第一話
「いらっしゃいませ〜……って、今日も来たんですか?」
その言葉を聞くのも、今日でもう5回目だ。
ヴー、というオーブンの音が少しずつ小さくなる代わりに、たった今来店したであろう人物の声が聞こえるようになった。
「……ところで、今日は、赤を持ってきました。よかったら飾ってください」
そんなことを言う男……スイは、毎日のように店に来ては、薔薇と共に告白している。
よりにもよって、うちのひとり娘に。
「薔薇は頂きますけど……」
そう言って返事を濁すのは、娘なりの優しさなのだろうか。
「受け取っていただけて嬉しいです、ありがとうございます」
笑顔で言うこの男に、俺は呆れた。
そして、いつこの男に娘を取られるのか、なんてことを考えてしまう。
スイのような、騒がしいやつがいる生活は確かに楽しいだろう。
だからといって、そう簡単に娘を譲る気はない。
少なくとも、素性のわからないような奴には。
そう思うのに、迷惑だとは言い切れない。
……娘も、この男に思いを寄せているから。
幸せそうな娘が見られるのは嬉しい。
その笑顔の向けられた先が、この男じゃなければ、だけれど。
この男は、謎だらけだ。
職業も、年齢も、今までどこに居たのかも。
全てが謎に包まれている。
わかることは、俺よりは低い身長だということ。
それと、『スイ』という、娘に名乗るためだけに作られた名前だけ。
どうして娘は、こんな男なんかに……。
そう思っても仕方がない。
わかっていても、考えてしまう。
そう思ったところで、思考を切って娘に話しかける。
「お喋りもいいが、そろそろ仕事に戻れよー」
はーい!という、元気な返事が聞こえる。
娘が、レジのカウンターに戻る。
スイは、店内を一通り見た後、パンをひとつ取ってレジに並んだ。
「お仕事、頑張ってください」
そう言った彼の手には、クロワッサンが乗っていた。
からん、と音が鳴る。
ありがとうございましたー、と明るい声が聞こえる。
スイが去った音がした。




