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31.暗中模索〈side:ヴェルフリード〉

 スグルが、突然姿を消した。

 護衛の代金を受け取った後、この後も自分の領地で警備の仕事につけと煩い雇用主から逃げるように船を降りて、グレイプニルと合流した後、スグルが待っていたというところまで行くと、誰もいなかった。

 用があって場所を少し離れているのかと思い、暫くそこで待っていたのだが、彼女があらわれる気配が全くない。彼女が考えなしに動き回るとは思えないし、この状況は、彼女の身に何かあったと考えざるを得ない。先程から落ち着きなく、グレイプニルが同じ場所をぐるぐると回っている。

『匂いで痕跡を辿れないのか』

――そこまで鼻が良くない。だが、妙な臭いが微かに…薬品のような…。

『薬品…?』

 自分には、その臭いはわからない。スグルがいたという場所にしゃがみ込んで、黙って考え込む。

 …アルネイアはあまり治安が良くないが、人攫いはあまり聞かない。強盗や暴動は多いらしいが、こちらで人攫いとなると金銭目的だ。身代金の要求というものになる。スグルはどこからどう見ても金持ちの子供には見えないし、身元がはっきりわかっていないと金銭の要求もできない。何かの事件に巻き込まれでもしたのか。

――お前、この状態でよく落ち着いていられるな!心配ではないのか!

 苛立たしげにうろうろと歩き回っていたグレイプニルが、こちらに向き直って激しい口調で追及してきた。

『…心配していないわけがないだろう』

――よく言う!随分と冷静に見えるが!

『…少し、黙っていてくれないか。こういう時こそ落ち着くべきだろう』

――貴様…っ!

『黙れと言っている!』

 強い口調にグレイプニルが黙り込んだ。思わず舌打ちが漏れる。…私も、あまり冷静ではないらしい。

 懐から通信板を取り出し、何度目かわからぬ通信をかける。彼女につながることはなく、無音が続くだけだった。溜息をこぼして通信を切る。

『…手掛かりが皆無だ』

 地道に、目撃者を探すしかない。周囲には人影は殆どないが、遠くの方にちらほらと船の整備をしている船員の姿が見える。

『お前はここにいろ。聞き込みをしてくる』

――…ああ、わかった。



『ん?ああ、変なの見たな』

『変なの、とは』

 心当たりがありそうな人物を見つけるまで、一刻程かかった。竜人の男は、首元の鱗をぽりぽりと掻きながら答える。そういえばこの種族は、夜目が利く。

『ああ。背中に楽器背負った楽士っぽい男と、ちっせえ子供が、なんか、上から袋被されて、馬車に乗せられて連れていかれてた。どっちに向かったかまでは分かんねえな』

『…そうか、礼を言う』

 馬車に乗せられて連れられた?楽士と一緒に?…どういうことだ?

 戻ってグレイプニルに聞いたことを話すと、グレイプニルも混乱しているのか、複雑そうな顔をした。

――どういうことだ?

『私にもわからん。…楽士というのは、メイソンとかいう…スグルと一緒に待っていた男だろう?』

――ああ。そうだろうな…。

『……』

 スグルはもしや、何かに巻き込まれたのか…?もしそうだとしたら、…つくづく不運な娘だ。

『…馬車の行方を追う。街の方で聞き込みをする。お前も来るか』

――ああ、無論だ。片っ端から意識を繋げる。見かけたものがいればすぐ判るだろう。

 なるべく、今夜中にどちらに向かったのだけは把握しておきたい。夜が明ければ足取りが掴みにくくなるだろう。…無事だと、いいが。胸の底でじわじわと込み上げてくる焦燥感から意識を逸らして、馬車が通ったという通りに足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


 しかし、どんなに探しても、手掛かりが一切掴めなかった。日付が変わるような時間になると、もう人通りが少なくなるので、聞き込みすら難しい。

『…取り敢えず、身体を休めるのがいいだろう。宿を取る』

――何故だ、このまま探せばいい!

