32.逃走
ぼんやりと、奥の壁に背中をつけて膝を抱える。リュゼがこの部屋から出て行ってから、随分時間が経ったような気がする。…ヴェルに、連絡はついただろうか。
夕方を過ぎたあたりから、かなり冷え込んで来た。室内には何もないので、寒さを凌ぐこともできない。どんどん冷えていく指先を胸の前で擦り合わせるが、それだけでは殆ど暖も取れなかった。それに、先程から酷く身体が重たい。ずきずきと頭が痛くなってきて、呼吸が徐々に荒くなる。…風邪を引いた時の症状に似ている。
今は、何時頃だろう。暗くなってから、だいぶ時間が経っているような気がする。身体を蝕む痛みとだるさで、あまり眠れない。先程から、短くて浅い眠りを繰り返していた。
力が入らなくなって来て、ころんと横たわる。冷たい石壁に背中が擦れて痛い。目を瞑って、出来るだけ精神を落ち着ける。おでこに手の甲を当てると、思っていたよりも熱い感覚があった。少し、熱があるらしい。
冷たい床に頭をつけると、遠くの音が微かに聞こえてくる。ぼんやりそれを聞いていると、不意に妙な足音がこちらに近付いてくるのに気が付いた。誰かひとりの足音と、何かをひきずるような、ずる、ずる、という音。音は私のいる部屋の前で止まって、ぎいぎいと大きな音を立てて、扉が開いた。
扉が開け放たれてすぐに、何か大きなものが室内に投げ込まれる。重い音とともに、それは床の上を転がった。暗闇の中で、微かに動く。
『っ、ぐ、う』
喉から絞り出すような唸り声は、酷く苦しげで――それが、リュゼだということに気がつくまで、時間がかかった。
『リュ――』
駆け寄ってリュゼの身体に触れるが、ぐっしょりと濡れた感覚に思わず手を離す。暗がりの中で、自分の手のひらに熱くて黒っぽい液体がついているのがわかった。
これは、血…?
『…!』
リュゼは横たわって、腹部を押さえている。月明かりで僅かに照らされた室内で、リュゼの身体の下に、じわりと黒い染みが広がっていくのが見えた。
『リュゼ!』
声を掛けても、苦しげな荒い呼吸が返ってくるだけで、返事はない。扉の前に立っていた人影が、こちらに向かって何かを投げた。それは、月明かりを反射して一瞬キラリと光り、石の床に当たって、パリンと乾いた音を立てて砕けた。
『お前が、こいつに頼んだんだろ?』
低い声に身体が恐怖で震える。男はずるずると片足を軽く引きずりながら、ゆっくりとこちらに近付いてきた。男の足が先程砕けた通信板のガラス片を踏んで、パキパキと音を立てる。
窓から差し込んだ月明かりが、男の顔を照らした。髭面のその顔を見て、切りつけられた腕がずきりと痛んだ。
『何を企んでいるかは知らねえが、助けは来ねえぞ。そいつももうじき死ぬ。ああ…そういえば』
男の顔がにたりと笑みを作る。
『あの楽士なあ、逃げ出しやがった。お前も明日には殺される。無駄な足掻きだったなあ、巻き込むだけ巻き込んで御仕舞いだ。こいつも可哀想にな』
頭から血の気が引いて行く。私の顔を見て、男は気持ちの悪い笑みを深くした。
『明日は俺がお前の首を落としてやる。ああ、その前に切り損ねた腕も落としてやるよ。それに足もだ。俺の足をこんなにしやがって、同じ目に合わせてから殺さねえと気がすまねえ。先に足を切って、這いずり回るお前の腕を落とす。最後が首だ。いい声で啼けたら一撃で刎ね落としてやるよ』
男は笑い声をあげながら、部屋から出て行った。
静かになった室内で、へたり込んだまま、嗚咽を漏らして泣きじゃくる。
『ごめ、リュゼ、ごめんなさい…』
