたとは思わん。お前らしい合理的で冷静な判断だな』

『…はあ』

『だが、今回に限定して言うなら、その判断は誤りだ』

 クラウスはそう言うと、小さく笑う。

『俺が管理者だ』

 さらっと告げられた言葉に、室内を静寂が支配した。皆、ぽかんとした顔でクラウスの顔を凝視する。

『…えっ』

 管理者?クラウスが…聖帝が?クラウスは笑みをを浮かべたまま、言葉を続ける。

『この階層では、聖帝が代々管理者を務めている。先代は私の父だ。階層についての知識は元々持っている。漠然としたものではあったがな』

――まさか、お前が?

『聖帝というのはな、管理しやすいのだ。秩序を守る機構のようなものだからな』

 クラウスは短剣を取り出すと、指先で弄ぶ。

『管理者は代々、記録を受け継いでいる。先代、先々代、…初代から、脈々と。先代が死ぬ時にそれが伝達される。その上で、疑問がある』

 クラウスは弄んでいた短剣を、私の首に突きつけた。

『この娘、気配が異様だ。過去の記録にも似たような例は無い。お前、先程ここへ来た経緯を話す際、娘のことに敢えて触れなかっただろう?』

――気付いて、いたか。

『一目見て異質な存在だと気付く。妙な血の気配だ。交ざり物のような。それに、術式を無効化するような血の特性を持つ生き物など、この世界には存在せん。話せ、聖獣』

――彼女は…ビルレストの、生まれだ。術式を無効化するというのは少し違う。ビルレストの者の血の特性は一貫して、干渉を拒むというもの。彼女の血は、魔獣の血すら退ける。

『…ほう?』

『…私も、一度、魔獣の血で命を落としかけましたが、彼女の血に救われています』

『それはそれは…非常に有用だな』

 するりとクラウスの指が頬の傷をなぞる。乾いた赤い血のついた指をじっと見下ろして、ふうむ、と唸った。

『害があるならさっさと殺した方がいいかと思っていたが、そのような事情があるのであれば――生かしておいてやろう』

 あれ、もしかして、私、崖っぷちに立っていたのだろうか。ゾッとしてクラウスを見上げると、冷徹な赤い瞳と目が合う。

『不敬の数々については不問にしてやろう。命を救われた恩もあるからな。だが今後、俺の指示に背けば…意識を奪って、実験台にする。死ぬまで血を絞り出して、世界に貢献してもらうことにしようか』

『っ、陛下!』

 言葉がいまいち分からず首を傾げると、ヴェルの方が声を荒げた。

『おい、動くなと言っただろうが。指を落とすぞ』

『…っ!』

『はは、お前、随分と表情豊かになったな。…お前達の処罰についても考えねばなるまい。まあしかし、聖騎士の行動としては間違ったものだとは思わん。寧ろ本来あるべき姿であるとも言える。…それに正直これ以上聖騎士が減るのは避けたい。そいつの目は失うには惜しいし、単体戦力で言えばお前は最上級だからな』

 静かな眼差しをヴェルに向けて、クラウスは言葉を続ける。

『…表向きは、お前達は俺の指示で動いていたことにしようか』

 ぞわりと、強力な術式が展開される気配。息を呑んでクラウスの様子を伺うと、彼は笑みを消して、真っ直ぐヴェルとリュゼを冷たい目で見ていた。

『忠誠心を問う。虚偽は許さん』

 ずるりと床から黒い蔦のようなものが現れて、ヴェルとリュゼの脚に絡みつく。

『…我々は、世界の秩序の為に。腕を失えば脚で、脚も失えば歯で。首を失えばその血で。身命を惜しまず、例え最後の一人となろうとも、決して退かず、屈せず、敵を排除します』

