表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/98

37.3人と2匹

 それから3日後の朝。リュゼが動けるようになったので、出発することになった。自分の荷物は整え終えたので、リュゼの部屋で、彼が準備を終えるのを待つ。ヴェルとニルさんは買い出しに行くと言って、外に出ていってしまった。リュゼの分の毛布も無いし、これから旅が始まると言うのなら水や食料も必要になる。

『やー、ニル君の血はすんごいね。回復が早いや』

 笑いながら腰に剣を差したリュゼは、まだ少し顔色が悪い。

『大丈夫?』

『うん、へいき。ありがと、スグル』

 視線を合わせるように、少し屈んで頷く。こういう所に元来の人の良さが出ているような気がする。聖騎士の第8部隊というのは、間諜を主な生業とする特殊部隊なのだという。人を裏切ったり、人に裏切られたりする…そういう仕事は、優しい彼には、あまり向いていなかったのかもしれない。

『なんで、話したの?』

 ずっと疑問に思っていた問いを投げかけてみた。

『何を?』

 きょとん、と首を傾げる彼に、言葉を続ける。

『本当の、話』

『…ああ、』

 リュゼは困ったように笑って、身を起こした。

 彼が、こちらの様子を伺っていたのなら…黙っていた方が、都合が良かったはずだ。適当に理由をつけて、付いてくるもよし、離れたところから尾行するもよし。リュゼは『遠くを見通す』目を持っているという。それならば、多少離れていようと、こちらの動向を探るくらい、簡単だろう。まあ…こちらにはニルさんがいるから、嘘などは通じなかったかもしれないけど。集中して、相手の思考の中枢まで意識をつなげたニルさんには、嘘は通用しない。リュゼの話を踏まえて、ニルさんが『話す』と決めたのなら、彼は嘘をついていないということになる。

『嘘をつくのって、コツがいるんだ。何だと思う?』

 リュゼはベッドに腰を下ろして、穏やかな視線をこちらに向ける。

『…?』

 わからない、と首を振ると、リュゼは自分の足に両肘をついて、組んだ指に顎を乗せた。『俺なりのコツだけど…』と前置きして、静かに語り出す。

『自分にも嘘をつくこと。自分に先に、嘘を信じ込ませるんだ。そうするとね、言葉が真に迫ったものになる。相手も、嘘を本当だと…そう信じるようになる。俺も、罪悪感をあまり感じないで済む』

『ざいあくかん…?』

『ああ…ええと、『悪いことしたなあ』って思うこと…かな』

 ゆっくり目を閉じて、リュゼは続ける。

『ずっと、そうやってると、自分にとって、何が本当で、何が嘘なのか、わかんなくなってきちゃうんだ でも俺、そうしないと、うまく嘘がつけなくてさ。そういうのに疲れちゃったっていうのもあるけど…』

 ふうっと大きく息を吐き出す。

『一生懸命、俺のこと、助けようってしてくれてるスグル見てたら、申し訳なくて。俺、嘘ついてたのにって。なんかさ、嘘ついてるの、もっとしんどくなっちゃって』

 少し間を開けて、目を開けた彼は、こちらを見上げて小さく笑う。

『向いてないよね、ほんと』

 ベッドに腰掛けて笑う彼は、初めて会った時より、ずっとーー晴れやかに、笑っているように見えた。


◇ ◇ ◇

 

『今後の話だがーー』

 買い出しを終えて帰ってきたヴェルは、リュゼの向かいのベッドに腰掛けて、サイドテーブルに地図を広げて続ける。

『東に向けて移動する。日数で言えば…そうだな、1ヶ月半は覚悟しておいた方がいいだろう』

 ヴェルはそう言いながら、北アメリカ大陸の、真ん中よりも少し右上のところを指差した。流石に都市で例えるとどの辺なのか分からないが…アメリカとカナダの国境あたり、なんじゃないだろうか。いや、地理は弱いのでよくわからないが。

