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第86話:真の脅威「深層ヘドロ」の決壊と、地上の安堵

ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!


アビス最下層の奥深く、これまで未開拓だった巨大な暗闇の方角から、腹の底を揺らすような重低音が響き渡った。


「な、なんだ!? 地震でちゅか!?」

「ひぃぃっ! VIPルームの外が、えらいことに!」

完璧な空調と極上の肉ですっかり幼児退行し、フカフカのソファでくつろいでいた国連トップや大富豪たちが、窓の外を見て絶叫した。


ルミナのドローンが上空から捉えたのは、ダンジョンの奥底に長年溜まりに溜まった老廃物――触れるものすべてをドロドロに溶かす『猛毒の巨大ヘドロ津波』だった。それが、遊園地の建設予定地に向かって真っ黒な壁となって押し寄せてくる。


『うわあああ! アビスの深層ヘドロだ!』

『終わった……あんなの喰らったら最下層ごと跡形もなく溶けるぞ!』

『親方ぁぁ! 逃げてえええ!』


地上の安全な高級タワマンで配信を見ていた元サバイバル配信者の泥水ススルは、驚きのあまり高級ワインを吹き出した。


「ほら見ろ! 空調が良くて美味い飯が出ようが、あんなバケモノ地帯の現場に行かなくて大正解だったぜ! やっぱり地上ここが一番安全なんだよ!」

ススルは画面の前で、恐怖と安堵が混じった叫び声を上げる。


一方、最下層の現場。

「親方様! 危ないです、私が盾に――!」

ヤンデレ現場警備員のマリアが自らの命を投げ出そうとするが、その肩をポンと叩く手が一つ。


「……はぁ。勘弁してくれ。せっかくスポンサー様がいい気分でくつろいるのに、ここで泥被らせたら一発でクレームものじゃないか」

一級建築士兼現場監督・ケントは、深い疲労感を滲ませた、くたびれたおっさんのため息をこぼした。

だが、その目は全く死んでいない。


ケントの瞳が青く発光する。

押し寄せる数万トンのヘドロ津波の速度、質量、粘度、そして地形の起伏。そのすべてが一瞬にして、一級建築士であるケントの脳内に『完璧なワイヤーフレームの3D設計図』として組み上がった。


「なるほど、ただの毒液じゃない。……魔獣の死骸や養分がたっぷり溶け込んだ、極上の天然肥料(腐葉土)じゃないか」

ケントの口角が上がり、完璧でマイルドな営業スマイルが張り付く。

「おい筋肉たち! 良質な『無料の肥料』が、向こうから大量に流れてきてくれたぞ! 1ミリも取りこぼさず!全部回収するんだ!」


「親方!? いや、回収するってどうやって!?」

現場監督補佐の東雲しののめかすみがヘルメットを押さえて悲鳴を上げる中、ケントは足元に転がっていた『巨大な鉄骨の端材』と『魔獣の硬い甲殻のゴミ』を蹴り上げた。


「いくぞッ!」

ケントの持つチートスキル【超速クラフト】が発動する。

ギャリリリリリリッ! バチバチバチィッ!!

ケントのスキルにより、巨大なゴミの山が一瞬でパズルのように組み合わさる。

そこにケント自身が飛び乗り、自作の魔導溶接機を両手で構え、凄まじい火花と汗を散らしながら「オラァッ!」と強引にバキバキに縛り上げていく。


わずか数秒。完成したのは、四つの足が突き出た奇妙で巨大な『トゲトゲの岩(波消しブロック)』だった。


「いいか霞! ただの真っ直ぐな壁で津波を止めようとすると、水は壁を乗り越えてきやがる!」

ケントは完成した巨大な四つ足ブロックを、次々とヘドロの波の前に放り投げながら解説する。

「だが、こういう『複雑な形の岩』を波の前に山積みにしてやるとどうなる!? 波が岩の隙間に入り込んでぐちゃぐちゃに乱れ、水同士が勝手にぶつかり合って喧嘩する! そうすれば、波の勢いなんて一瞬で死ぬんだ」


『波同士を喧嘩させるって表現わかりやすすぎるww』

『消波ブロックをゴミと番線から即錬成した!?』

『災害を「無料の肥料」って喜んでるのおっさんだけだよ!』

『DIYのスケールがバグり散らかしてるww』


ドシャァァァァッ!!

押し寄せた猛毒のヘドロ津波が、ケントの作った巨大な四つ足ブロックの山に激突する。

しかしケントの完璧な計算通り、複雑な形状のブロック群が波のエネルギーを完全に分散・吸収。凄まじい勢いだった津波は、ただの「ゆっくりとした泥の川」へと変わり、VIPルームの手前でピタリと威力を失った。


「おおおっ……! 親方様の作った奇妙な岩が、毒の波を完全に殺したぞ!」

「あんなゴミと針金の寄せ集めで……! やっぱり親方は神だァァッ!」


「よくやったお前ら! 臨時ボーナスだ!」

ケントがドンッ! とその場に『特Aランク魔獣の果汁入り極上塩飴』と『キンキンに冷えた麦茶の樽』を無造作に置いた。

「塩分補給して、この肥料を全部かき集めるぞ!」


「うおおおおッ! 極上の塩飴と麦茶ァァッ!」

「絶望の津波が、最高の収穫祭に変わったぞォォ!!」

恐怖のどん底にいた筋肉たちは、圧倒的な現物支給(美味い報酬)を前に完全に脳のタガが外れ、歓喜の涙を流して狂喜乱舞する『究極の作業員』へと仕上がっていた。


「親方! 波の勢いは殺せましたが、ヘドロの量が多すぎてこのままじゃ横から溢れ出します!」

霞の的確な報告に、ケントは「わかってる」と頷き、傍らに停めてあった巨大重機の運転席へとヒラリと飛び乗った。


「防波堤はあくまで時間稼ぎだ。ここからは、現場の設備をフル稼働させて肥料を回収するぞ」

ケントは重機のレバーを握り、マイク越しに叫んだ。

「慌てるな! 遊園地の『外周コースターレール』を、そのまま巨大な防潮堤ダムにトランスフォームさせる! 霞、第3レバーを引けェッ!」


最強の自然災害すらも、遊園地のアトラクションの一部としてねじ伏せる。

現場監督の規格外のDIYが、アビスの脅威を完全に「無料の資材」へと変えようとしていた――!

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