 宣誓と言うにはあまりに物騒な言葉。ヴェルとリュゼは声を揃えて、その言葉を口にする。聖騎士というものの異質性を垣間見たような気がして、背筋に鳥肌がたった。

『…いいだろう。虚偽は無いと認める』

 絡みついていた蔦と共に、空間を圧迫していた気持ち悪い気配が消えた。何かを測るための術式、だったのだろうか。

『だが――』

 クラウスの指が動いて、ヴェルとリュゼの首に光の線を巻きつける。

『暫くは『首輪』を付ける。俺の合図で首が落ちる。意味はわかるな?』

『…はい、陛下』

『スグル、壊すなよ』

『…はい』

 クラウスが手を下ろすと、光の線は色を失い、見えなくなった。

『フェルステル!アレクシス!』

 扉が開いて、2人が室内へと入ってくる。

『縄を解け』

『…陛下!?』

『二度言わせるな』

『…承知いたしました』

 フェルステル副団長が、眉間に物凄い皺を寄せながら、ヴェルとリュゼの縄を解いていく。アレクシスさんが私の縄を解いて、椅子から立たせてくれた。

『ありがとう、ございます…』

 声を掛けると、アレクシスさんは微かに笑って軽く頭を下げた。

『こいつらは、俺の指示で動いていた、ということにする。フェルステル、異論は認めん』

 先にそう言われて、フェルステル副団長が一度開いた口を噤む。

『この件は他言無用だ。この場にいる全員、決して口外するな。外の連中にも伝えておけ』

『承知いたしました』

 アレクシスさんが冷静に頷いて、外へと退出して行く。

『……陛下、天馬が届きました』

 重い重い溜息をついた後、フェルステル副団長がクラウスに伝える。クラウスは頷いて、ゆっくりと立ち上がった。

『後の話は戻ってからだな。さて、戻るか…聖都へ』



 天馬、というのは、空を飛ぶ騎獣だと聞いていたので、翼があるのだろうと漠然と思っていたのだが…建物の外にいたのは、パッと見はただの大きな馬、といった感じだった。黒っぽいのと、茶色いの、全部で9頭。それから、大きな籠のようなものが2つ。クラウスは白馬にでも乗るんじゃないかと思っていたのだが、そうではないらしい。

『スグルは1人では乗れんだろう、フェルステル、ついてやれ。あとは…リュザフィールも乗れんな。騎獣と一緒に籠にでも押し込むか』

『は』

 フェルステル副団長が私の後ろに立つ。背が高いので、見上げると凄く首が痛い…し、やはり威圧感がすごいので、できれば別の人と乗りたい。ヴェルは多分まだ信用されてはいないから、ヴェルと一緒に乗るのは許してはくれないだろう。

 籠は檻みたいになっていて、中に押し込まれたエルが酷く暴れていた。今日は酷い目にばかり合わせてしまっている。

『エル、エル』

 声を掛けて籠の近くに駆け寄る。隙間から手を入れて、暴れる身体を撫でてやると、少しずつ落ち着いてきた。

『エル、大丈夫だよ』

 優しく頭を撫でると、甘えたような声を出して、籠に頭をこすりつけた。

『騎獣に好かれているな』

 静かな声に顔を上げると、フェルステル副団長が後ろに立っていた。

『フェルステル、副団長さん』

『フェルステルでいい。天馬は初めてか』

 こくり、と頷くと、フェルステルさんは私の脇に手を入れて身体を持ち上げると、天馬の上に横向きに乗せてくれた。

『わ』

 凄く視点が高くて、慌てて天馬の首にしがみつく。お、大きくて暖かい。そういえば服も半乾きだったので、身体が冷えていたらしい。そんな状態で背中に乗ったというのに、天馬はおとなしかった。恐る恐る首を撫でると、穏やかな黒い目がこちらを向いた。

『いいこ』

 よしよしすると、気持ちよさそうに目を閉じる。へらりと笑ってそれを見ていると、フェルステルさんが後ろに乗り込んだ。

『天馬は脚が速い。空の上では身体が濡れていると凍傷になりかねん』

 フェルステルさんはマントを広げて、私の身体を覆う。

『術式が通じんのは面倒だな、身体を温めるのも難しそうだ』

 頭を胸に押し付けられて、びっくりしてバランスを崩して身体にしがみついてしまった。背中を覆うマントが温かい、温かいのだが、相手はあの副団長さんなので緊張が優って感覚が微妙に薄い。

『空中だと不安定だ、腕を離すなよ』

『は、はい』

 号令とともに、天馬が宙へと飛び上がる。身体に重力がかかる、あの飛行機が離陸する時のような感じ。直後、内臓がふわりと上に持ち上がるような感覚とともに、天馬の動きが安定した。

 恐る恐るマントの隙間から下を覗くと、先程までいた筈の街が遠く眼下に広がっているのが見えて、思わず『ひっ』と声を上げてフェルステルさんの身体にしがみつく腕に力を込めてしまった。

『す、すみません』

『いや、構わん』

 ちらりとこちらを見下ろして、フェルステルさんが返事をする。

『高いところは苦手か』

『苦手、です…』

 厚い胸板は妙に安心感がある。というか凄いマッチョだ、着痩せしてるのか。ヴェルより一回り分厚いな。きょろきょろ辺りに視線を向けると、少し離れたところで天馬に乗っているヴェルが見えた。さらっと乗りこなしているから、乗ったことがあるんだろう。リュゼは後ろの方で、ニルさんと一緒に籠に押し込まれて運ばれていた。あれはあれでしんどそうだ。

『顔を切った。悪かったな』

『…?』

言われるまで忘れていた。もうずっと前に血も止まっている。

『いえ、大丈夫です』

『そうか』

フェルステルさんは呟くと、正面に視線を戻した。

『…長時間の移動になる。眠れるようなら眠った方がいいぞ』

『…何時間…?』

『15時間だが』

『じゅっ…!』

 愕然として顔を見上げると、フェルステルさんは不思議そうに眉を上げた。

『…誰も言っていなかったのか』

 誰も言っていない。なんで誰も言わないんだ…!もっと異界人に優しくしてもいいのでは無いだろうか!

『落としはしない、休んでおけ』

 フェルステルさんが腕を回して、私の頭を胸板に押さえつける。いや、その、恐怖で睡魔も来ないし、緊張するし、起きてた方がマシだ。

 と、思っていたのだが、3時間くらい耐えたところで、すとんと意識を失った。

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