 ふと気になって、静かな目で地図を見ているヴェルの顔を見上げる。

『なんだ』

『1ヶ月って、何日?』

『30日だ』

『…ぜんぶ?』

『…?そうだが』

『1年は?』

『365日だ』

『…?』

 計算が合わない。

『ああ…1年は12ヶ月と、5日間の祭日…という形を取っている』

 面白い数え方だ。でも、1ヶ月の日数がずっと同じなのは分かりやすい気がする。

『じゃあ1週間は…?』

『6日間』

 じゃあ、1ヶ月は必ず5週間になるわけか。分かりやすい。

 てことは、一月半かかる移動ということは…約45日間の移動か。アメリカ大陸、広大過ぎる。それって、日本何周できるんだろう。

 ふうん、とヴェルの言葉に頷いていると、ニルさんがこちらに問いかけてきた。

――そちらは、どうなんだ?

「1ヶ月は短くて28日、長くて31日。月によって違くて、例えば…1月なら31日、2月は28日、もしくは29日。3月は31日で、4月は30日。1週間は7日間」

――ふうむ、…わかりにくいな…。

「なんだったかなあ、由来があったはずだけど、あんまりよく覚えてないなあ…。太陽暦?太陰暦?…太陽暦、だったかな。昔は日本は太陰暦だったんだけど、太陽暦になったって、授業で習ったような…」

――太陰暦?太陽暦?

「ええと…詳しくはわかんない…太陽暦は地球の公転…?かな」

『…なんか、スグルが知らない言葉すらすら喋ってると、ほんとに違うところから来た人なんだなあって感じするなあ。勉強、大変じゃない?』

 しみじみと呟くリュゼに、首を振ってみせる。

『今は、そんなに。少しは喋れるようになったから』

『そっかあ…』

『でも、まだ、ちゃんと言葉出てこないから、もっと勉強しないと。難しい言葉とか、聞いたことない言葉が多いから。ニルさんがいないと、かんぺきには分からない』

『あー、まあ、そっか…』

 リュゼはふむふむと頷きながら、ニルさんに視線を向ける。ニルさんは鼻を鳴らして顔を背けた。まだあまり、仲良しではないらしい。

『…そういえば、試験をする、と言ってしていなかったな』

『……』

 地図から顔を上げてこちらを見たヴェルに、思わず黙り込む。ふいっと顔を背けると、ヴェルは苦笑した。

『…本も無いし、もうするつもりはない。色々ごたついていたのもあるが、以前よりは随分と言葉がわかるようになっているからな。試験する必要も無いだろう』

『…!』

 やった、苦しみから解放された!ぐっと拳を握ると、ヴェルがふっと小さく笑う。リュゼがそれを見て、ぽかんと口を開けた。

『…俺、ヴェルフリードって、笑わない生き物だと思ってた』

『……』

 元の無表情に戻って、普段より幾分か鋭くなった冷たい視線がリュゼに注がれる。リュゼはひいっと悲鳴を上げて仰け反った。心中お察しする。

『…話を戻す。途中いくつかの街や村を経由するが、野宿が増えるだろう。リュザフィールや私は訓練を積んでいるから問題はないが、スグルにとっては辛いものになるかもしれない。…辛くなったら言え、なんとかする』

『うん、大丈夫、頑張る』

『…そうか』

 頷いてみせると、少しだけ困ったような顔をして、ヴェルは地図に視線を落とした。

『暫く進むと大きな山脈にぶち当たる。高い山では無いから、そう越えるのが難しいということはないが――基本的に、移動時はお前はグレイプニルの背に乗っていた方がいいだろう。我々とは移動速度が違いすぎる』

『わかった』

『それとは別に…この人数だと、いざという時に素早く移動ができない。騎獣を一頭、増やそうと思うのだが』

 ああ、そうか。もう一頭いれば、荷物も分散させられるから、移動も早くなりそうだ。それにリュゼもまだ貧血気味で本調子じゃなさそうだし、騎乗して移動、がいいかも。ニルさんもそれには賛成だったようで、こくりと頷く。

――そうだな。流石に私も3人乗せては移動できない。荷もあまり持てないしな。…金の方は用意できるのか?