私が、頼んだから。リュゼはきっと危険を冒して、ヴェルに連絡を取ろうとしてくれたんだ。そのせいで、きっとあの男に。
浅く、荒い呼吸を繰り返すリュゼに、震える手で縋る。ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいだ。私のせいで、リュゼが死んでしまう。嗚咽混じりに、謝罪の言葉を繰り返す。そんなことをしても、リュゼは治らないのに。助けられないのに。
『ス、グル、俺、大丈夫、…っ、だから、謝ら、ないで』
荒い呼吸の合間に、掠れた声でリュゼが喋る。ごろんと仰向けに転がって、どくどくと血が溢れるお腹を片手で抑えた。
『っ、はぁ、いってえ』
『リュゼ…っ』
『大丈夫、思ってるほど、深くないよ』
もう片方の血塗れの手が、私の頬に添えられる。
『それに、ね、ちゃんと俺、お兄さん、に、連絡、したから。すぐ来るって、いってたから。だから、きっと、大丈夫』
苦痛に歪んだ顔が、私の顔を見上げて、安心させるように微笑んだ。
『だから、泣かないで』
頬に触れた手をぎゅっと握りしめて、唇を噛み締める。
『リュゼ、リュゼ、死なないで、おねがい、だから』
『だい、じょうぶ、ちょっと、いっぱい、血は出たけど、ちゃんと、急所、外してるから。手で、抑えてるから、血も、そのうち、止まる』
微笑む顔に力は無い。私が、ニルさんみたいに、なんでも治せたらいいのに。どうして私は何も出来ないんだろう。私に流れているはずのニルさんの血は、私の血に置き換えられて、もうその効力は失われている。
『…リュゼ、動ける?』
このままでは、もたない。暗闇の中でも分かるほど、リュゼの顔色は悪い。いつ来てくれるかわからない助けを待っていたら、リュゼは死んでしまうかもしれない。はやく、お医者さんに、連れて行かないと。逃げても…もう、誰にも迷惑はかからない。
『逃げよう、リュゼ。外、医者、行こう』
リュゼの手を両手でぎゅっと握りしめる。リュゼは困ったように笑った。
『…警備、多いから、難しいよ。俺、連れて、外に出るの、無理じゃない、かなあ』
『無理じゃない、やるの、このままじゃ…』
下唇を強く噛む。血が微かに滲んで、鉄の味がした。目をごしごし擦って、無理やり涙を抑え込む。
『いいから、やるの』
リュゼの腰帯に刺さったままだった剣を、鞘ごと引き抜く。少しだけ剣を抜くと、片刃の刀身が月光を反射して光った。思っていたよりもずっと重たくて、人を殺せる道具なのだと、改めて認識する。剣を鞘に戻して、自分の腰のベルトに刺した。
軽く腕を引っ張って促すと、リュゼはゆっくりと身体を起こした。しかしそのままの体制で、肩で息をしながら首を振る。
『…だめだ。スグルは、助かるかも、しれない。見つかったら、スグル、殺されちゃう。俺、足手まとい、だ』
『やだ、一緒に逃げようよ』
『俺、多分、あんまり、長く、保たない、から』
『やだ!』
声が、狭い空間に反響した。リュゼは唇を噛んで、俯く。
『お願い。リュゼ、私が、守るから。死なせない、から』
『……』
迷うような間があって、リュゼはこちらに顔を向けた。
『ひとつ、約束、して。俺が、捕まりそうに、なっても、助けなくて、いい。スグル、だけでも、逃げて』
『…それは』
『スグル』
『………わかった』
リュゼは、ほっとしたように嘆息した。
◇ ◇ ◇
壁に手をついて立ち上がるリュゼの肩を支えて、ゆっくりと扉を開ける。なるべく、音を立てないように。微かにぎい、と音がして、緊張で心臓が縮こまる。隙間から廊下を覗くが、人影は無い。リュゼに合図して、部屋の外に滑り出た。
