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第97話:グランドオープンと、タワマンを捨てた男

「……はぁ。本当に、困っちゃうよな。ついにグランドオープンの朝を迎えたのはいいけど、ゲートの前にすごい数のお客さんが押し寄せてるじゃないか。ここで将棋倒しでも起きて怪我人が出たら、初日から営業停止の特大クレームになるぞ」


アビス最下層に完成した『極楽リゾート』の巨大エントランス。

ルミナのドローンカメラに向かって、首にタオルを巻いた現場監督・ケントは、ゲートの外で今にも暴動を起こしそうな何万人もの群衆(冒険者や貴族たち)を見て悲哀をたっぷり背負った、とても優しく落ち着いたため息をこぼした。


ケントは足元の砂を一掴みし、空中にパラパラと撒いた。


今回は砂の落ちる軌道と、群衆の熱気による『風の動き』から、どこに一番人間の圧力がかかっているかを読み取り、完璧な誘導ルート(人の流れ)を脳内に弾き出した。


「広い場所を真っ直ぐ歩かせるから、みんな詰まっちゃうんだよね」

【超速クラフト】


ケントは愛用の『特注・魔導インパクトレンチ』をシャキーン! と取り出す。

資材置き場の『極彩色の硬い魔獣の甲殻』と『鉄パイプ』を固定する。

そのまま極太ボルトを「ダダダダッ!」と、まるでオーケストラを指揮するかのようにリズミカルに打ち据え、パズルのように綺麗に折り曲げていく。


あっという間に大量の『特大カラーコーンとトラバー(黄色と黒の棒)』を錬成すると、ケントは地面にサクサクと設置して、ゲート前に「クネクネと曲がりくねった細い通路」を作り上げた。


『出た! おっさんの優しさに包まれた神速DIY!』

『数万の暴動寸前の群衆を前に、カラーコーン作り始めるの草』


「いいかい、霞。スーパーのレジ待ちと同じ理屈だ」

ケントはマイルドな笑顔で、カメラに穏やかに語りかける。

「広い場所に出すから人間は立ち止まって押し合うんだ。こうやってコーンと棒で道をクネクネ曲げて『立ち止まれない細い道』を作ってやれば、人間はパズルみたいに勝手に並んで、スムーズに前に進み続けるんだよ。現場の安全対策の基本だ」


『将棋倒しの危機をカラーコーン数本で解決してて草』

『完全にコミケや遊園地の待機列の作り方ww』

『おっさんの前では、数万の群衆もただの「レジ待ちのお客さん」扱い』


ケントの優しい現場の知恵により、群衆は嘘のように整然と列を作り、スムーズにリゾート内へと流れ込んでいく。

その完璧な平和空間の中、プレミアムチケット専用レーンを抜けてきた高級スーツ姿の男が、突如として地面に膝から崩れ落ちた。


「うおおおおおッ! 泥だ! アビスの泥の匂いだぁぁっ! やっと……やっと親方の現場ほんとうのいえに帰ってこれたぁぁっ!」


男は、高価なスーツが汚れることなど一切気にせず、安全靴にこびりついた最下層の泥に狂ったようにキスをして号泣し始めた。

それはケントが地上へ帰還させたはずの、超高級タワマン住まいのサバイバル配信者・泥水ススルだった。


「ス、ススルさん!? なんでここに!? タワマンはどうしたんですか!?」

ルミナがドローンを近づけて驚愕の声を上げる。


「売ったよ! 数億円のタワマンも、高級家具も全部叩き売って、このプレミアムチケットを買ったんだ! あんな味気ない安全圏なんかより、俺は親方の現場で美味い飯を食う社畜になりたかったんだよぉぉっ!」


『ススルゥゥゥゥッッ!!!www』

『数億のタワマン捨ててドカタに出戻りしてくる奴があるかww』

『ついに限界突破してて腹痛い』


「……おや、ススル君じゃないか。せっかく地上の安全なタワマンに帰してあげたのに、わざわざウチの現場に出戻り(再就職)してくれたのかい?」

ケントは泣き叫ぶススルに近づき、しゃがみ込んで優しく微笑みかけた。


「随分と熱心な働き者だ。でも、そんなに泥だらけになるまで泣いてちゃ、腹も空いちゃうだろ? 出戻り歓迎の特別手当ボーナスだから、たくさん食べるんだ」

ケントは、前夜祭からじっくりと煮込んでいた『肉汁爆発のAランク魔獣の特大角煮串』と、『キンキンに冷えたエールビール』を優しく手渡した。


「!?!?!?……あ、あひぃぃぃっ♡」

極上の角煮を咀嚼し、ビールを喉に流し込んだ瞬間。ススルの瞳から一切の理性が吹き飛んだ。


『ススルの顔wwww』

『親方の圧倒的包容力まかないの前に散るww』


「だ、ダメだぁ……! 億ションの高級フレンチなんかより、親方の泥だらけの現場飯の方が、一万倍美味いぃぃっ! 俺はもう、一生ここでカラーコーンを並べる社畜になるぅぅっ♡」

全財産を失ったはずの男は、完全に焦点の合わないアヘ顔ダブルピースを浮かべ、よだれと涙を垂らしながら歓喜の社畜へと堕落しきっていた。


「よし、列の整理も完璧、出戻りのススル君のお腹も満たしたな! それじゃあ、メインアトラクションを動かすぞ」

ケントがマイルドで落ち着いた営業スマイルで合図を出した瞬間。


ゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!

上空にワイヤーでガッチリと固定された「神殿」から、地上に向けて一気に垂直落下する全長1000メートルの『究極の絶叫マシン(フリーフォール)』が、凄まじい轟音と共に稼働を開始したのだった!

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