『探そうにも、これでは聞き込みができない。…人が出てくるまでの僅かな間だ。お前も休め』

――…っ。

 牙を剥くグレイプニルから目を逸らして、近場の宿に入る。ボロボロの宿のカウンターには、 大柄な男が座っていた。半分寝ているのか船を漕いでいる。彼がこの宿の主らしい。

 肩を掴んで軽く揺すると、はっとした顔でこちらを凝視する。

『ああ、すんません。お客さんですかい』

『一室頼みたい』

『へい。ええと…2階の部屋があいてます。一晩、先払いで、4ルクス』

『…』

 懐から布袋を取り出し、銅貨を出してカウンターに置く。渡された鍵を掴んで、階段を上った。

 部屋にはベッドがひとつ。彼女と行動するようになってから、常にベッドが2つある部屋を取っていたので、少しだけ違和感を感じた。…彼女と旅をして、たった、1ヶ月かそこらなのだが。ベッドに腰掛けて、大きく息を吐く。グレイプニルはまだ苛々と室内を歩き回っていた。

 得られた情報が少なすぎて、彼女が今どこにいるのか、想像すらできない。楽士が攫われるのに巻き込まれたというのが、一番可能性が高そうだが、そうなると最悪の場合すぐに殺される。金銭目的であるなら猶更だ。額に手を当てて、伸びた前髪をかき上げる。早く、見つけなければ。だが、こんな時間に闇雲に歩き回っても体力を消耗するだけだ。

 その後は少しだけ休んで、日が登ってから、グレイプニルを連れ立って街を歩く。まずは街の出入り口にあたる門へ赴き、馬車が通ったのか否かを聞き込みすることにした。各方面の門の兵士に確認したが、出て行った馬車は無かったという。それならば、目的地はここ、ということになる。もしくは――。

『隠遁の術式でもかけたか…』

 そうなると、完全にお手上げだ。

 馬車は一体どこへ消えたのか。聞き込みを続けても、馬車を見たというものはいなかった。聞き回っているうちに、辺りは夕暮れ時に差し掛かっていた。

『…チッ』

 街を覆う外壁に背中を預けて、舌打ちをする。これだけ人がいて、何故誰も見ていない。手当たり次第に当たったが、完全に手詰まりだ。せめてどの方角に向かったかが判ればそちらに向かえるのだが、それすらも不明だ。

 ため息をついて壁から身を起こしたその時、首に下げていた通信板から術式の発動する気配を感じた。

『…っ、スグル!』

 焦って取り落としそうになりながら、通信を受ける。

『あっ、あの、すいません…お兄さん?』

 知らない、男の声だ。思わず声に殺気が篭る。

『…貴様、誰だ?』

 低い声に、相手がひえっと声を上げた。

『リュザフィールですぅ!俺が攫ったんじゃないよぉ!』

『リュザフィール…?』

 何処かで聞いた名だな、と思って、ああそういえば、と思い出す。スグルにやたらベタベタしていた男か。何故、スグルの通信板を持っている…?

『スグルはどこだ』

 苛立ちを抑える余裕は無く、詰問する。相手は怯えた声で早口で喋り出した。

『レディントン領の、領主の館です。なんか、俺もよく知らないですけど、メイソンっていう楽士と一緒に攫われて、人質みたいにされてて』

『レディントン…?レディントン・アスキス・カトリーナか』

 少し前までの雇用主を思い出して歯軋りする。なるほど、楽士…ソリューシャを弾いていた男か。あの女の好きそうな顔だった。色狂いの女領主と言う噂は本当だったか。

『人質とはどういうことだ』

『どっちかが逃げたら、どっちかを殺すって。それで、スグルも怖くて逃げられないんだ。俺一人じゃ、どうにもならなくて…』

『…』

『…っ、お願い、』

 不意に、相手の声が震える。

『スグルが、助けてって。俺、スグルに、大丈夫って伝えてって言われたけど、全然大丈夫じゃなくて。地下に閉じ込められて、腕、斬りつけられてて。俺じゃ助けられない。お願い、助けてやって…!』

 血の気が引く。思わず通信板を握る手に力が篭り、ガラスが皮膚を僅かに切った。

『…わかった。すぐ向かう。後程連絡する』

『うん…!っ、あ!もう切らなきゃ』

 微かに騒がしい音がして、ぶつりと通話が切れる。通信板を握りしめて、横でこちらを見ていたグレイプニルに向き直る。

『スグルの居所が知れた。走れるか』

 無論だ、と頷く獣の背に乗り、行き先を告げる。

『北東に走れ。詳細は走りながら伝える』

――わかった。

 獣の足はかなり速い。レディントン領は、馬車なら一晩はかかったろうが、グレイプニルならばもっと速く着くはずだ。

 …腕を斬られたと言っていた。焦燥感に苛まれて、グレイプニルの毛皮を掴む手に力が篭る。グレイプニルには落ち着けと言っておきながら、このザマか。自嘲気味に笑って、手の力を抜く。

『…死ぬ気で走れ』

 夜の闇を切り裂くように駆け抜ける獣に呟くように小さく声を掛けて、前を見据えた。

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