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24.開演

『やっだあ!スグルちゃんかっわいー!』

 リハーサルのためにホールに行くと、先に来ていたオリビアが駆け寄って来て、ぎゅっと抱きしめられた。ぐふ、苦しい。大胸筋がやばい。呼吸困難に陥りかけていると、リディアさんの鋭い回し蹴りがオリビアの横腹に入って、その衝撃で解放された。

『私のスグルに触らないでちょうだい』

 いつからあなたの物になりましたか、とちょっと思ったが、リディアさんだったら全然オッケーだな、と思い直して頷く。

 足元でうずくまって低い声で唸っているオリビアをそのままに、ホールの中を見渡すと、他の団員のぽかんとした顔がこちらに向けられているのに気がついた。なんとなく照れ臭くなって、俯いてぺこりと頭を下げる。

『あら~、女の子だったの!なんで早く言ってくれなかったんだ』

 団長さんが近寄ってきて屈みこむ。顔をのぞき込まれて、『いや、言われて見れば普通に女の子だな、すまん』と謝られた。ヴェルも初めずっと間違っていたし、別にそんなに謝らなくてもいいのに。しかもあいつは私の胸元を凝視して愕然としていたのだ、ちょっと思い出して怒りがふつふつとわいてくる。

『スグル…?』

 聞き覚えのある高い声に振り向くと、大きく目を見開いたエリクと目が合った。今日はエリクは出演はしないが、手伝いに来てくれていたらしく、両手で何かの木箱を持っている。最近は日中殆ど一緒に過ごしていたので、彼の顔を見るとちょっと安心する。ほっとして駆け寄ると、エリクは手に持っていた木箱を床に落として身体をビクつかせた。

『…?』

 思わずその場で立ち止まると、エリクは数歩後退りした。顔がみるみるうちに赤くなって行く。

『騙してたのか…?』

『…っ』

 違う!と首を振る。慌てて彼に手を伸ばすが、その手は彼の手に振り払われた。

『嘘ついてたのかよ!』

 激しい口調に萎縮する。

『友達だと思ってたのに…』

 呟いて、エリクはきゅっと唇を噛み締める。彼はホールの外へと駆け出してしまった。

『…』

 立ち尽くしていると、オリビアが私の肩をそっと抱き寄せた。

『大丈夫、きっとびっくりしちゃっただけよ。あとでちゃんと話をしたらいいわ』

『年頃の男の子だもの。そういうものよ』

 反対側からリディアさんの腕が回る。ついでに頭も撫でられた。

 こく、と頷いて、振り払われた手をきゅっと握りしめる。エリクとは、友達のままでいたかった。あとで誤解を解きに…と思ったが、どう伝えたらいいのかわからない。騙そうと思っていたわけではないが、嘘をついていたのは事実だ。嘘をつくのと、騙すのと、何が違うというのだろう。

 

 リハーサルの間中ずっと、エリクになんて話そうかと考えていたのだが、結局何も思いつかなかった。


◇ ◇ ◇


 リハーサルが終わったあと、本番までの僅かな時間でエリクを探して駆け回ったのだが、彼に会うことは叶わなかった。

 常設の舞台の袖で公演が始まるのを待ちながら、まだ諦めきれなくて、きょろきょろと辺りを見渡す。

――これから先は、男装をやめた方がいいか?

 落ち着きなく本番を待っていると、ニルさんが後ろから声をかけてきた。…気を遣っているのだろうか。

(…ううん、今までのままでいい。こっちの女の人はみんな髪が長いから、浮いちゃうと思う)

 短いな、という人でもセミロングくらいあるのだ。少なくとも、それくらいまで髪が伸びるまではこのままでいた方がいいだろう。

(ヴェルは、多分目立つのは嫌がると思うから)

――そうか。

 心配したように呟くニルさんの方を伺うと、何か考え込むように、すっと丸い目が細められた。

(…考えていることがあって)

 正面に視線を戻して、ホール内を伺う。まだライトが点灯していて、ホール内で貴族たちが立食パーティーを楽しんでいるようだった。

(もし、この階層の異常が、『人為的なもの』だったとしたら、それを阻もうとする私達を放っておく?)

