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20.審査

 翌日、審査というものを受けるべく、ヴェルに案内されてニルさんと港町を歩いた。潮風が時折びゅうびゅう吹いてきて、髪がベタベタしてくる。道は石畳で綺麗に舗装されていて、随分と歩きやすい。…どうやらこの港町は豊かなようだ。

 それから、随分と人が多い。様々な人種の人々がたくさん歩いている。色んな肌の人から、獣人のような人、爬虫類のような鱗に覆われた人…前の街よりずっと多種多様なように見える。人が長い行列を作っているところがあったので聞いてみると、『転移陣がある』という返事が返ってきた。

 この島…日本に位置しているここには、国がない。複数の自治体が集まってできているらしい。

 こういった土地では、港に転移陣を置くのが通例なのだそうだ。東西南北、各地に1箇所ずつあるのだという。まあ、日本は小さい島だし、それくらいでも割となんとかなるんだろう。これが国の場合になると、港の他にも主要都市や関所などにも作られているのだとか。使用するには聖帝国の審査が必要で、しかも高額。宿代でいうなら1週間宿泊できるくらい、とヴェルが言っていた。仮に1日の宿泊代を5千円として計算するならば、約3万5千円だ。そう考えてみるとだいぶ高価に感じられる。往復で7万かかるとなると気軽に旅行はできない額だ。しかも遠ければ遠いほどお値段は上がっていくらしい。だが、一瞬で移動できるなら、多少高くても使いたくなる気持ちはよく分かる。

 にぎやかな大通りを歩いていると、徐々に道が開けてきて、港に着いた。

 この街の港はかなり広い。様々な色の船が並んでいて、カラフルで綺麗だ。船は帆船ではなく、ボートのような形状をしている。どうやら動力源は風ではないようだ…術式を使っているのだろう。水面がキラキラと太陽の光を反射して煌めいている。美しい青い海は、汚染されているようには見えない。こういった様々な道具の動力源に術式を使っているのであれば、工業用水による汚染やら公害やらとは無縁に違いない。

 だがその美しい景色の中で、異様な存在感を放っているものがある…超巨大な、金ぴかの、多分船だ。なんだあれは。太陽光を反射してぎらぎらと光っている。ぱっと見はクルーズ船みたいだ。大きさと形だけは。色だけは…全部が全部金色で、豪華と言うよりは品が無い。窓が縦に3つ並んでいるから、少なくとも3階以上はありそうだ。

 ぽかん、と凝視していると、『あれが遊覧船だ』とヴェルに言われた。

 やはりというかなんというか、しかし成金にも程があるだろう。金閣じゃあるまいし。そして中はどうなっているのだ、全部金ぴかなのか?もしそうだったら趣味が悪すぎてドン引きである。というか目がおかしくなりそうだ。

 その金ぴかのすぐ近くに、大きなテントがある。これまた派手な、赤と緑の、現代ならクリスマスカラーを思わせる配色の縞々の柄のテントだ。というか横に金ぴかがいるので完全にその空間がキラキラしたクリスマスにしか見えない。もしやあれが――。

『あれが奇術団のテントだな。私はここまでだ。あとは任せたぞ、グレイプニル』

――無論だ。お前もさっさと行ってこい。

 ニルさんはまだ怒っているようで、ヴェルの方を見ずに言う。意外と子供っぽいところもあるようだ。ふふっと笑ってそれを見ていると、心配そうなヴェルと目が合う。

『まあ、お前なら問題ないとは思うが…頑張れよ』

 大きな手が私の頭をわしわし撫でる。最近ときどき撫でてくるようになったのは何故だろう。一通り私の髪を乱して、『では、後で』と港とは反対側に歩き出す。腰に下げた剣がかちゃりと音を立てた。彼は彼で、これから護衛の方の審査らしい。どういう審査なのか…、剣の腕を見せたりするんだろうか。彼の剣技を見る機会は少なかったが、舞うようなそれは美しいものだった。元騎士様だ、腕は確かだろう。