『問題ない。多少値は張るが、ここで金を惜しんでも仕方がない。どこかで一度金を稼ぐことにはなるだろうが』

 落ち着いたヴェルの言葉に、リュゼがぺこりと頭を下げた。

『お世話になります…』

『その分働いてもらう、気にするな』

『うう…』

 ヴェルのそれは、多分言葉通り、馬車馬のように働かせるということなんだろう。気の毒には思うが、自分にはヴェルは止められない。ぽん、とリュゼの肩に手を乗せると、彼は大きく溜息をついた。


◇ ◇ ◇


 宿から出て、街中を3人と1匹、並んで歩く。先に騎獣を扱っている店に行くと言うので、少しばかり楽しみである。

『騎獣、どういうの、いるの?』

『…様々、だな。見てみるのが早いだろう』

 ヴェルの足が、どこかに向かって歩き出す。追いかけていくと、小さな小屋に、大きな厩のようなものがくっついた建物が見えてきた。

『わあ…』

 ヴェルが『様々』と言った理由がわかった。本当に、いろんな種類の動物がいる。虎みたいなのに、色が白と赤の縞々だったり(保護色としてはどうかと思う、毒とかありそう)、馬みたいなのに紺色の毛並みをしていたり(よく見ると頭の鬣が針みたいで、もし騎乗している時に当たったら痛そうだ)、大きな犬みたいな…ドーベルマンをもっと大きくしたみたいな見た目なのに、首の周りにライオンみたいな鬣が生えていたり(これはふかふかして柔らかそう)。

『すごい』

 近くまで駆け寄ってキラキラした目で見ていると、隣に立ったヴェルに肩を軽く制された。

『噛む獣もいるから気をつけろ』

 木の柵はあるが、獣によっては頭くらいは出せるだろう。慌てて一歩引くと、ヴェルの硬い胸板にこつんと後頭部が当たった。ふっと笑う気配がしたが、見上げた時にはいつもの無表情に戻っていて、なんだか少し悔しい。

 ヴェルはそのまま小屋の扉を開けて、中へと踏み込んで行く。ここが、騎獣を買える店、のようだ。狭い店内には簡易的なカウンターがあって、比較的小柄な茶髪のおじさんが座っていた。

『騎獣が欲しい。見せてもらえるか』

『どういうのがいい?』

『足が速いものを。よく躾けられているのがいい』

『うちのはみんなよく躾けてるよ。うちで足の速いのだとアルフェやウルドだな。見るか?』

『是非』

 何かやり取りをした後、奥の扉へと進むヴェルの背中を追いかける。扉を抜けると、裏の厩に出られるようになっているみたいで、色々な獣が柵の隙間から顔を覗かせた。結構牙がしっかりしていて、少し怖い。でもみんな大人しくて、こちらに向かって吠えることはなかった。

『ふお!?』

 お利口さんだねえ、とニルさんと騎獣を眺めていると、背後から妙な悲鳴が聞こえた。

『!?』

 びっくりして振り向くと、リュゼが一匹の獣にうつ伏せに押し倒されている。

 一瞬ぽかんとして、『リュっ、リュゼ!?』慌てて助け起こしに駆け寄った。

 獣はリュゼのことがムカついたのか、気に入ったのかわからないが…息を荒げてリュゼの後頭部の真上でで唸り声をあげている。

『ス…スグルぅ…たすけて…』

 潰れたカエルみたい。ちょっと面白くなってしまって、へらっと笑うと、リュゼが恨めしげな視線をこちらに向けた。

『お客さーん!』

 駆け寄ってきた店主のおじさんが、獣の手綱を引く。獣は黒い毛の、猫を大きくしたみたいな生き物で、おじさんに逆らって酷く暴れている。大きな耳が可愛らしい。サイズ感はあまり可愛くはないが。尾の先と足先のところだけ白く色が抜けていて、まるで靴下を履いているみたいだ。店主が獣を宥めている隙に、震えるリュゼを助け起こす。

『大丈夫?』

『な、なんとか…てか、さっき俺見て笑ったでしょ』

『笑ってないよ』

『…まだニヤついてるけど?』

『にやついてる…?』

『それ、言葉わかってないの?それとも分かんないふりしてんの?』

 むっとした顔のリュゼに笑みを向けると、更にむすっとした顔になった。

『お客さん、すいません、こいつ気性が荒くて…!』

 店主が慌てたように言うが、獣はまだ興奮しているのか、地面を掻いてリュゼに向かっていこうとする。相当リュゼのことが気に食わないらしい。

『気に入られたのではないか』

 ヴェルは特に慌てた風もなく、こちらにゆっくり歩いてきて言う。

『そうなの?』

 首を傾げて、ちらりとニルさんに視線を向けて見る。

――これは…嫌われているようにしか見えないが…。

(騎獣の言ってることとか、わからない?)

