27.最終日
長かった船旅も、もうすぐで終わりだ。
船旅は今日で15日目、予定通りなら今夜アルネイアの港に着くらしい。最後の公演は、いつもより早い時間に始まる。
エリクは仲直りしてから、今まで通り部屋に訪れるようになってくれた。喋れる事もバラしてしまったので(ニルさんにはちょっと怒られてしまったけど)、室内で2人の時は割と普通に話をするようになった。結果的に勉強にも付き合ってくれたので、まあ良かったのかもしれない。ヴェルは無口だから、話をしながら勉強するというのはかなり不向きなのだが、饒舌なエリクと一緒だと、聞き取りと発音の勉強になる。ノルマの3冊分は、昨日の夜なんとか勉強し終えた。
今日も朝から私の部屋に遊びに来ていたエリクは、ベッドに座って本を開いている。私の本ではない、彼の私物だ。港に立ち寄った時暇つぶしに買っておいたのだという。少し分厚いその本は、私が読むには難しすぎる。
彼は黙ってその本を読んでいたが、ふと顔を上げてこちらを見た。綺麗な金髪がさらりと揺れる。
『そういやスグル、アルネイアでもうお別れなんでしょ?どこに行くの?』
『…うーん』
そういえば地名知らないし、どの辺なのかも知らない。先にヴェルに聞いておけばよかった。アメリカ大陸は広大すぎて、距離感も掴めない。
『…決めてないの?』
『ううん、だいたいは…決まってるけど、細かいのは着いてから』
『なんだよ、それ』
困ったようにエリクが笑う。
『…なあ、もし、ちゃんと決まってないなら、僕たちと一緒に旅してもいいんじゃないの?スグルだって楽しそうじゃないか』
『……』
それもいいなあ、と少しだけ思う。目が一瞬泳いだのを見とがめられて、エリクがこちらに向き直って私の手を掴んだ。
『ねえ、いいでしょ。スグルがいないと寂しい』
縋るような目に息が止まる。
実際のところ、魔獣の調査も、世界をどうにかするのも、私の存在は不要だ。寧ろ足手まといだろう。まだぐうぐう眠っているニルさんの背中をちらっと見下ろす。ニルさんは優しいからそんなことは言わないし、きっと責任感で私の面倒を見続けている。彼の「階層」の移動に巻き込まれて、一度死んだ私を治したから。
私は、何故、ここにいるのだろう。理由もなくただ巻き込まれてここにいるだけの私は、どうしたらいい。目の前が真っ暗になるような感覚に、思わずエリクの手を握りしめる。
『ううん、ごめん、エリク。やらなきゃいけないことがあるから』
こんなものはきっと依存だ。まだ、ニルさんとヴェルと一緒に居たい。無理に笑って見せると、エリクは寂しそうに眉を寄せる。
『…うん、わかった。でも、また会いに来て。どこにいても居場所が分かるように、もっともっと、有名な奇術団になるから。だから、近くにいたらきっと会いに来て』
少しだけ泣きそうな蒼い瞳に、こちらもつられて泣きそうになる。うん、と頷くと、エリクも笑って頷きを返した。
『もし会いに来てくれなかったら、こっちから迎えに行くから。だからスグルも有名になって』
『…それはどうかなあ』
『自信持ってよ!上手いんだから』
むっとした彼の顔に、思わず吹き出してしまった。
『…ありがとう。会いに行く』
呟くように言うと、エリクが少し頬を染めて笑った。
こんこん、と扉をノックする音に顔を上げる。エリクは握っていた手を放して、ベッドから降りた。扉の方に駆けて行って、私の代わりに応対してくれる。
『はーい、誰?』
『私よ。開けるわよ』
リディアさんの声だ。彼女は扉を開けると、私の方に目を向けて、美しく微笑んだ。
『衣装に着替えましょ。今日は開演早いから』
『今日は、是非着てもらいたい衣装があるの』
廊下を歩きながら、いつもよりどこか上機嫌なリディアさんがこちらを振り向いて微笑む。エリクが隣で『なんか、機嫌のいいリディアは怖い』と呟いた。