部屋の外には月明かりが届かなくて、かなり暗い。その暗がりを、リュゼを支えながら進む。リュゼの呼吸は荒い。私がもっと背が高ければ、ちゃんと支えられるのに。廊下を奥まで進むと、石でできた階段が続いていた。ところどころ、血が擦れたような痕があるのは、リュゼのものだろうか。
『ここ、上がると、屋敷の、東館の、端っこだ。窓、無い、から、渡り、廊下まで…、移動、しないと』
『…わかった。警備、何人?』
『わかん、ない。俺が、きた、ときは、ひとり、だった』
『うん、わかった』
一旦リュゼを座らせて、先に階段を上った。一階部分には照明があるのだろう、徐々に光が射し込んでくる。階段は一度180度大きく曲がって、地上に通じているようだ。
壁に背をつけて、階段の角から地上を伺う。出入り口の脇に、誰かの肩が逆光になって見えた。おそらく警備の人間だろう。リュゼは『警備はひとり』と言っていたが、一階の廊下にどれくらい警備がいるかわからない。警戒した相手を倒すのは、おそらく自分では無理だ。
『……』
リュゼを囮にするのは、避けたい。こういう時、昔見た映画とかでやった方法とか思いつければいいのに、何も思いつかない。だが、おそらく…一番、警戒されないのは…。
剣をベルトから引き抜いて、背中に隠す。敢えて、足音を立てて普通に階段を上ると、警備らしき人影がこちらを振り向いた。逆光で顔は見えないが、背の高い男だ。
『すみま、せん。といれに』
『あ?あー、そうか。下の奴もう居ねーのか』
チッという舌打ちとともに、男がゆっくり階段を降りてくる。
『便所は下だぞ、坊主。知らねえのか』
『…』
頷いて、壁際に寄って道を開ける。目の前を通った男の背後に回り込んで、ゆっくりと鞘に納めたままの剣を振り上げる。階段の上に居るから、身長差があっても、頭を狙える。躊躇ったらだめだ。ぎゅっと目を瞑って、男の側頭部目掛けて思い切り剣を凪いだ。
ガツンッ!
鈍い衝撃音とともに、唸り声をあげた男が、階段を転がり落ちる。
『…っ、はぁ、はぁ』
心臓がばくばくと煩い。は、初めてひとを殴った。転がり落ちた男の近くに座り込んで、息を整える。不安になって恐る恐る男の首に触れた。脈は、ちゃんとある。気絶しているようだ。ほっとして大きく息を吐き出した。
階段を上がって、廊下の方をそっと伺う。幸い、他に人影はない。
『リュゼ』
『…ん』
階段を下りて、座って休んでいたリュゼの肩を揺する。リュゼは少し眠っていたようで、寝ぼけたような声を出した。…なるべく早く、外に出して治療しないと、危ないかもしれない。
『…階段、上がったら、どっちに行ったらいい?』
『…ああ、ええと、上がって右…で、突き当たりを、左…、あとは、道なりに、進めばいい』
『…わかった。立てる…?』
『っ、ん…』
背中に壁をつけて、それを支えに立ち上がったリュゼの肩を支えた。階段を一段一段、ゆっくり上がる。途中転がっている警備の男を見下ろして、リュゼが微かな笑い声をあげた。
『っ、はは、これ、スグルがやったの?』
『…』
むっとして見上げると、リュゼは壁に肩をつけて、くつくつと笑う。
『スグル、意外と、やるね。こんな、小さいのに。俺より、強いんじゃ、ないの?っはは、いたた、お腹、いたい…』
苦痛に顔を歪めたリュゼの腕を軽く引く。
『…はやく、出よう』
『っはぁ、うん…』
階段を上って、地上一階の廊下に出る。暗闇ではよく見えなかったリュゼの姿が見えて、息を呑んだ。
斬られた右腹の周りは、血で赤黒く染まっていた。ズボンまで血が垂れて、服の色が酷く変色している。まだ血が完全に止まっていないようで、歩くとパタパタと血痕が床に散らばった。