 さて、彼はおそらくしっかり仕事を取ってくるし、自分の方も負けていられない。ニルさんを連れ立って、テントの方に歩き出した。



 テントの周りでは、奇術団の方々なのだろう、派手な衣装に身を包んだ男女が獣の世話をしていたり、ジャグリングの練習をしていたりで、結構賑やかだ。奇術団、といわれるとサーカス団の印象が強い。空中ブランコとか、ピエロとか、綱渡りとか。ヴェルが私でも入れると言っていたから、演奏とかも兼ねているんだろう。

 入口には少し列が出来ていて、あそこに並べばいいのかな、と様子を伺う。並んでいる人たちは、ステッキのようなものを持っていたり、術式の光の輪をくるくる回していたり…多分あれが審査の列だ。ニルさんと最後尾に並んで、緊張気味に列の様子を伺う。

 入口の横にテンガロンハットを被った、茶髪の男が立っている。ただのシャツを着ているだけなのに、帽子のせいかどことなくカウボーイっぽい。髭の剃り跡が青々としている。彼が受付みたいなものなのかもしれない。入口は垂れ幕が下されていて、中の様子は一切わからない。

――あの円蓋、防音の術式がかけられているな。

(そんなこともできるの?聖術って万能ね)

――万能には近いだろうが…術式を新しく組み上げるのは難易度が高い。こちらの人間でも、おそらく術を組み上げて行使できる人間は5割もいないだろうな。だから予め術式が組み込まれた道具が多く普及しているんだろう。空間転移などは移動先となる場所に術式を敷かなければ基本的には不可能だな。好きな場所に転移するとなると…かなりの術者でないと無理だろう。

(へえ…)

――ヴェルフリードが使う治癒の術式も、こちらでは高等技術の類だろうな。戦闘時にも肉体を強化し、筋力や身体能力の底上げもしていた。腐っても聖騎士ということだな。

(治癒ってそんなに難しい術だったのか…)

――術式を起動するには、血の力が必要だ。おそらく誰もそのことには気付いていないだろうが…誰でも当たり前に起動できるからな。お前はそれが無いから起動できない。条件と言うものは、当たり前に存在していたら条件とはなりえない。そうだろう?

(確かにそうだね。「持っていない」ひとと「持っている」ひとがいるからこそ、条件になる)

 あのランプも、私が点けられなかったのは、術式を起動させるための条件である血液が身体に流れていないからだ。異端だな、と胸の内で呟く。

(そういう力って、血にしか含まれてないの?例えば…汗とか唾液とかには?)

――血液のみだな。生命を維持するための強力な楔のようなものだから。

(なるほど…)

 そんな話をしているうちに、列が少しずつ短くなっていく。前の人たちはどんな芸をするんだろう。入口は1つなのに人が出てこないから、出口は別なのか、それとも終わった人たちが別の場所に集められているのか。合格か不合格か、その場で言われるのか、それとも後でまとめて言われるのかもよく分からない。緊張してきて、所在無くニルさんの背中の毛をいじる。

 自分の前の人が、横に立っているテンガロンハットのおじさんとなにか言葉を交わして、中に入っていく。術式の輪をくるくる回していた人だ。あれで何かやるらしい。

『お名前は?』

 おじさんに声をかけられて、身体が跳ねる。鞄から用意していた紙を取り出して、自分の名前を書いて見せた。ここから先は注意して言葉を発さないようにしなければならない。

『スグル…?珍しい名前ね。ていうか、筆談?もしかして声が出ないのかしら?』

 こくこく頷いて見せる。そしてニルさんの通訳を聞いていて気が付いたのだが、このおじさま、どうやらオカマさんのようだ。よくよく見てみるとほんのり化粧もしているらしい。お目目がぱっちりしていて可愛い…可愛い…?ちょっと混乱してきた。

 ニルさんの通訳もそのままなので、ニルさんがオカマっぽく喋っているみたいでちょっとジワジワくるものがある。そんなことを頭の片隅で考えていると、ニルさんの尻尾で背中を叩かれた。