――排除しようとするだろうな。

(そうでしょ?それなら、なるべく目立たない方がいいじゃない。きっと場合によっては、今みたいにヴェルとは別行動を取った方がいい時もあるだろうし、変装した方がいい時もあると思う。今みたいに女の格好をするのが目立つことなら、街中では避けた方がいいんじゃないかな)

 あちらでは、女性でも普通にズボンを穿くし、ボーイッシュな格好もする。私も普段はあまりスカートを穿いていなかった。女性らしい格好をすることも、男性らしい格好をすることも、特に何とも思わない。

(男装をすることが嫌だと思ったことは無いよ。だって動きやすいし。でもたまにはこういう格好もいいね)

 ふふ、と微笑んでニルさんを見下ろしたら、溜息を吐かれた。

 今は…奇術団の一員として舞台に立つ間は、目立つから悪いとかは考えなくていい。逆に目立った方がいいんだろうし。

(…まあ、それに、こんなの些末事でしょ。そんなことより考えないといけないことはたくさんあるんだし)

――お前がそう言うのなら。

 ニルさんは目を瞑って黙り込んだ。

 船がアルネイアに着いたら、「最初に魔獣が現れた」場所に向かう。そこで何も見つからなければ、もしかしたら手詰まりになってしまうかもしれないのだ。不安が過るが、今はそんなことを考えても仕方がない。

(もう少しで始まるね。ニルさんはここに居て。退場した後こっちまで戻ってくるから)

――ああ、頑張れよ。

 ホールの照明がどんどん暗くなり、ざわざわしていたホール内が静かになって行く。もうすぐ公演が始まる時間だ。



 今日の公演では、私も含めて新人が3人出る。光の術式で空間を華やかにするレヴィさん、ソリューシャという楽器を演奏するメイソンさんと、私。レヴィさんは真っ黒な衣装に身に包んでいて、自身の上演が終わった後は舞台の下で空間演出をする。彼の出順は1番目、トップバッターだ。飄々とした顔で「光栄です」と言っていたので、こういう場には慣れているのかもしれない。

 レヴィさんは被っていた帽子を軽く持ち上げて、こちらに挨拶をした。常設舞台の幕がゆっくりと上がっていく。開演の時間だ。

 客席に向かって大仰に礼を取り、彼はホール中央の特設ステージに向かって歩き出す。歩きながら次々と手から金色の光の輪を取り出し、指でくるくる回していく。上腕から指に向かって回転しながら輪は移動していき、人差し指、中指、薬指…と、指先を華やかに彩っていく。特設ステージへの階段を登りきったところで、その光の輪を中空に向かって放り投げた。光の輪は空中で分裂し、弾けて、雪のように粒子が舞う。美しさに魅せられて舞台袖から、思わずちいさな拍手を送った。隣でメイソンさんも感心したように溜息を吐いている。リハーサルの時は日中で外の明かりが入ってきていたから、夜で周囲が暗くなったこの時間は美しさが数段上がる。

 幾何学模様が指先からどんどん生まれて、線の組み合わせでどんどんと別の模様が見えてくる。魔法陣のように円形を主体とした形から、動物になったり、植物になったり。

 ふと、その美しい光を一瞬反射して、向かいの舞台袖がきらりと光ったのに気が付いた。視線をそちらに向けると、見慣れた金髪に気が付く。

(エリク…!)

 思わず声が出そうになる。彼もこちらに気が付いたようで、はっとした表情になったが、すぐに口をゆがめて顔を背けた。

 やっと見つけた彼の姿に、走り出したくなるような衝動に駆られる。そわそわとしていると、後ろに立っていたメイソンさんが、小声で『まだ出番まで時間あるから、行っておいで』と声をかけてきた。びっくりして見上げると、優しそうな瞳がウインクする。

『君の出順は4番目だろ。それまでにここに居ればいいさ』

『…!!』

 ありがとう、と声に出せないのがもどかしい。ボードも今は持っていないので、ぎゅうっと彼の手を掴んでぶんぶん振った。ありがとう、恩に着る!きょとんとした顔をされたが、ふはっと直後に笑われた。

 善は急げだ、スカートの両側を掴んで、舞台袖の裏に駆け出す。舞台の裏は通路になっていて、両側の舞台袖は繋がっているのだ。反対側の舞台裏に着いた時には、もう既に彼の姿は無かった。くっそ、どこに行きやがった。

 険しい顔で周囲を見渡していると、別の団員さんが私の肩をつんつんつついて、階下に降りる階段を指差した。なるほどそういうことか。鬼ごっこというわけだな?受けて立とうじゃないか。団員さんにこくっと頷いて、階段を降りる。私の出番まではあと40分、まだまだ時間はある。

