第84話:権力の粉砕と、スマート・グランピングによる陥落
「……はぁ。マジで勘弁してくれよ。いきなり、えらいさんのアポなし現場視察とか、下請けの胃に穴が空きそうだわ……」
泥だらけの作業着姿に首タオルのケントは、国連トップや大富豪たちをVIPルームへ案内しながら、心の中で深く深いため息をついていた。
ただでさえ工期が押しているのに、超大口スポンサーの急な襲来。くたびれた一級建築士兼、現場監督にとって、これほど胃がキリキリする理不尽なトラブルはない。
だが、そこは百戦錬磨の現場監督。
振り返ったケントの顔には、大人の余裕とくたびれたおっさんの悲哀を感じさせる『完璧でマイルドな営業スマイル』が張り付いていた。
「ささっ、足元にお気をつけて。ただいま、当現場の最高級ホスピタリティ(接待)をご用意しておりますので」
そのすぐ後ろでは、ヤンデレ現場警備員のマリアが、美しいお辞儀をしながらVIPたちに笑顔で囁いていた。
「ようこそ神の御前へ。(……もし親方様の施設にチリほどの文句でもつけたら、生きたままアビスの肥料にしてやるわ)」
「ひぃぃぃッ!?」
殺意100%の血走った目をしたツアーガイドに背後から脅され、大富豪たちはガタガタと生まれたての子鹿のように震えながら、スライムの泡を固めて作った真っ白なドーム(即席かまくら)へと足を踏み入れた。
「こ、これは絶対に我々を油断させる神の罠だ! きっと扉が閉まった瞬間、灼熱の業火で焼かれるに違いな――」
――ピタリ。
部屋に入った瞬間。死を覚悟したVIPたちの震えが止まった。
「な、なんだこの部屋は……!? さっきまでの地獄のような熱気が嘘のように、完璧に涼しくて心地いい……いや、涼しいのに足元はじんわりと暖かいぞ!?」
「それにこのソファ! 雲のように柔らかいのに、腰が全く沈まない……! な、なんて神聖な空間なんだ!」
彼らが驚愕するのも無理はない。そのドームの裏側の配管スペースでは、たった今、ケントが火花と油にまみれながら、巨大なパイプレンチで泥臭い突貫DIYを完遂していたのだ。
「いいか霞! スポンサーってのはな、室温が1度ズレただけで文句をつけてくるワガママな生き物なんだよ!」
ドームの裏側で、ケントはバカでかいレンチを使って巨大な鉄のバルブを『ガキンッ!』と力任せに締め上げ、首のタオルで汗を拭った。
「だから、その辺で拾った『人間の熱に反応する魔石』と、『熱で餅みたいに伸び縮みするスライム』を、極太の針金でパズルみたいに縛り付けてやった!」
ケントは油まみれの顔でニヤリと笑う。
「部屋の人間が汗をかいたら魔石が熱を持ち、スライムが膨張する。その膨らむ力を利用して『テコの原理』で物理的に冷風バルブのフタをこじ開ける! 寒くなったらスライムが縮んでフタが閉まる! これで電気代ゼロの全自動空調の完成だ!」
「スライムと針金とテコの原理だけで、空気をミリ単位で自動調整するシステムを作ったの!? やってること完全に最新のスマート・ビルディングだけど、見た目がアナログのからくり箱すぎて怖いわよ!」
現場監督補佐の東雲霞が、その大雑把すぎる現場合わせに的確なツッコミを入れた。
『親方、ドームの裏でなんかガチャガチャやってるww』
『AI』
『IoTセンサー(ただの太い針金)』
『えらいさん相手に裏で必死にからくり配管直してるおっさんで草』
『おっさんのDIY、マジで頭おかしい(褒め言葉)』
そんな裏側の泥臭い苦労などつゆ知らず。
部屋の気流と床暖房が、常に自分たちの体温を「完璧な快適さ」に保ってくれる魔法のような空間で、VIPたちは次々と腰から崩れ落ちていた。
そこへダメ押しとばかりに、マリアがワゴンを押して運んでくる。
「親方様からのおもてなしです。Aランク魔獣の極上厚切りステーキと、温泉チュロスになります」
「こ、こんな極上の匂い……! も、もはや毒を盛られて死んでも構わん! いただきます!」
大富豪が震える手でステーキを口に運んだ瞬間。
『……ふはぁぁぁぁ〜〜っ……♡』
世界経済を回すトップたちの顔面が、一瞬にしてだらしなく弛緩した。
「ああぁっ……! 噛まなくてもとろける旨味の暴力……! それにこの、母の胎内にいるかのような完璧な温度……っ! 神よぉぉ……!」
「ダメだ、もう国連になんて帰りたくないでちゅ……。ここでずっと、お肉を食べて寝ていたいでちゅ……」
先ほどまで「神の裁きだ!」と威厳を保っていた国連のトップすら、最高級ソファの上で完全に幼児退行し、アヘ顔で丸くなってしまった。
『大統領がバブみを感じてて草』
『完全に骨抜きにされとるww』
『アビス最下層、ただの超極楽グランピング施設だった』
『絶対的権力者が、美味い飯と空調だけで陥落した瞬間』
「ふぅ……。なんとかクレームは回避できたな」
VIPたちが歓喜の涙を流しながらよだれを垂らす姿をモニターで確認し、ケントはやっと肩の荷を下ろしたように息を吐く。
「……さて。スポンサーの機嫌も取れたことだし、予算(資材)の交渉といくか」
くたびれたおっさんの顔から一転、したたかな一級建築士の目をギラリと光らせるケント。
アビス最凶のダンジョンは今や、世界のトップすらも完全なリピーターへと堕落させる「究極の接待現場」と化していた――!