――興奮状態にあるのでな、上手く汲み取れない。

『えっ、俺なんかした…?』

 戸惑った視線を獣に向けたリュゼに、店主の手から逃れた獣が飛びかかる。

『ひえっ』

『…!』

 危うく巻き添えになりそうだったところを、ヴェルに助け出された。…リュゼは放置だが。

『ちょっ、俺は!?』

 悲鳴を上げたリュゼに、獣が飛びついて――顔を、ベロベロと舐め出した。

『やはり、気に入られているじゃないか』

『えっ、ちょっ、え!?』

『ラグナルか、足の速さは申し分ないだろう。それに賢い獣だ。この騎獣にしよう。いくらだ』

『え!?なんで!?』

『元々お前を乗せるための騎獣だ。好かれているなら問題ないだろう』

『そう言う問題じゃなくない!?』

『店主、いくらだ』

『ええと、しかし…!いいんですか、お客さん…?』

『俺の意見は!?』

 …リュゼがいると、なんだか賑やかだ。静かなのも良いけど、こういうのも良い。

 リュゼの顔をベロベロ舐めている獣――ラグナルの前にしゃがみ込んで、頭を撫でる。猫のような、縦長の瞳孔を持つ金色の目が、ぱちくりと瞬きをした。尖った耳が、ピンと立つ。本当に、猫みたい。

『かわいい』

 優しく撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして、頬を擦り寄せてきた。幸せな気分になって、両手で首の周りをわしわしと撫でる。

――スグルのことは気に入ったらしいな。

 そうだったら嬉しい。少しチクチクする艶やかな黒い毛が頬を撫でて、心地良い。

『名前は?』

 戸惑っている店主の顔を見上げて、尋ねてみる。

『エルネスク、と言います。若い雄です』

 エルネスク、か、それなら――、

『エルさんだ。エル』

 ニルさんと、エル。なんだか兄弟みたいでおもしろい。白い獣と黒い獣、姿は正反対だけど。よろしくね、と頬を寄せると、がう、と小さく鳴いた。賢そうな瞳が微かに細められる。

『ラグナルは足の速い獣ですが、気性が荒く、躾が難しいと言われています。実際、お恥ずかしい話ですが、私も手を焼いておりまして、売り物にするにはまだ早いかと思っておりました。…ここまで穏やかなのは、私もあまり見たことがありませんね』

『まあ、リュザフィールのことは気に入らないようだがな』

『やっぱりそうだよね!?てかそろそろ退いてくんないかな!』

 そういえば、エルはリュゼの上に乗ったままだった。おいで、と優しく声をかけると、素直にリュゼの身体から降りて、お座りをした。

『病み上がりなんだけど…』

 死にそうな顔で身を起こして溜息をつく。リュゼがゴシゴシ顔を拭きながらちらっとエルを見上げると、さっきまで大人しかった獣が唸り声を上げる。

――ふむ、顔が気に入らんそうだ。

『………』

…ちょっと可哀想になってきた。憐れみの目を向けると、悲しげな緑の瞳と目が合って、なんとも言えない気持ちになる。

 何はともあれ、2人と1匹から3人と2匹の旅になったわけだ。目的地まで、最低でも、約45日。長ければ60日くらいかかるかもしれない。これから、長い旅が始まる。旅の理由を考えると、楽しむものでは無い…とは思うのだが、そんな思いとは別に、少しだけ気分が高揚してきているのは否定できない。また顔面をベロベロ舐められて悲鳴を上げているリュゼを、笑いを堪えながら眺める。ふと視線を感じて顔を上げると、ヴェルの静かな眼差しと目が合った。本当に微かな笑みを浮かべた彼が、少しでも、この旅を楽しいと感じてくれたなら――そう感じてくれたら、とても幸せだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