『これ、俺が歩いたら、跡、残っちゃうね』
困ったように笑うリュゼの、傷口を押さえる手は真っ赤だった。
『…っ、大丈夫、リュゼ、絶対、助けるから』
『…うん…』
頷く彼と、廊下を進む。何かあった時にすぐに対応できるように、剣を抜いて、柄を握りしめる。…人を斬る覚悟はない。片刃の、峰が下に来るように持って、廊下を引きずった。
廊下の奥は、T字路になっている。たしか、ここを左だ。リュゼを壁際に座らせて、壁に背をつけて進む。そっと通路を覗くと、警備が両側に2人ずつ立っているのが見えた。全部で4人、さっきみたいに、誘い出して後ろから殴るのは無理だ。
どうしたものか。剣を握りしめて、考え込む。ここを抜けるのは不可能に近い。そういえば、廊下には扉が並んでいるが、誰かが住んでいるんだろうか。廊下には窓が1つもないが、部屋にも無いと言うのは、ちょっと考えにくい。
『リュゼ、このあたりの扉、なに?』
『え?ええと、多分…掃除とか、する…、下働きの、部屋、かな…』
『空いてる、部屋、知ってる?』
『ううん…』
『…』
適当な扉に耳を付けて、中の音を探る。時間も時間だ、誰か中にいても寝ているだろう。何の音も聞こえない。
音を立てないよう静かに、軽くドアノブを捻る。鍵が掛かっているようだ。鍵穴はあるが、覗いてみても中は暗くてよく見えない。
現代日本で多く使われている鍵は、鍵を閉めるとドアから金属の四角い棒が突き出してきて、閂のようにして留まるタイプだ。こちらも同じように閂のように棒を噛ませることで鍵が閉まるの仕組みなのだが、構造が少し違う。金属の棒が、ドアの鍵部分を中心として、回転することで施錠できる仕組みだ。つまり――硬くて薄いなにかを、ドアと枠の隙間に差し込んで、その金属の棒を動かして元の位置に戻してしまえば、鍵は開く、筈だ。おそらくこちらの世界の全てがこの構造という訳ではないだろうが(防犯の面ではあまりにもお粗末だし)、宿や、船の中で見かけた鍵は全てこの構造だった。掃除をしたりする人の部屋なら、多分簡易的な鍵だろうし、防犯対策も特にしていない、と思う。そう信じたい。
ゆっくりと、剣をドアの隙間にねじ込んで、持ち上げる。何かに当たる感触があって、そのまま力を込めて上まで滑らせた。かちゃん、と鍵が開く音がする。
『ちょっ、スグル?』
動揺した声を上げるリュゼをそのままに、剣を構えて室内に入る。暗闇に目が慣れるまで少し時間がかかったが、室内に窓があるのにはすぐに気がついた。カーテンがかかっているので実際の大きさは分からないが、リュゼでも多分通れるだろう。あそこから、抜け出せるかもしれない。
窓の前には、簡素なベッドがあり、誰かが寝息を立てている。壁に掛けられている服から、それが女性だと言うことはわかった。
音を立てずに忍び寄り、顔を覗き込む。年の頃は30歳くらいだろうか。頬が鱗で覆われている。竜人、という種族かもしれない。
壁に掛かっていたストールのような布を何枚か取って、その女性の肩を揺する。
『っ、…え?』
こちらを見て、目を見開いた女性の口を塞ぐ。同時に剣の切っ先の峰側を、首に押し付けた。
『声、出したら、殺す。いい?』
女性は震えながら、こくこくと頷いた。背後から、リュゼがふらつきながら室内に入ってくる。
『荒っぽい、なあ』
『…』
呆れたようなその声に返事はせず、女性の手首と足首を縛る。口にも猿轡のように噛ませて、声が出せないようにした。…非常に申し訳ないが、今はリュゼの命に関わるので、自分の倫理観は捨て置くことにした。