 肩を怒らせながら階段を降りると、廊下の端にチラッと金髪を見つけた。どうやら突き当りを右に曲がったらしい。追いかけて突き当りを曲がるが、既に彼の姿は見えない。この階は基本的には船員の部屋がほとんどだから、その辺の部屋に入ったとは考えにくい。確率があるのはもう1層下の階、もしくは更に下まで降りる階段で降りたか、それか医務室、貨物室のどちらか。

 医務室は常に人がいるし、彼が入るとは考えにくい。ここから貨物室は距離があるから、私が廊下のこの位置に来るまでに姿を隠せるとは思えない。1階下に降りる階段も同じ理由で確率が低い。ずっと地下まで降りる階段は探検したとき私も嫌がっていたし、エリクならそこに姿を隠しそうだ。

 敢えて遠くの貨物室まで大きく音を立てて走り抜け、そのまま扉を開けて、中には入らずに大きく音を立てて閉じた。音をたてないようにエリクが隠れていると予想する階段の近くの角まで移動して、息を殺す。この位置なら貨物室の扉も見えるから、彼がもしそちらに隠れていても確認はできる。ドレスの胸元に隠していた懐中時計を引っ張り出して、時間を確認する。まだまだ時間はあるが、10分待って動きが無ければ様子を見に行き、1階下の階層も探索しよう。

 …そのままじっと辛抱強く息を殺して待っていたのだが、もうすぐ10分経ってしまう。ここではなかったか、と移動しようとしたら、ぎし、ぎし、と階段の方から微かな音が聞こえてきた。壁に背中を当てて、深く静かに呼吸を繰り返す。角から出てきた人影の腕を、反射的にぎゅっと掴んだ。

『…!スグル…』

 驚いたように声を出して、エリクがぐっと腕を引き抜こうとする。両手で手首をがっしり掴んで、彼の自分より僅かに高い位置にある瞳をぎっと睨みつけた。少しの間睨み合いになって、しかし諦めたように彼が目を逸らす。

『…こんなところで何してるんだよ。本番中だぞ、戻れよ』

『…』

 そんなことはわかっている。

『エリク。ごめんなさい』

 あまり声を出していなかったから、普段より少しだけ掠れ気味の声が喉から洩れる。

『お前、声…』

 驚愕の表情でこちらを見るエリクに、こくりと頷く。

『ひみつ』

 少しだけ笑ってみせると、彼は困ったように眉をしかめた。

『なんで、普段は黙ってるんだよ』

『…話すの、苦手』

 エリクはぎゅっと眉間に皴を寄せた。

『…苦手ってなんだよ。じゃあ女の子だって隠してたのはなんでだよ』

 うまく言葉にできない。首を振ると、エリクは唇を噛みしめて目を逸らした。

『エリク』

 腕を軽く引っ張って、こちらを向くよう催促する。彼がまたこちらに視線を戻したので、手を放してスカートの裾をぎゅっと握った。気まずさに視線を落とす。

『ごめんなさい。エリク、友だち、いたい。いい?』

 たどたどしい発音と少ないボキャブラリーに、自分でももどかしさを覚える。はあ、と大きなため息が聞こえて、彼の顔をちらりと見上げると、むっとした表情を向けられていた。

『もう、いいよ。僕の方が年上なんだから、許してあげる。女の子だって隠してたことと、本当は声が出ること以外に秘密ある?あったら許さない』

『…』

 …本当は私の方がずっと年上だと言ったら口をきいてくれなくなりそうだ。思わずぶんぶんと首を振ると、訝しがる視線を向けられた。更に首を振ってじっと蒼い目を見上げると、納得したのかしていないのかすいっと視線を逸らされた。

『……わかったよ。なんかスグルが女の子の格好してると落ち着かない。さっさと出番終わらせていつもの格好に戻ってくれない?』

 早口でうまく聞き取れなかった。首をかしげると、いつもの数倍むっとした顔を向けられた。耳が真っ赤だ。

『目のやり場に困るって言ってるの!ほら、いいからさっさと舞台袖に戻ってよ!』

 ぐいぐいと上階に上がる階段の方に向かって背中を押されて、前みたいに戻れたのかな、と思ってほっとする。『めのやりば』の意味は分からなかったけど。



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