『あらそう、かわいそうに…』

 頬に手を当てて、首を傾ける所作はとても女性的である。

『その子は、あなたの騎獣?立派ねえ…その子を使った芸なのかしら?』

 ふるふる、と首を振る。また紙にペンを走らせて、それを相手に見せる。

『ディルネ?ディルネを弾くの?』

 うん、と頷いて、にっと笑みを向ける。対人関係を円滑にするには笑顔が大事である。

『わかったわ。今審査中の人が終わったら声をかけられるから、中に入ってちょうだいね』

 頷いて見せると、相手もにこっと微笑む。どこからどう見てもガタイのいいおじさんだし、水色のシャツから覗く胸元は胸毛すごいし、見ようによっては怖そうなんだが、その笑顔は可愛らしい。これがギャップ萌えか。

 少しすると、入口の垂れ幕が少しずれて、声がかけられた。

『次の人、どうぞ。お?ちっちゃいな。子供か』

『ええ。ねえ団長、この子喋れないみたいなの。ディルネ弾くって。スグルちゃんよ』

『ん、そうなの?わかった。じゃあ、中に入って』

 声に頷いて、そろりと垂れ幕をめくって中に入る。

 中は広々としているが、大道芸の道具なのだろう、大きな球やらステッキやら、なにに使うのかよく分からない紙の束や木箱で空間が圧迫されている。すごいなあと辺りを見回していると、側に立っていた男が『ディルネはこっち』と先導して歩き出した。

 団長、と呼ばれていたのだから、おそらくこの奇術団の団長なのだろう。黒くて長い髭をぴんと立てて固めている(その特徴的な髭はサルバドール・ダリみたいだ)いかにもな感じの男だ。年齢は意外と若そうで、40代くらいかもしれない。そしてすごく背が高い。体感230センチくらいあるんじゃないかというくらいで、見上げるとめちゃくちゃに首が痛くなる。真っ黒な軍服のような服を身に纏っていて、袖や襟に施されている青と金の装飾が美しい。

 ついていくと、グランドピアノが置かれている。いや、正確には違う、形がなんだか四角いというか…角ばっている。色は艶やかな黒だが、至る所に金で細かな装飾されていて、高級感が漂っていた。

『さ、どうぞ』

 ぽん、とピアノを叩いて示す男に頷いて、椅子に座る。椅子の高さを少し上に上げて、弾きやすいように調整する。ここでしっかりやらねば東の大陸に渡る計画が水泡に帰すのだ、頑張らねばならん。

 深呼吸して鍵盤に指を乗せる。昨日の夜から弾く曲はこれにしようと決めていたので、イメトレでの練習は万全だ。

 ショパンの「幻想即興曲」。非常に有名な曲だ。だが、有名になるのにはそれなりに理由があると思う。とても美しい曲だ。

 左手を振り上げて、最初の音を強く響かせる。流れるようなとめどない音の奔流に身を任せるように指を動かす。穏やかな旋律に切り替わって、身体が意図せずゆらゆらと揺れた。眠りに誘うように、柔らかく、優しく。一転してまた流れるように激しく。

 ただただ無心に、曲の終わりに向けて指を動かし続ける。最後の一音を優しく響かせて、鍵盤から手を下ろした。

 無意識のうちに緊張で浅くなっていた呼吸を整える。ちら、と伺うように団長の方を見ると、ぽかんとした顔を向けられた。いや、わかる。私も初めて聴いたときはあまりの美しい旋律にちょっと魂を飛ばした。

『す、凄いね!君!!合格だよ!是非ともずっとうちで演奏してもらいたいくらいだ!!』

 バシバシ肩を叩きながら破顔して言う。い、痛いからやめてほしい。ともあれ、合格だ!ありがとうショパン!