今日はリディアさんも公演に出る日だ。エリクは昨日の公演が最後で、『暇だからついていく』と、私の後ろをついてきている。ニルさんはさっき叩き起こしたのでさっきからあくびをしているが、おとなしく付いてきてくれていた。衣装部屋の前まで来て、リディアさんはこちらに向き直って腰に手を当てる。
『さ、エリクはここまで。その辺で待ってなさい。スグル、入りましょ』
リディアさんに手を引かれて、部屋に入る。奥の壁に、一着のドレスがかけられているのがすぐに目に入った。
『あなたのために用意したの。きっと似合うわ』
それは、生成り色のドレスだった。パッと見た感じはウエディングドレスみたい。少し光沢のある生地には至る所に緻密なレースがあしらわれていて、美しい。スカート部は薄手の生地が何層にも重なっていて、一番上の生地には細かい刺繍と透明な宝石がちりばめられている。腰にはリボンがついていて、後ろで蝶結びにするようだ。
ほわあ、と思わずため息をついていると、リディアさんが隣で屈みこんだ。目線が同じくらいになる。
『あまり派手なものは好きじゃないんでしょう?古い衣装であんまり着る人がいなかったみたいなんだけど、スグルに似合うかと思って引っ張り出してきたの。ちょっと装飾も足しちゃったけど、綺麗だからいいでしょ?』
――お前によく似合いそうだ。
ニルさんにもそう言われて、おずおず衣装に手を伸ばす。なんだか、結婚式みたい。こちらでは、結婚式ではどんな色のドレスを着るんだろう。レース生地がとても繊細で、恐々と触れる。
『その服、ちょっと着るのが難しいの。着せてあげるから、服を脱いでくれる?』
『…!』
そ、それはちょっと!恥ずかしい!美人でプロポーションも完璧な同性に裸を見せるなど辛いものがある!
ぶんぶん首を振るが、リディアさんはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながらこちらににじり寄る。ちょちょちょっと待ってくれ、貧乳なんだ!…何を告白しているんだ私は!狭い室内だ、後ずさりしてもすぐに壁に背中が当たる。若干怯えた顔で相手を見やるが、未だかつて見たことがないくらい楽しそうな顔をしているのを見て、…諦めた。
観念して、シャツのボタンをはずしていく。脱がされるくらいなら自分で脱いだ方がいい。薄手の肌着一枚になって、心許ない気持ちで身を固くする。ズボンも脱いで、下着姿になる。恥ずかしくて死にそうだ。
『あなた…下着まで男物だったの…?』
呆れたような視線に、思わず唸って顔を逸らす。…いや、だって流石に、ヴェルに女性ものの下着を買わせるとかはできない。あんな鋭い目のイケメンに下着を買わせるとかどんな拷問だ。店内の女性たちに奇異の目で見られるだろうが。いや、彼にとっても拷問だけど私にとっても拷問だ。お父さんに下着買われるのとちょっと感情的には近しいものがある。幸いこちらの男性ものの下着はショートパンツみたいなものだったし、上は…少々胸が……なので、なんとかなっていた。そのあたりは深く聞かないでほしい。ヴェルも聞かなかったから。無駄に察しがいい。察しがよすぎて若干ムカつく。
相手の視線が呆れたものから憐みに変わる前に、彼女にドレスを押し付ける。いいから、はやく着せてくれ…!
『なんか、切なくなってきたわ…。大きくなったら、ちゃんと髪を伸ばして、女の子の格好をするのよ…!』
…もうこれ以上大きくならないんだが。大きくなったとしても横にだろう。
彼女はドレスを私の頭の上からかぶせて、手際よく着せていく。
『上も脱いでちょうだい』
背中の方から声がして、恐る恐る肌着を脱ぐ。裸は恥ずかしすぎて辛い。彼女は素早く上半身にドレスを宛がって、後ろで紐を結んでいった。どうやら背中側は編み込みになっているらしい。これは一人では着れなかっただろう。…あれ、思ったより露出が多くないか…?
