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50.召喚

 通路を、術式の気配を探りながら、注意深く進む。後ろを付いてくるクラウスは終始無言だが、前ではなくこちらに視線を向けているので少々やり辛い。赤い瞳に全てを見透かされているようで…じんわりと背中に冷や汗が垂れる。

 狭い通路は人が2人並んで歩けるくらい。壁に手をついていると、時折何かの振動を感じる。何の音だろう…。壁に耳を当ててその音を拾おうとしていると、背後のクラウスが近付く気配がして、顔を上げる。

『お前、先程何をした?』

 再度の問いかけに言い淀むと、クラウスの目がすっと細くなる。ぞわりと背筋を駆け上がる何かの感覚で、何かの術式をかけようとしてきたのが分かった。

『お前…気配が妙だとは思っていたが、術式も上手くかからんな』

『……』

 それには答えられない。

 足を止めて、壁に意識を集中する。この辺り、少し違和感がある。

『おい』

『ちょっと、黙ってて』

 壁の石を1つずつ確認していく。指が触れた場所に、なにやら奇妙な感覚があった。

『ねえ、あなた、この辺り、変な感じする?』

 ふと疑問に思って、クラウスの顔を見上げる。自分のこの感覚が、何に反応しているのかわからない。調査員なら、探知は精密にできるのではないだろうか。

『…特に何も。探査術式は常に展開しているが、反応しない』

 難しい単語がぽんぽん出てきてぴんとこないが、反応しないのは分かった。ふうむ、と頷いて、頬の傷に触れる。しかし時間が経ってしまったせいか、血はすっかり乾いていた。

『何か、刃物とか持ってない?』

『何?』

『貸して欲しいんだけど』

『所持していても、貸しはせんぞ』

『じゃあ、私の手、代わりに切って』

『は?』

『ちょっとでいいから。切って』

 左手を差し出して言うと、クラウスは困惑した表情をこちらに向けたまま、懐から短剣を取り出した。

『手のひら、ちょっとだけ』

 自分で切るよりは覚悟が少なくて済む。ぎゅっと目を閉じて手のひらを向けると、ちくりとした痛みが走った。目を開けると、少しだけ切られた跡がある。

『…ありがとう』

 お礼を言って、血の滲む手のひらを壁にこすりつけた。

 びりっとした感覚が腕を登ってくる。やはり、ここに何かある。ガラガラと音を立てて壁が崩れていくのを半ば呆然と見下ろすクラウスを放置して、壁の穴から顔を出して周囲を見渡す。かなり暗くて、何があるのかは分からない。

『灯り、持ってる?』

『……ああ』

 術式の光を出して、穴の先の空間へと投げ入れる。ぼんやりと黄色い光で照らされた空間の先には、またずっと通路が続いていた。石の壁には、狭い間隔で扉が並んでいる。人の気配は無い…と思う。幽霊は出そうな不気味さはあるが。

『お前、血が特殊なのか』

『…うん』

『術式の破壊、か?』

『…うん』

 少し違うが、上手く説明できる気もしないので頷いておく。

『有用だな、それは』

 探知に引っかからない術式も破壊できるなら、そりゃあ便利だろう。あんまり話しすぎると、モルモットにされる気がするので深くは話さずにおく。

『ふうむ…突然変異か、それとも……研究させるか…』

 呟くクラウスを引っ張って、通路へと足を踏み入れる。奥の方から、よく分からないが…気持ち悪い気配がする。

『……変な気配、する。警戒してて』

『…?…ああ…』

 戸惑ったような返事とともに、金属の擦れる音。振り向くと、長剣を抜いていた。

『持ってたの?』

『一応はな』

 研究員と言うから、オタクな感じというか何と言うか、剣とか振り回さなさそうだなあと思っていたのだが。

 そろそろと通路を進んでいく。壁には扉が並んでいて、クラウスが興味深そうにいくつか開けはしたが、室内には何もない。何のための部屋なのか…だったのか不明だが、その全てに鉄格子が嵌められている。

『牢のようだな』

 クラウスの呟きに頷く。壁にはわずかに黒っぽい、引っ掻いたような跡が残っている。多分、血だろう。長いのか4本、短いのが1本。おそらく、人間のもの。

 嫌な記憶を呼び覚ましそうになるのを首を振って抑えて、また通路の先に視線を戻す。クラウスが出した術式の光に照らされて、突き当たりに扉が見えた。

『クラウス、あっち』

『ん?』

 鉄格子の向こうの血痕を注視していたクラウスの外套の裾を引っ張って、扉の方へ意識を向けさせる。長い髪が背中で揺れた。

 そういえば、こちらに来て長髪の男性はあまり見たことがない。…メイソンさんもまあ長かったが、あんまり彼のことは思い出したく無いので思考の端に寄せておく。

 クラウスの髪は、腰の下あたりまである。お手入れが大変そうだが、きらきらしていてとても艶やかだ。羨ましいなあとぼんやり眺めていると、その頭が振り向いてこちらを見下ろした。真っ赤な目は、ヴェルよりも威圧的で鋭い。

『何だ』

『…』

 返事をせずに首を振って、彼の後ろを追いかける。突き当たりの扉は木製で、所々腐食して黒っぽい色になっていた。扉からはやはり気持ち悪い気配がする。

 クラウスには後ろに下がってもらって、気をつけながら扉を確認してみる。…ドアノブだろうか、この気持ち悪い気配の出所は。金色のノブは鳥の翼のようなデザインで、光をぼんやり反射して鈍く輝いている。

『珍しい形だな』

 頭の上から覗き込んだクラウスが、ドアノブを見て小さく呟く。頷いて、そのノブに、血のついた手でそっと触れてみる。

びりっとした感触と共に、上の方で、何かが外れるような音がした。

『…!』

 咄嗟に背後に立っていたクラウスを突き飛ばして、自分もその横に飛び退いて倒れ込む。

がつんっ!

