第8話 極上の『ヒノキ風』露天風呂と、源泉かけ流しの悦び
「綺麗な水は確保できた。次は、風呂のメインとなる『浴槽』の確保だな」
俺は浄水システムから溢れ出る純水を見つめながら、腕組みをして考え込んだ。
風呂といえば、やっぱり木の温もりが感じられる『ヒノキ風呂』が最高だ。
足を伸ばして、木のいい香りに包まれながら、熱いお湯に肩まで浸かる。疲れた日本人の心と体を癒やす、究極のぜいたくだ。
しかし、ここは禍々しい空気が漂うダンジョンの最下層。
都合よくヒノキや、それに似た香木が生えているわけが……。
「ん? なんだあの木は」
俺の視線の先。セーフゾーンの境界線のすぐ外側に、一本の奇妙な大木が生えていた。
幹の太さは二メートル以上。天に向かって真っ直ぐに伸びるその姿は、巨大な竹のようにも見える。
驚くべきことに、その木の表面からは微かな温気が立ち昇り、ウッディで心を落ち着かせる、芳醇な香りが漂ってきていたのだ。
「まるで、高級旅館のヒノキ風呂みたいな匂いだな……」
『あれは【香炉樹】じゃな』
クッションでくつろいでいたコア公が、あくびをしながら説明してくれた。
『熱に強く、水に濡れると極上の香りを放つと言われておる。じゃが、諦めるんじゃな。あの木は信じられないほど硬い。Sランクの剣士が全力で斬りかかっても、刃が欠けるほどの……って、おい!? どこに行く気じゃ!』
俺はすでに愛用の金槌を握り締め、香炉樹の根元へと歩み寄っていた。
「水に濡れると香りが増して、熱に強くて、しかも頑丈。……風呂の素材として、これ以上のものはないじゃないか」
俺は木の構造を【構造把握】で一瞬にしてスキャンする。
確かに凄まじい密度だ。並の工具なら一瞬で刃がこぼれるだろう。
だが、木目がある以上、必ず「力が逃げる隙間(目)」が存在する。
俺はその『目』に向かって、一切の躊躇なく金槌を振り抜いた。
パキィィィンッ!!
心地よい破砕音と共に、【超速クラフト】の魔法のような力が発動する。
いかに硬いSランク相当の樹木であろうと、このスキルの前では「加工待ちの素材」でしかない。
巨大な香炉樹は一瞬にして綺麗に水平に輪切りにされ、内側が滑らかにくり抜かれた『超特大の木製浴槽』へと形を変えた。
「素晴らしい……! 木の温もりと、この滑らかな曲線。まさか最下層でこんな極上の浴槽が作れるとはな」
俺は完成した浴槽をアイテムボックスに収納し、ログハウスの横にあるウッドデッキの隣へと設置した。
そして、先ほど組み上げた浄水システムの配管を、浴槽へと接続していく。
「よし、あとは『お湯』を作るための熱源だ」
俺はインベントリから、以前魔物を倒して手に入れていた『炎の魔石』を取り出した。
これを浴槽の底ではなく、配管の途中に組み込む。
イメージは、一般家庭にある「ガス給湯器」だ。
純水が通るパイプの周囲を、炎の魔石の熱で包み込む。水がパイプを通過する一瞬で、適温にまで加熱される仕組みである。
もちろん、温度調整用のバルブ(蛇口)も忘れずに設置した。
「設定温度は、疲れた体に染み渡る四十二度。……スイッチ、オン!」
俺が骨で作ったバルブを捻ると、魔石が赤く発光し始めた。
ジョボボボボボッ!
勢いよく浴槽に注ぎ込まれる、透明なお湯。
湯気が立ち昇ると同時に、香炉樹の木肌が濡れ、ヒノキに似た極上のアロマの香りが周囲いっぱいに広がった。
あふれ出たお湯は、そのままウッドデッキの下の排水溝を通って、自然の地脈へと還っていくシステムだ。
「完成だ……。魔力制御による完全フルオート、源泉(?)かけ流しの極上露天風呂!」
俺は着ていた泥だらけの作業着を脱ぎ捨てた。
掛け湯をして、汗と汚れをしっかりと洗い流す。
そして、大きく息を吸い込み、ヒノキの香りが漂う湯船にゆっくりと足を入れた。
「…………っぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ッ」
思わず、魂の底から絞り出すような声が出た。
四十二度の、絶妙な湯加減。
ハイスライムのろ過膜を通した純水のお湯は、信じられないほどまろやかで、肌に吸い付くように柔らかい。
さらに、お湯の熱で香炉樹から立ち昇るアロマの香りが、肺の奥底まで浄化していくようだ。
「最高だ……。生きてて、よかった……」
ブラック企業時代、何日も会社に泊まり込み、パイプ椅子の上で凍えながら仮眠をとっていた日々。
そんな地獄のような生活が、今は遠い昔のことに思える。
ここは間違いなく、世界で一番ぜいたくな温泉地だ。
『お、おい人間……お主、何をやっているのじゃ? なぜお湯の中でそんなにだらしのない顔を……』
様子を見に来たコア公が、不思議そうな顔でお湯を覗き込んできた。
「コア公、お前も入ってみるか? 最高に気持ちいいぞ」
俺が湯船の端をポンポンと叩くと、コア公は恐る恐る、足先からお湯に浸かった。
『……っ!? な、なんじゃこれはぁぁっ!?』
コア公の体が、ビクンと大きく跳ねた。
『か、体の芯から魔力がジンジンと温められて、力が、抜けて……ふにゃぁぁ……』
ドボンッ。
最恐のダンジョン・コアが、またしても俺のDIY(風呂)によって完全に骨抜きにされ、湯船の縁でスライムのように溶けてしまった。
小さな頭にタオルを乗せ、幸せそうに目を閉じている。
「ははっ、すっかり気に入ったみたいだな」
禍々しい紫色の水晶が光るダンジョンの絶景を眺めながら、極上の露天風呂に肩まで浸かる。
俺の理想とした「究極の癒やし」が、ついにここに形となったのだった。