彼女は最後に腰のリボンを結んで、私をくるりと反転させた。
『うん、完璧。かわいいわ』
ぎゅっと抱きしめられてあわあわと動揺する。最近どうも、リディアさんは私を甘やかしてくる。ご飯の時にお菓子をくれたり、頭を撫でたり、…子供を可愛がるのと似ている気がするが。ニルさんもリディアさんの後ろでニヤニヤしながら「似合っているぞ」と言っていて、思わず、みんなして私に甘すぎだぞ!と心の中で抗議なのかわからない悲鳴を上げてしまった。
『さ、あとはお化粧ね。今日はちょっと大人っぽくしてみましょうか』
ベッドに座らされて、前やったみたいに傷跡を隠していく。今日の衣装は背中が少し見えるから、背中側も化粧で隠さないといけない。術式が行使される気配がして、表皮を覆っていた傷跡が見えなくなっていく。この術が自分でも使えたら、とても便利なのに。シャツのボタンを上まできっちり締めなくてもよくなるし、半袖のシャツだって着られる。顔にも化粧を施されて、最後にまた術式の気配がした。
『終わったわ、見てみて』
彼女に促されて、浴室の扉を開ける。鏡に映ったのが一瞬自分だと思えなくて、ぽかんと間抜けな顔をしてしまった。
白いドレスは、多分、似合っていた。生成り色で少しだけ黄色っぽいから、肌に合わせても浮かないのかもしれない。目元の際のところに、うっすら濃い色のアイシャドウが乗せられていて、普段よりも目鼻立ちがはっきりして見える。確かに、いつもより大人っぽい、かも。薄く色づいた唇がぽかんと開きっぱなしなのに気が付いて、慌てて口を閉じた。なんだか照れくさいような恥ずかしいようないたたまれないような、形容しがたい気持ちになってくる。
リディアさんは幸せそうな顔で、後ろから抱き着く。
『かわいいわ、最高傑作よ。エリクにも見せてあげて』
背中をぐいぐい押されて、廊下へと出される。廊下にもたれて立っていたエリクと目が合って、沈黙が流れた。
『…スグル?』
何故聞く。困って頷くと、エリクの顔が赤くなった。照れくさいのはこっちだ、自分も赤くなっていくのが分かる。お互い顔を赤らめ合っていると、ニヤニヤ笑いながらリディアさんが衣装部屋から出てきた。
『二人とも真っ赤じゃない。ふふ、楽しいわあ。でも今日はあんまり時間無いの。リハーサルに行きましょうか』
◇ ◇ ◇
公演は日中なので、リハーサルの時間は短かった。皆一度は舞台に上がっているので、入場と退場は簡単に済ませて、舞台の上で演技をする。今回のみ、ホール中のすべてのカーテンが引かれて、暗闇を作り出していた。今日はレヴィさんは出演しないのだが、舞台袖に隠れて空間演出をするらしい。そういえば、この奇術団には同じように空間演出をする人がいて、その人は実体の炎を空間に出したり消したりしていた。面白かったけど、火事になるんじゃないかと思ってちょっとひやひやした。
本番まではあともう少し。舞台袖からこっそりホールを伺って、ヴェルの姿を探す。目を皿のようにしてホールを伺うと、見慣れた赤銅色の頭を見つけた。今回の公演も中で聞いてくれるようだ。ほっとしてそのまま伺っていると、彼はにこやかに目の前の女性に礼を取る。
『…?』
らしくない笑みに、少し驚いてそのまま見守ると、彼はそのまま目の前の女性の手を取って、口づけを落とした。驚いて、思考が止まる。彼はにこやかな笑みを女性に向けたまま、歓談している。
『…』
じわりと胸を焼くもやもやした感情に困惑する。なんか、すごく嫌な気分だ。
彼が、どういう女性とどう関わろうと、私には、関係ない。だって私たちはそういう関係ではない。名前を付けるとするなら…旅の仲間とか、目的を同じとする同士とか、多分そういうものだ。そこに男女の情は無いし、多分彼は私をそういう目で見ていない。最初に私を男だと間違えたくらいだし。
彼の前に立っている女性は、金髪の、綺麗な女の人。大きな胸を強調するようなドレスを着て、美しい微笑みを彼に向けている。幼児体型の自分とは比べるのが申し訳なくなるくらい、抜群のプロポーションの女性だ。そりゃあ、ヴェルだって、私みたいなちんちくりんより、美人で巨乳の女性の方がいいだろう。
