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第99話:黄金比の生ビールと、10億人の乾杯

「……はぁ。本当に、困っちゃうよ。初日の営業がノントラブルで終わったのはいいけど、なんで建築士の俺が、閉園後の打ち上げの幹事までやらなきゃいけないんだ。これじゃ居酒屋のバイトリーダーじゃないか」


アビス最下層の極楽リゾート、地下広場。

ルミナのドローンカメラに向かってケントは、リアルな疲労感たっぷりに、とても優しく落ち着いたため息をこぼした。


だが、彼を取り囲む光景は異常だった。国連トップ、大富豪、元軍人の特務部隊の筋肉たち、ヤンデレ警備員のマリア、さらには宇宙の管理者や古代竜に至るまで――その場にいる全員が、お揃いの『ケント建設』のロゴ入り安全ヘルメットを被り、空のジョッキを握りしめてワクワクと待機していたのだ。


『宇宙の神がドカタヘルメット被ってビール待ちしてるww』

『大統領も完全に現場のオッサンに馴染んでて草』

『この空間、身分も種族もバグりすぎだろww』


ドローンが視聴者の的確なツッコミを拾う中、ケントはマイルドな笑顔を浮かべた。

「お、みんなお酒の匂いに釣られて集まってきたな。でも、出すからには最高の状態で飲ませてあげないとな」


ケントは、用意した超特大のビール樽にピタリと耳と手のひらを当てた。


樽の中から聞こえる炭酸の弾ける微かな音と、手のひらに伝わる内圧の反発。それだけで、ケントはビールの温度、ガスの抜け具合、そして「最も美味く注げる流速」を瞬時に読み切った。


「よし、圧は完璧だね。それじゃあサーバーを組むぞ」

【超速クラフト】を起動させる。


ケントは愛用の金槌を取り出す。資材置き場の『廃材の銅パイプ』と『Sランク魔獣・氷狼の牙』をパズルのように綺麗に繋ぎ合わせていく。


ケントは完成した特大サーバーのコックを握り、カメラに穏やかに語りかける。

「樽から直接注ぐと、勢いが強すぎて泡だらけのマズいお酒になっちゃう。だから、注ぎ口までのパイプをクネクネと曲げて『絶妙なブレーキ』をかけてやる。さらに氷の魔石(牙)を通ってキンキンに冷やされることで、グラスに注いだ瞬間に勝手に『ビール7:泡3』の黄金比になるんだ。現場の疲労を吹き飛ばす、究極のサーバーさ」


『流体力学と熱交換を、ただのパイプ曲げで完全攻略したww』

『おっさんのDIY、ついに神泡まで錬成しやがった』

『親方の優しい声で酒の解説されると、無性に飲みたくなる』


コックを倒すと、黄金色の液体と、まるで雪のようにきめ細かい純白の泡が、完璧な比率でジョッキに注ぎ込まれていく。


「よし、みんなグラスを持ったか? 今日も一日、無事故無違反でお疲れ様! 乾杯のボーナスだよ、遠慮なく飲もうじゃないか」

ケントがマイルドな笑顔でジョッキを掲げた。

「親方、今日も一日ご安全に! 乾杯ッ!!」


「「「カンパーーーーイッッ!!!」」」

全員が一斉にジョッキをぶつけ合い、黄金比の生ビールを喉の奥へと流し込んだ。


「!?!?……あ、あひぃぃぃっ♡」

その瞬間、宇宙の神々も、大統領も、筋肉たちも、全員の瞳から理性が完全に消し飛んだ。


『ちょww 神様も大統領も顔がヤバいww』


「だ、ダメだぁ……! 労働の後の乾いた体に、キンキンに冷えた麦の旨味と、極上の神泡が暴力的なまでに染み渡るぅぅっ♡」

「宇宙の真理なんてどうでもいいでしゅ! この一杯のビールと親方様の現場さえあれば、我々は永遠に幸せな社畜でしゅぅぅっ♡」


かつて世界を滅ぼそうとした敵も、権力を振りかざしたトップたちも。今は全員が完全に焦点の合わないアヘ顔ダブルピースを浮かべ、よだれと歓喜の涙を流しながら肩を組んで踊り狂っていた。


『神様が大統領と肩組んでアヘ顔でビール飲んでるwww』

『もうこれ以上ない「平和なざまぁ」の極み』

『【朗報】ルミナちゃんの配信同接、ついに人類史上初の10億人を突破』

『全人類が親方の現場(飲み会)に平伏した瞬間であるww』


同接10億人。地球の人口の数分の一が、このバカバカしくも最高に幸せな「打ち上げ」に釘付けになっていた。


「……ふぅ。まあ、たまにはこういう騒がしい現場も悪くないよね」

ケントは、狂喜乱舞する神や人間たちを眺めながら、自分も黄金比のビールをあおった。

口いっぱいに広がる極上の苦味と爽快感。

納期に追われることも、上司のパワハラも、理不尽な徹夜もない。ここは、一級建築士のおっさんがその優しさとDIYで作り上げた、正真正銘の「究極のホワイト現場」だ。


世界一過酷なダンジョンの最下層で、ケントは最高にマイルドで、心からの満足げな笑みを浮かべていた。

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