『リュゼ、窓、出られるかも』
女性を床に転がして、カーテンを開ける。ガラスが嵌った、小さな出窓のようだ。思ったより高い位置にあって、外を見下ろすと、地上からの距離はだいたい2階分くらい。どうやらこの屋敷、1階部分がかなり高い位置に作られているらしい。飛び降りると危ないだろうが、シーツを繋げていけば降りられないことはなさそうだ。ただ、どこにも開けられそうな取っ手がない。
『窓、開かないの?』
女性の方に剣を突きつけて問いかけると、怯えた顔でこくこく頭を縦に振った。突き破るしか、手はないか。ガラスを割れば、かなり大きい音がしてしまう。逡巡して窓ガラスを見つめる。格子は木製、切りつけて、うまく外せないだろうか――。
そんなことを考え込んでいて、背後で、縛っていたはずの女性が、平然と身を起こしたのに気がつかなかった。
『スグル!』
焦ったリュゼの声に振り向くと、女性が走って部屋から出て行くところだった。
『誰か!!誰か来て!!!』
大きな声が、廊下に響き渡る。血の気が引いて、冷や汗が背中を伝った。
『っ!』
リュゼが咄嗟といった感じで、扉を閉める。鍵をかけて、扉に背をつけた。
『スグル、ごめん、止められ、なかった。竜人、力、強いんだ』
『ううん、私が、見てなかったから』
唇を噛んで首を振る。部屋にある棚や机を引きずって、急いで扉の前に置いて行く。部屋に物が少ないので、大したバリケードにもならない。多分、あまり長くはもたないだろう。
…もう、駄目かもしれない。どんどんと叩かれる扉を背に、リュゼと並んで座る。膝を抱えて、目をぎゅっと瞑った。
『スグル』
声を掛けられて、顔を上げる。リュゼが苦しそうにしながら、泣きそうな顔で笑った。
『スグル、だけなら、窓から、逃げられる、かも。俺は、動けない』
『…いや』
『スグル』
手を取られて、軽く引っ張られる。
『約束、だよ』
『…だめ。まだ、捕まりそうじゃない』
『…スグル、』
『だめ!』
叫んで、立ち上がる。剣を握りしめて、扉を見据える。扉を突破されたら、剣を振り回して逃げてやる。震える足を拳で殴って、両手で剣を構えた。絶対、絶対リュゼを逃がしてみせる。
激しく動き回ったせいで、切られた腕の傷が開いている。アドレナリンが出ているのか、痛みは感じない。腕を伝った血が、剣を伝って、床にぽたりと落ちた。
不意に、部屋に差し込んでいた月明かりが、何かに遮られたように翳った。直後、ガラスの割れる甲高い音が部屋に響き渡る。
振り向くと、真っ黒な人影が、そこに立っていた。逆光でシルエットしか見えない。手には剣が握られていて、月明かりを反射して不気味に光る。
『っ!』
唇を噛んで、咄嗟に剣を振り下ろす。しかし、その人影に剣先が当たる前に、相手の剣に弾かれた。重い衝撃に、腕がビリビリと震える。指先から力が抜けて、剣が手から離れる。乾いた音を立てて、剣が床を滑った。
『…っ』
『スグル!』
背後で、焦ったようなリュゼの声が響いた。衝撃でバランスを崩して、背後に倒れこみそうになる。思わず前に伸びた腕を、目の前の人影が掴んだ。
『スグル』
聞き慣れた低い声に、一瞬何が起きたのかわからなくて、頭が真っ白になる。ぽかん、と相手の顔を見上げると、ぐいっと抱き寄せられた。
『無事か』
『…っ、ヴェ、』
ぼろぼろ涙が溢れる。懐かしいとすら感じる匂いに、張り詰めていた緊張とともに涙腺が瓦解した。
『ヴェルうぅ』
目の前の身体にしがみつくと、優しく腕が回される。安心感に、年甲斐もなく、声を上げてわんわん泣いてしまった。