 空を切るような音と共に頭上から巨大な鉈のような刃が降って来て、大きな音を立てて石の床にめり込んだ。それを追うようにして、鎖が重い音を立てて床に落ちて、瓦礫の山を作っていく。

 古典的だが、まあ、死ぬ確率は結構高い。どっと冷や汗が出て来て、じっとりと濡れたシャツに吸われていく。

『危うかったな、よく気がついた』

 倒れ込んだまま放心していると、目の前に手が差し出される。白い手袋をはめた手を掴んで立ち上がると、クラウスは微かに笑った。この男、もしやスリルが大好きなのでは…?

『さて、流石にもう罠も無いだろう』

 制止する前に、何事もなかったかのような歩調で巨大な刃を跨ぐと、彼は平然と扉を開けた。

『……これは』

 驚いたような声音に、こちらも慌てて扉をくぐる。広がっていた光景は…かつて噴水が美しかった街で見たものと、酷似していた。


 広い円形のホール、床に描かれた術式の陣は、上からこびりついた渇いた血液で、元の形状が判然としない。床に転がっている様々な大きさの白い物体は、おそらく骨だろう。

 酷く空気が淀んでいるように感じる。生き物の気配は何処にも無く、ただ静かで、冷たい世界。

 壁に付けられて置かれている机の上には、術式の陣が描かれた紙の束があり、ペンとインクが転がっている。この光景も見覚えがある、確かカスケードに牢に入れられた時、近くの机の上にも似たようなものが…。

『…これは、何だ』

 掠れた呟きは、酷く困惑しているように聞こえた。クラウスからは今までの威圧感は感じられず、ただ驚愕している気配を感じるだけだ。彼は、この光景を知らない…?あの噴水の街の地下の光景を、彼らは知らないと言うのか?それは、クラウスがたまたま知らないだけなのか、それとも、聖帝国が知らないと言うことなのか。もし後者であれば、カスケードがあの痕跡を全て消したと言うことだろうか…?

『…しかし、これは…手掛かりになる。ユウ、お前には褒美をやろう』

『ほーび?』

 徐々にテンションが上がって来たのか、クラウスが性格の悪そうな笑みを浮かべる。術式の巨大な陣のすぐ側に膝をついて、鋭い視線を足元に向けた。

『ふうむ、初めて見る陣だな。新しく生み出された術式の類か…?空間系は組み込んでいそうだが…それに、束縛か?この線は召喚術式にも似ている…』

 陣を指でなぞりながらぶつぶつと呟いている。研究員としての血が騒いでいるらしい。

 一旦それを放置して、室内の壁に視線を巡らせる。壁にはいくつか扉がある。このうちのどれかが外に通じているといいのだが。

『面白い、面白い!これは後悔させてやらんと気が済まんな!』

 テンションが振り切れたらしいクラウスが背後で声を上げた。面白がっているのか怒っているのかいまいちわからない。

『試しに起動して見るか』

『……』

 今、なんて言った?

『待って、それは駄目!』

 慌ててクラウスに駆け寄って、腕を掴んで陣から引き離そうとする。それが起動したら、多分、あの街と同じことが起こる!

『何故だ、何の術式か分からんのだぞ?試しに起動して見る方が早いだろうが』

『駄目、駄目、絶対駄目!』

『…お前、これが何か知っているな?』

『っ!』

 ここですぐに答えていれば。そう思わずにはいられない。

『答えんのなら、起動して確認する他あるまい』

 クラウスはニヤリと笑って、脚を術式に向かって踏み下ろした。

 …ぞわりと、背筋を駆け上がる感覚。身体が恐怖で震える。陣が一瞬輝いて、血で隠れていた部分の線も明確に露わになった。

『なんてことを…』

 逃げなきゃ、逃げなきゃ、この男、取り返しのつかないことをしやがった!

 クラウスの腕を思い切り引いて、扉の外へと逃げ出そうとするが、彼は断固としてそこから動かない。

『何が現れるのか確認せんと、起動した意味が無いだろうが』

「あんた…っ、馬鹿か!」

 思わず母国語で罵って足を蹴り上げる。しかしダメージは無かったらしく、彼は動かない。というか私の足の方が痛かった。

『お前についても色々聞きたいことがある。ここから出たら連れて行く』

『嫌!やーだー!』

 ここから無事で出られるとは限らないんだぞ!キレ気味で返すと、彼はまた悪そうな笑みを浮かべる。こいつもしかして悪い奴なんじゃないか!?悪の親玉なのでは!?

 ずるずると光が収束して、1つの形になって行く。あの時は怖くて目を瞑っていたから、この出現を見るのは初めてだ。

『まあ、予想通りだな』

 眼前に現れた大きな黒い魔獣を見上げて、クラウスはどこか冷静にそう呟いた。

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