…何を、考えているんだろう。軽く首を振って、彼らから目を逸らす。勝手に考えて勝手に落ち込んで。…何を落ち込むことがある、私は彼のことを何とも思っていない、そういう感情は抱いていない、筈だ。ぎゅっと目を閉じて、思考に蓋をする。ふと目を開けると、彼はもうそこには居なくて、いつもの感情の読めない顔でホールの壁にもたれて立っていた。
深呼吸を数回。気持ちを落ち着けて、徐々に暗くなっていくホールを見る。あの女性は、どこか熱いもののこもった視線を、ヴェルに向けていた。
私の出順は最後から2番目。緊張していた筈なのに、どこかもやもやした感情に支配されて、出番までただ立ち尽くしたままホールを伺った。全然公演の内容が頭に入ってこない。思わず、先ほどの女性の方に視線が行ってしまう。彼女は綺麗に結い上げられた金髪に宝飾品をつけていて、レヴィさんの光の術式が反射してキラキラ輝いていた。目鼻立ちははっきりしていて、欧米人らしい高い鼻が頬に影を作る。少し気の強そうな釣り目気味の目が印象的な、綺麗な人だった。ぜんぶ、私とは違う。
ぼんやり立っていると、すぐに自分の番が回ってきてしまった。あまり働かない頭を切り替えて、ゆっくりと舞台の真ん中に立つ。絨毯の上を歩きながら、ちらりとヴェルに視線を向けると、小さく微笑みを返される。何が何だかわからない気持ちになってきて、動揺したまま椅子に座る。
目を閉じて、深呼吸をひとつ。
無様な演奏だけはしたくない。なんだかそれは、負けたような気がする。何に、というと漠然としているのだが。感情を全て押さえ付けて、鍵盤に指を乗せる。
もう一度深呼吸をして、指先に力を籠める。今日の1曲目は、ドビュッシーのベルガマスク組曲の第1番だ。色々迷って、ニルさんが好きなドビュッシーの曲にすることにした。第4番まで続けて弾く。ただただ無心で音を追いかけて、頭の中を空にして、嫌なことは全て忘れてしまおうとした。
最後まで弾いて、一度も顔を上げず猛然と指を鍵盤に叩きつける。アラベスク第1番、第2番。最後の喜びの島まで勢いで弾き切って、すっと立ち上がる。息が微かに上がっていたが、整えずに頭をぺこりと下げる。一瞬沈黙が流れたが、大きな拍手が上がった。もう一度頭を下げて、壇上から下りる。ヴェルと彼女の方を見る気にはもうなれなくて、真っ直ぐただ前を向いてホールから出て、駆け足で階下へと逃げるように戻った。階段を駆け下りているうちに、感情が高ぶってきて、泣きそうになる。
『…!』
階段を降りたところに立っていたリディアさんにぶつかりそうになって、慌てて頭を下げる。彼女は眉間にきゅっとしわを寄せてこちらを見下ろした。
『…スグル?どうしたの?』
はっとして俯く。涙は出ていないけど、なんだか情けなくて、少し泣きそうだった。
『何かあったの?…そんな顔して』
頬にやさしく触れる指に、少しだけ目が潤む。
『演奏も、いつもよりすごく焦っていたみたい。緊張したの?』
首を振ると、困ったような顔になって私の顔を両手で包み込む。
『あなたをこんな顔にしたのは一体どこのどいつかしら。はらわた引きずり出してめった刺しにしてやりたいわ』
『…?』
後半早口だったので何を言ったのかわからなかった。きょとんと相手を見上げると、ふっと笑ってぎゅうっと抱きしめてきた。
あたたかい。思わず縋るように背中に腕を回すと、彼女は更に強い力で抱きしめた。
『…さ、着替えましょ。公演が終わったら、今日は他の音楽団、演劇団の人たちとみんなで打ち上げ。それまでにお化粧も流しておいた方がいいわ。お風呂、一緒に入る?』
あまりに綺麗な微笑みで話すので、一瞬頷きそうになって慌てて首を振る。残念そうに『そう…』と言って、彼女は回していた腕を離した。
『着替え、手伝ってあげるわ。一人では脱げないでしょう?』
手を取られて、衣裳部屋の方に連れていかれる。優しく握る指に、ちょっとだけ涙がこぼれた。
