第100話:親方の定時退社と、カラーコーンの結界
「……はぁ。本当に、困っちゃうな。昨日の大宴会でみんな楽しんでくれたのはいいんだが、せっかくの新品の床や壁が手垢と酒のシミだらけになったじゃないか」
アビス最下層の極楽リゾート、宴会明けの早朝。
ケントは、ルミナのドローンカメラに向かって、あちこちでイビキをかいて寝落ちしている神々やVIPたちを優しく見つめながら、マイルドなため息をこぼした。
ケントは鼻をヒクつかせ、現場の空気を深く吸い込んだ。
【構造把握】を発動させる。
今回は目視ではなく「ホコリの匂い」と「風の淀み」だけで、この巨大施設のどこに最もゴミが溜まりやすいか、完璧な『汚れの動線』を脳内に弾き出した。
「お掃除の手間は省きたいな。特急で仕上げるか」
【超速クラフト】起動。
『魔獣の太い骨』を丁寧に加工して『特大コーキングガン(押し出し機)』を錬成。そこに透明なスライムを詰め込み、壁や床に向かって優しく撃ち放ち、自らのコテで一気に平らに塗り広げていく。
Sランク魔獣の甲殻に鉄骨の端材をあてがい、フカフカの魔獣の毛皮を優しく取り付けていく。
ケントは、背中にモップを背負った亀の魔獣の頭を優しく撫でて発進させ、マイルドな笑顔でドローンに語りかける。
「壁や床をスライムでコーティングしてやれば、汚れの方から勝手にツルッと滑り落ちるんだ。あとは、この『モップ亀』にお散歩してもらえば、勝手にホコリを絡め取りながら床をピカピカにしてくれる。みんながゆっくり休むための、現場の究極の自動清掃システムだ」
『出た、親方の優しすぎる全自動お掃除ロボット錬成!』
『スライムで清掃インフラ整えてて草』
ケントが優しく手を叩くと、モップ亀たちがスライムでツルツルになった床を滑るように這い回り、一瞬にして広場はチリ一つないピカピカの空間へと生まれ変わった。
「よし、掃除完了だ。寝ているみんなに朝に最高の朝食をあげよう」
ケントは、クーラーボックスから『Aランク魔獣の濃厚ミルクと蜂蜜で作った、極上のホットミルク』を取り出し、亀たちと、床で寝そべっている宇宙の管理者やVIPたちの口元へ優しく運んだ。
「「「ふにゃぁぁっ!?……あ、あひぃぃぃっ♡」」」
完璧に清浄な空気と、自動空調の心地よい微風に包まれながら、極上の甘さと温かさを喉に流し込まれた瞬間。全員が寝ながらにして焦点の合わないアヘ顔ダブルピースを浮かべた。
「寝起きの体に、ホットミルクの暴力的な優しさが染み渡るでしゅぅぅっ♡」
「ここが天国……一生、親方様の現場の床で寝転がる社畜になるぅぅっ♡」
かつての超越者たちは、究極の福利厚生の底なし沼へと完全に沈んでいった。
『寝顔までアヘ顔社畜で草』
『このリゾート、快適すぎて一度入ったら二度と出られないだろww』
『亀までホットミルク飲んでとろけてるww』
「よし! 施設の自律稼働ヨシ! 清掃・安全確認も問題ナシ!」
ケントは、愛用の工具たちを丁寧に拭き上げると、ツールボックスへとしまい込んだ。
「……長かった。よし、今日の現場はここまでだ」
かつてブラック企業でとてつもない残業とパワハラにすり潰されていた一級建築士が。
世界最凶のダンジョンの最下層で、ついに誰にも文句を言われない完璧な「完全なホワイト・スローライフ」と「定時退社」を手に入れた、最高に美しい瞬間だった。
『おっさん! オープンおめでとう!!』
『ついに楽園の完成! えぐい、泣きそう』
『最高の現場だった! おっさん、今日も一日ご安全に!』
同接10億人のコメント欄が感動の涙と祝福で埋め尽くされる中、ケントは首のタオルを外し、誰もいない裏庭の温泉へ向かって一人歩き出した。
「さーて、ひとっ風呂浴びて、お昼までふかふかのお布団で二度寝させてもらおうかな……」
――しかし。
平和な朝日が差し込む裏庭の温泉に辿り着いた瞬間。
バチバチバチィッ……!!!
突如として空間がドス黒くひび割れ、未知の瘴気を吹き出す『別次元(異世界)へのポータル』が、不気味な音を立てて口を開けたのだ。
中からは、アビスの魔獣すら比較にならないほどの、絶望的な異次元の脅威の気配が漏れ出している。
だが、ケントはマイルドな笑顔のままだった。
「……はぁ。どこの業者さんが、許可も取らずにマンホールのフタを開けっ放しにしてるのかな。みんなが落ちて怪我したらどうするんだい?」
宇宙規模の絶望すらも、一級建築士のおっさんにとっては「ただの危険な工事の掘り残し」でしかなかった。
『異世界のポータルがただのマンホール扱いで草』
『またヤバそうなの来たのに親方の余裕ww』
ケントは優しくため息をつきながら、その辺に置いてあった黄色と黒の『カラーコーン』をヒョイッと持ち上げ、異次元ポータルの目の前にサクサクと綺麗に並べた。
【工事中・立入禁止】
「よし、安全対策(結界)ヨシ。クレーム対応は明日の朝イチで終えないと」
未知の脅威をカラーコーン数本で物理的に完全封鎖したケントは欠伸を一つすると、至高の二度寝のために、ふかふかのお布団へと潜り込んでいった。
おっさんの圧倒的優しさとホワイト無双は、異次元すらも巻き込んで、まだまだ終わらない――!




