第101話:酸性雨のホームセンターと、ポンコツ機械少女
「……ふぁぁ、よく寝た」
至高の二度寝からスッキリと目覚めたケントは、首にタオルを巻き直して、心地よく大きく伸びをした。
昨日の大宴会の残骸は綺麗に片付き、快適な自動空調の微風がリゾート全体を優しく包み込んでいる。
裏庭の温泉スペースに向かうと、そこには昨日から開きっぱなしの『異次元ポータル』が、ドス黒い瘴気を吐き出しながらカラーコーンの奥に鎮座していた。
「よし。せっかく近所に新しい現場への入り口ができたんだ。ちょっと出張して、使えそうな資材がないか視察してくるかな」
(ただの買い出し感覚じゃないですか)というルミナの心の声はスルーして、ケントは現場監督補佐の霞にトランシーバーを優しく手渡した。
「お留守番をお願いな、霞。地下のルーター(神様たち)の電波を使って、こまめに定時連絡を入れてくれよ」
「了解です、親方。出張お気をつけて」
霞が真面目に頷く奥では、宇宙の管理者(元・神々)や筋肉たちが、朝食の『極上魔獣ベーコンエッグ』を貪り食うのに夢中になっていた。
「親方ァ、いってらっしゃーい! モグモグ……ッ、うまっ!」
「……はぁ。お前たち、すっかりウチのまかない飯を気に入ったみたいだな」
一切の悲壮感がない見送りにマイルドな笑顔を向けつつ、ケントはドローンを飛ばして配信準備をしていたルミナと、まだ寝ぼけているコア公のそっと優しく手を引いた。
「えっ!? ちょ、ケントさん!? 心の準備が……っ!」
「人間風情が、吾輩をエスコートするな……ふにゃっ!?」
「ほらほら、一緒に新しい現場の下見に行くぞ」
ケントは二人を優しくエスコートしたまま、不気味な異次元ポータルの中へと歩いていった。
『おっさん、近所のコンビニ行くテンションで異世界へダイブwww』
『神々がお留守番でベーコン食ってて草』
『ルミナちゃん、すっかり現場のオトモ扱いww』
***
ポータルの先は、酷い有様だった。
「ゲホッ……なんだこれ、空気が最悪ですね……」
ルミナが口元を押さえて咽せる。
見渡す限りの荒野。空はどんよりと鉛色に濁り、足元には無数の巨大な歯車や、赤錆びた鉄屑の山が地平線まで連なっている。
ジュウゥゥゥッ……!
「ひぃっ!? 降ってきた雨、地面を溶かしてますよ!? これ、強力な酸性雨です!」
「ふ、ふんっ! 人間、吾輩を濡らすな! この程度の雨、吾輩の結界で……あれ、弾けないのじゃが!?」
怯えるルミナと、虚勢を張りながらもケントの背中に隠れるコア公。
普通なら、生物が生きられない死の世界に絶望する場面だろう。
だが、ケントの目は穏やかな歓喜に見開かれていた。
「すごい。なんだこの無料の巨大ホームセンターは!」
見渡す限りの金属スクラップ。
少し磨けば極上の建材になりそうなチタン合金の破片や、超巨大な歯車が、そこら中にタダで転がっているではないか。
(最高じゃないか。資材の宝庫だ、ここは!)
だが、呑気に素材漁りをしている場合ではない。
酸性雨がヘルメットに当たり、ジュワッと嫌な音を立てている。
「おや……こんな劣悪な環境で作業させたら、みんな風邪を引いちゃうじゃねえか。まずは安全な『現場事務所』の設営だ」
ケントは愛用の金槌を取り出す。
足元に転がっていた分厚い鉄屑を金槌で「カーンッ!」と叩いた。
【超速クラフト】を起動させる。
ケントは鉄屑から作り出した部材を、パズルのように綺麗に組み立てていく。
酸性雨を完全に弾き流すため、屋根は絶妙なナナメの角度(に優しく設定。壁には、『耐腐食スライムの粘膜』をコーティング剤としてササッと塗り込み、一瞬で隙間を密閉する。
「よし、断熱材! 空調、完璧だ」
ものの十秒。
酸性雨が降り注ぐ死の機械都市に、エアコンとふかふかのベッドを完備した、白くてピカピカの『特大プレハブ仮設所』が錬成された。
『酸性雨の降るディストピアに、日本のプレハブ小屋建ってて腹痛いwww』
『親方の現場適応力、相変わらずバグってるな』
「さあ、みんな中に入るんだ。冷暖房完備でポカポカだ。あったかいココアも淹れてあるから」
ケントが扉を開けると、ルミナとコア公が転がるようにプレハブ内へと避難した。
手渡された『特濃ミルクと魔獣カカオの極上ホットココア』を一口飲んだ瞬間。
「ふにゃぁぁっ♡ ……あ、あったかぁい……甘さが染み渡るぅぅ……」
「な、なんじゃこのフカフカのクッションは……っ! 外の酸性雨の音も全く聞こえない……極上の空間……しゅきぃ……♡」
致死の酸性雨という絶望から一転。
完璧な温度管理と最高の居住性、そして極上の甘味に包まれ、二人は到着数分でよだれを垂らしながら堕落した。
『また秒で骨抜きにされとるww』
『ココア一杯で異世界の絶望が吹き飛ぶホワイト空間ww』
ドローンのカメラが、堕落した二人とピカピカの室内を映し出す。
すると、ケントの腰のインカムから、ノイズ混じりの真面目な声が聞こえてきた。
『……ザァッ……親方、聞こえますか。出張先でも相変わらずみたいですね』
「おっ、霞。電波感度は良好だな。とりあえず仮設所を建てたから、これより資材の回収作業に入るぞ」
ケントは首のタオルで汗を拭い、プレハブの分厚いペアガラスの窓から外を眺めた。
酸性雨を完全にシャットアウトする完璧な防音窓。
だが、その窓ガラスの向こう。
鉄屑の山の影に、何かが倒れているのが見えた。
「ん? おや、あそこ……」
ケントの優しい声に、クッションで溶けていたルミナが顔を上げる。
「どうしたんですか、ケントさ……えっ?」
降りしきる酸性雨の中。
ボロボロに大破し、関節から黒いオイルを流して倒れている『機械仕掛けの少女』の姿があった。
『うわ、女の子!?』
『異世界の機械少女とか胸熱展開キタ!!』
ケントはインカムのスイッチを切り、愛用のツールボックスをガサリと掴み上げた。
「……おやおや。どこの業者が、あんなに窮屈な組み方をしたんだ。関節の動きがガチガチになってるじゃないか。優しくメンテナンスしないと」




