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第98話:無音のフリーフォールと、究極の磁石ブレーキ

「うわあああああああッッ!? 社畜になった途端に、最初の仕事が死刑台これのテストパイロットかよぉぉぉぉぉぉッ!!」


ヒュオオオオオオオオッ!!!

アビス最下層の上空。宇宙の脅威であった神殿の底から、全長1000メートルの垂直レールに沿って、特製ゴンドラが凄まじい音速で落下を始めた。


一番乗りとして座席にガッチリ固定された泥水ススルは、重力で顔面をグニャグニャに歪ませながら、アビスの底に向かって文字通り真っ逆さまに落ちていく。


『ススル、さっき社畜宣言したばっかりなのにww』

『高低差1000メートルはマジで死ぬww』

『これブレーキ間に合うの!? 完全に地面に激突する軌道だぞ!!』


ドローンカメラがススルの絶叫顔を捉える中、レールの最下部では、首にタオルを巻いたケントが、小さなトンカチを手に持っていた。


「……はぁ。本当に、困っちゃうよ。ちょっと高いところから落ちたくらいで、そんなに叫ばないでくれるか? 近所迷惑になっちゃうじゃないか」

くたびれた一級建築士は、ルミナのドローンカメラに向けて、リアルな疲労感たっぷりに優しく愚痴をこぼした。


『近所(アビス最下層)』

『1000mの自由落下を「ちょっと高いところ」扱いww』


ケントはレールの溶接痕を、手元のトンカチでカンカンと軽く叩いた。

【構造把握】が発動する。

ただ叩いた金属音の『響きのズレ』だけで、ケントは落下の速度、風圧、そしてゴンドラにかかる正確な質量を一瞬で聴き取った。


「おや、風圧で少しレールの隙間がブレてるな。今のうちに最後の現場合わせをしておこうか」


ケントは愛用の『魔導インパクトレンチ』をシャキーン! と取り出す。マイルドな営業スマイルを崩さず、その辺に転がっていた『Sランク魔獣・アイアンバイソンの頑丈なアゴの骨』と、神殿の鉄クズから削り出した『超高密度の黒い魔石(巨大磁石)』を巨大なシャコ万力で優しく固定する。

そして、猛スピードで迫り来るゴンドラの底とレールの隙間に向かって、極太ボルトを「ダダダダッ!」とリズミカルに打ち据え、巨大磁石をパズルのように綺麗に優しくハメ込んでいった。


「親方! もうゴンドラがすぐそこまで来てます! ブレーキを踏まないと死にます!」

現場監督補佐の霞がヘルメットを押さえて悲鳴を上げる。


「慌てない、霞」

ケントはインパクトレンチを収め、マイルドに語りかける。

「ブレーキパッドみたいな消耗品を使うと、摩擦で煙が出たりして危ないからな。強い磁石を落としたことはあるか? 磁石が筒を通る時、お互いが反発して、フワッとゆっくり落ちる。このレールも全く同じ原理なんだ」


『出た、親方の優しすぎる現場物理ww』

『摩擦ゼロの磁石ブレーキ(電磁誘導)を即興で組んだぞ!』


ゴォォォォォォォォッ!!!

地面まで残りわずか数メートル。音速で突っ込んできたゴンドラが、ケントの仕込んだ「巨大磁石のレール」に突入した、その瞬間だった。


フワッ……。


機械的な摩擦音も、激しい衝撃も、急ブレーキの不快感も一切ない。

ススルの乗ったゴンドラは、地面に激突する直前、まるで目に見えない極上のクッションに優しく受け止められたかのように、完全に「無音」で、静かにピタッと安全に停止したのだ。


「……へ? あ、あれ? 俺、生きてる……?」

あまりの衝撃の無さに、ススルはアホのように口を開けた。

心臓はバクバクと破裂しそうなのに、体には何の痛みもない。それどころか、あまりの完璧な「無重力感」に、脳内から見たこともない量の快楽物質が分泌されていく。


「よし、安全テストに協力してくれてありがとう。命をかけた後のおやつだ」

ケントは、シートの上で放心しているススルの前に、網から引き上げたばかりの『肉汁爆発の揚げたて極上魔獣メンチカツ』と、『キンキンに冷えた特製コーラ』を優しく手渡した。


「「「いただきますッッ!!!」」」

ガブッとメンチカツをかじり、コーラを喉に流し込んだ瞬間。ススルの脳みそが完全に融解した。


「ああっ……! メンチカツの油と肉汁が、死の恐怖を中和していくぅぅっ♡ 炭酸が脳に突き刺さって……最高ォォォォっ!!」

「死ぬかと思ったけど、これマジで世界一気持ちいいでちゅぅぅ! 親方、俺もう一回乗る! カラーコーン並べる仕事終わったら、絶対もう一回乗せてぇぇぇっ♡」


タワマンを捨てた男は、完全に焦点の合わないアヘ顔を浮かべ、よだれを垂らしながらメンチカツを片手にリピーター用の行列へと狂ったようにダッシュしていった。


『恐怖から快楽への即時反転スピードがヤバいww』

『ススル、一瞬で絶叫マシンのジャンキーにされとる』

『100%安全な1000m落下とか、ギネス記録超えてるだろ』

『親方の福利厚生おやつの破壊力ww』


「ふぅ。完璧な安全対策だ」

ケントは首のタオルで汗を拭った。

どんな死の恐怖を伴う絶叫アトラクションすらも、一級建築士のおっさんの前では、優しく管理された「100%安全なホワイトエンタメ」にすぎなかったのである。


完璧な安全とスリルに魅了された人々が、地下広場で割れんばかりの歓声を上げる中。

大盛況となった『アビス極楽リゾート』の、楽しいオープン初日の営業終了時間が、静かに近づいてくるのだった――!

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