『リディア!リディア!!聴いていただろう!』

 団長が、胸元に下げていたガラスの板のようなものに向かって大声を出す。なんだ?とびっくりして様子を伺っていると、銀髪の女性が入り口とは別咆哮の垂れ幕の向こうから顔を出した。

ぜ、絶世の美女である。あまりの美しさに、脳が思考を停止させる。

 真っ白な肌、長い手足。腰のあたりまで届く、軽くウェーブのかかった銀色の長い髪に、色素の薄い水色の瞳。すっと通った鼻筋が、白い頬に影を落としている。整った顔はどこか冷たい印象で、隙のない、どこか鋭ささえ感じさせる眼差しは、何故かヴェルを思い出させた。青色の、特にこれといった装飾の施されていないシンプルなドレスは、シンプルであるが故に彼女の美しさを引き立てる。ただただ美しい。美しい、という賛辞以外に言葉が出てこない。語彙力が足りないことが悔やまれる。

 均整の取れた美しい顔が、こちらをちらりと見て完璧な微笑を浮かべた。同性だというのに、思わず顔に熱が集中する。『まだ子供じゃないの…』彼女の薄い色の唇が何事か呟いた。

『リディア、聞いてくれ、凄いんだ!この少年、ディルネの名手だぞ』

『この子が…?まだ子供なのに、凄いじゃない。さっきの演奏、素晴らしかったわ』

 彼女が笑みを深める。あまりの美しさに天に召されそうになる。ニルさんは横で平然としているので、やはり人間の美醜など分かっていないと見える。そりゃあ獣の美醜は私にはわからないが。

『舞踏曲は弾けるかしら?』

 どこか厳しい気配を漂わせながら、ゆっくりと美女がこちらに近づく。美しい銀髪が揺れて、その輝きに見惚れた。あ、そうじゃなくて、ええと、舞踏曲といったか。こちらの舞踏曲ってどういうものなのだ?

 困惑してまごついていると、すっと彼女がピアノの横に立って、とん、とん、と指で天板をたたく。

『3拍子よ。ダンスの時に踊るための曲。そういうのは弾けないかしら?』

 ええと、ワルツ、でいいんだろうか。こちらでもワルツは舞踏曲なのか…。ワルツは引き出しが少ない。さっき弾いたのがショパンだったから、ショパン作曲のワルツを思い出そうとする。やはりここは「華麗なる大円舞曲」あたりだろうか。記憶の糸を手繰り寄せて鍵盤に指を乗せる。

 この曲は弾いていると、弾きながら踊りだしそうになる。指が軽やかに鍵盤の上を動く。華麗なる、というのでもちろんそれは華麗であることに違いは無いのだが、軽快で跳ねる様な旋律は楽しい気分になる。今まで考えたことはなかったけど、踊ってもらうために弾くって考えると、なるべく同じテンポで弾くのがいいのかもしれない。注意深く音を追いかける。

 楽しく弾き終わって、ふう、と息を吐く。ちらっとリディアさんを見上げると、美しい顔で『合格よ』と言われた。蕩けるような微笑に思わずデレっとした顔で頷く。

『改めて、お名前を聞いてもよろしいかしら?』

 目線を合わせるように少し屈んで彼女が問いかけてくる。さっきテンガロンハットのオカマさんに書いて見せた、こちらの字で『スグル』と書かれた紙を出して見せる。彼女がきょとん、とした顔になるのを見とがめて、隣で団長さんが『その子、喋れないんだってよ』と事情を説明してくれた。

『そう…』

 すっと水色の瞳が細められて、私の首に視線が向けられる。首がしっかり隠れるシャツは、傷跡を完璧に隠しているはずだが、僅かに身体に緊張が走る。

『まあいいわ。明日、昼には船が出るの。朝、9時にここに来なさい。あなたは…アルネイアに着いたら船を降りてしまうのかしら?』

 アルネイア、というのは東の大陸に鎮座する大国の名前だ。北アメリカ大陸の約半分を占める。その他は小国がひしめき合っているのだと聞いた。うん、と頷くと、団長が残念そうな顔になる。

『そうか…残念だ。ともあれ、我々は君を歓迎しよう。ようこそ、ヴェルマーレン奇術団へ!臨時団員として、15日間の付き合いだが、よろしくな』

 大きな手が肩を叩く。何はともあれ、きっちり合格をもぎ取ってやった。ほっと息を吐きながら、ニルさんと顔を見合わせて、微笑んで頷きあった。取り敢えずまずは、

(こっちの世界って、腕時計ってあるのかな…)

――腕時計?

 正確な時間を把握する方法をヴェルに聞いておかなくては。

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