◇ ◇ ◇
夜、港に着くまでの時間は、皆で打ち上げだ。皆嬉しそうにお酒を飲んでいる。
食堂は完全に無礼講だ。気位が高そうだった演奏団の団長さんが、さっきから遠くで腹踊りをしている。リディアさんがそれに、鋭く『不潔』と言って離れていくのが見えた。…あんな美人にあんなに言われたらへこむだろう。机はごちゃごちゃに並べられて、机の上には料理が乗せらていた。その一角にエリクと並んで腰を下ろして、食堂内の惨状を笑いながら眺めている。
皆のグラスに注がれた液体は赤い色だ。ワイン、だろうか。気になってグラスをのぞき込むと、『ちょっと!子供は飲んじゃ駄目よお~!』とオリビアさんに取り上げられてしまった。ぐぬぬ、お酒飲みたい。打ち上げと言えばお酒だろう。生中くれ、生中!生ビールって、最初の一口目が最高においしい。こっちにはビール無いんだろうか。こちらでは何歳からお酒飲めるんだろう。
おとなしく柑橘系の果物のジュースをちびちび飲む。エリクも隣で同じジュースを飲んでいた。色は黄色っぽくて、味はオレンジっぽい。美味しい。…カシスオレンジ飲みたい。
少し時間が空いたので、気分は落ちついていた。楽しそうに話しかけるエリクに笑顔を返しながら、料理に口をつける。海鮮料理で、生の新鮮な魚の刺身を、クラッカーの上にのせてある。チーズと一緒に食べたり、野菜も挟んだり。生の魚を食べる習慣があるようで、とても嬉しい。できれば醤油で食べたいし、どんぶりにお米と一緒に入れて海鮮丼にして食べたいのだが、ぐっと我慢する。きっと、小麦があるんだからどこかに米もある筈だ。あると言ってくれ。白米が恋しい。みそ汁飲みたい。
ふと気が付いたのだが、こちらに来ておそらくもう1か月くらい経つんじゃないだろうか。隣で生魚をがつがつ食べているニルさんに話しかける。なんとなく猫っぽくてかわいい。
(ニルさん、こっち来て何日くらいかなあ?)
――今日で32日だ。
あれ、1か月過ぎていた。…私が思っていたより、最初にこちらに落とされてから、長い時間眠っていたのかもしれない。深く考えないことにして、マグロみたいな魚を口に入れる。ああ~、美味しい。美味しいご飯は心を豊かにすると思う。
(ニルさん、美味しい?)
――ああ、美味だ。魚もいいな。
幸せそうに魚を貪るニルさんに笑いそうになる。かわいい。ずっと猫が飼いたかったのをちょっと思い出した。
『ねね、スグルちゃん、カードやりましょ!カード!』
オリビアが後ろからぎゅっと抱き着いてきた。手にはトランプみたいな大きさのカードが握られている。
『あら、いいわね。私もやるわ』
『あ、ずるい、僕も!』
リディアさんが反対側から顔を出して言って、エリクもそれに声を上げた。何度かオリビアに誘われてやったことのあるゲームだ。ポーカーみたいなもので、4枚1組のカードが全部で16種あるのだが、同じ種類のカードや同じ色のカードを揃えていくゲームだ。枚数がトランプよりも多くて64枚もあるので、結構難しい。しかも全部絵札だ。
リディアさんがやるのは初めて見る。なんとなくだがすごく強そうだ。エリクはすぐ顔に出るのでわかりやすい。オリビアはよくよく顔を観察すると、いいカードが来た時にちょっと眉が上がる。とても分かりやすい。
結局更に人が集まって、レヴィさんとメイソンさんと団長さんも加わって、新人組が入るのなら、とミルドレッドさんも加わった。鱗に覆われた指先が慣れた手つきで素早くカードきっていく。ううむ、彼女も強敵そうだ。
わいわいとみんなで騒いでるうちに、夜が更けていく。名残惜しくてちらりとエリクを伺うと、彼も寂しそうに笑ってこちらを見た。もう少しで、この時間も終わりだ。
また、いつか。全部終わって、行く当てが無かったら、ここに戻ってくるのもいいかもしれない。周りを見渡すと、皆一様にお酒を煽って、踊って歌って、楽しそうに過ごしている。この船旅は、すごく楽しかった。
船が着岸するまでの間、皆のそんな姿を、しっかり目に焼き付けた。




