第90話:宇宙からのクレーマーと、手作り分度器の測量
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!
突如、空が真っ暗に染まった。
地上の超高級タワマンの一室。アビス最下層のホワイト待遇に脳を焼かれ、ついに不動産屋を呼んで「タワマン売却の荷造り」を始めていたサバイバル配信者・泥水ススルは、窓の外を見て絶望の叫びを上げた。
「な、なんだあれ……! 空から、とんでもなくデカい島(神殿)が降ってきたぞ!? 嘘だろ、俺がせっかく地下のドブさらい(VIP待遇)に転職しようとしてるのに、地球が押し潰されるぅぅっ!」
ススルの配信カメラが捉えたのは、宇宙の果てから飛来した『管理者』たちの超巨大な浮遊神殿だった。それは重力を無視してアビスの上空にピタリと静止し、世界中を恐怖のどん底に陥れていた。
一方、その真下であるアビス最下層の『極楽リゾート』。
「……はぁ。視聴者のみんな、見てくれあれを。明日は念願のグランドオープンだってのに、俺たちのダンジョンがある位置の上空にでかいゴミが浮かんでる。日当たりが悪くなるじゃないか。どこのクレーマーだ」
ルミナのドローンカメラに向けて、ケントは、悲哀をたっぷり背負ったため息をこぼした。
「でもまぁ……あんな見晴らしのいい場所にタダで浮かんでる『空き地』があるなら、リゾートの展望台に改築するにはちょうどいいな。資材も浮きそうだし」
『えっ? 宇宙からの脅威を「日当たりを悪くするゴミ」扱い!?』
『しかも展望台の空き地って言ったぞこのおっさんww』
『人類の絶望 = おっさんの無料物件』
ドローンが的確なコメントを拾う中、現場監督補佐の東雲霞がヘルメットを押さえながら涙目で叫んだ。
「け、ケントさん! 展望台じゃないです、あれヤバいですって! 明らかにこの星の理を滅ぼすレベルの宇宙の敵ですよ!?」
「に、人間! 吾輩のダンジョンが潰される! 早く何とかするのじゃ!」
コア公も半狂乱でケントの足にしがみつく。
『エリート君とチョロインの反応が正常すぎて安心する』
『いや、親方の周りでまともな感性持ってるのこの二人だけだろww』
「親方様の神聖な視界を遮るなんて……万死に値するわ、あのデカい害鳥!」
ヤンデレ警備員のマリアだけは、世界規模の絶望に対して完全にピントのズレた殺意を放ち、手にした警棒をバチバチと放電させていた。
「チッ、騒ぐなエリート君。クレーム処理の基本は現状把握だ。まずは現場の『高さと距離』を正確に測るぞ」
ケントの瞳が青く発光する。
上空の浮遊神殿の質量、重心、そして現在地からの大まかな距離が、ケントの脳内に青いワイヤーフレームとなって一瞬で浮かび上がった。
「よし、寸法出しだ。いくぞ!」
ケントは足元に転がっていた『魔獣の太い筒状の骨』と『鉄クズ』を拾い上げ、一瞬で概念的に仮組みする。
だが、現場の測量器具は魔法任せにはしない。
「よっこいしょっと。画面の前の皆さんも安全帯の確認は怠るなよ。ここからは手作業だ」
ケントはドローンに向かってマイルドな営業スマイルを向けると、腰袋から魔導インパクトレンチを取り出した。
巨大なシャコ万力で骨と鉄クズをガコンッ! と強引に挟み込み、夜勤明けの四十肩に鞭打ちながら極太ボルトを「ダダダダダッ!」と打ち据えて完全固定する。さらに『スライムの粘糸』を筒の中心に結びつけ、重りとして垂らす。
あっという間に完成したのは、無骨極まりない『特大のアナログ測量器(分度器)』だった。
『でた! おっさんの親の顔より見たボルト締め!』
『最新チートからの超アナログ仕上げww』
「いいか霞、 最新のレーザー測量機なんてなくても、この筒で上空の島を覗き込めば、重りの糸が『地面に対して何度傾いているか』がわかるだろ」
ケントは、筒を覗き込みながらカメラへ向けてドヤ顔で言い放つ。
「俺と筋肉たちで、離れた2ヶ所から同時にあの島を覗き込む! その2つの角度さえ分かれば、あとは見えない『巨大な三角形のパズル』を解くのと同じだ! 長いメジャーがなくても、計算だけで一発で正確な高さと距離が弾き出せる」
『アナログの知恵だけで宇宙要塞の高度を測り始めたww』
『三角測量だ! 中学の数学がこんな神業になるのか』
『おっさんの前では神殿もただの測量対象』
『エリート研究員、また脳が破壊されてるぞ』
「う、宇宙の法則を捻じ曲げる神殿を……ただの竹筒と糸(分度器)で測量してるぅぅっ!?」
霞がワナワナと震えながらツッコミを入れる中、ケントはトランシーバーを握った。
「筋肉その1! そっちの角度は何度だ!」
「はっ! 60度であります、親方!」
「よし、計算完了だ。島までの高度、ピタリ3000メートル! お前ら、よくやった。ちょっとした仕事だが、キッチリ測量手当だ」
ケントはカメラに向かって「やっぱり現場はアメとムチだからな」と呟きながら、背後のクーラーボックスから『氷の魔石でキンキンに冷やした、特製のエナジー炭酸飲料』を取り出し、手伝った特務部隊の筋肉たちにポンと手渡した。
「「「いただきますッッ!!!」」」
受け取った瞬間、国家の最高戦力たる筋肉たちの顔から、上空の脅威に対する一切の緊張が消え失せた。
「ああっ……! 乾いた喉に、極上の炭酸と甘味が細胞レベルで染み渡る……ッ! 疲労が一瞬で吹っ飛ぶであります! 世界が終わろうと、親方様の現場は最高だァァッ!」
「うひぃぃっ♡ もう地上の安い給料には戻れないでありますぅぅっ!」
上空に宇宙規模の絶望が浮かび、人類が滅亡しかけているというのに。最前線の作業員たちは完全に焦点の合わないアヘ顔を浮かべ、エナジードリンクを喉に流し込んで歓喜の涙を流す究極の社畜へと堕落していた。
『世界滅亡の危機にエナドリでアヘ顔決めてて草』
『この現場、福利厚生がバグりすぎてて誰も空の敵を見てないww』
『神様、完全に無視されてて可哀想になってきた』
「ふぅ、これで寸法は完全に把握したな」
ケントは首のタオルで汗を拭い、上空の神殿を睨み据えた。
「視聴者の皆さんも、明日のオープンを楽しみにしててくれよ。よし! 展望台(空き地)の高さは分かった。あそこまで、一気に『足場』を組んで乗り込むぞ!」
ケントがドローンに向かってマイルドな営業スマイルで合図を送ると、回し車でハッスルする古代竜の動力を直結させた超巨大な『ワイヤー射出機』を、アヘ顔の筋肉たちが満面の笑みで一斉に構えたのだった!




