第7話 地質調査とスライム式・全自動浄水システム
「安全な居住区と、上質な食料を確保した。衣食住の基盤は整いつつあるな」
俺は完成したばかりのログハウスのウッドデッキに立ち、大きく深呼吸をした。
新鮮で適温に保たれた空気が肺を満たす。ブラック企業時代の、ホコリとタバコと過剰なエナジードリンクの臭いが染み付いたオフィスの空気とは大違いだ。
「だが、人間が真に『文化的で健康的な生活』を送るために、絶対に欠かせないインフラが一つ残っている」
それは——『水』だ。
飲み水としてはもちろん、俺の最大の悲願である『風呂』を作るためには、大量かつ清潔な水が不可欠だった。
徹夜続きで何日も風呂に入れず、会社のトイレの洗面台で冷たい水で顔を洗い、ウェットティッシュで体を拭いて誤魔化すだけ……そんな惨めな社畜生活とは、もう永遠にオサラバしたい。
俺は意を決して、ログハウスの周囲に広がる硬い岩盤の上に立ち、目を閉じた。
そして、意識を地中深くへと潜らせるように【構造把握】のスキルを発動する。
「地質調査開始……」
視界が暗転し、直後に青いワイヤーフレームの立体映像が脳内に展開された。
地表の岩盤層、その下にある粘土層、さらに奥の断層ズレ……。
スキルの力は、まるで一級建築士専用の超高性能な地中レーダーだ。地層の密度や空洞、硬度までが完璧な数値と構造図として可視化される。
「……見えた。地下約三十メートルの地点。強固な岩盤の下に、かなりの水圧を持った地下水脈(帯水層)が走っているな」
俺は水脈の真上にポイントを定めると、手に持った愛用の金槌を高く振り上げた。
狙うは、地下三十メートル。
「ここだっ!」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
俺が岩盤に金槌を打ち込むたび、まるで巨大な重機が大地を砕くような凄まじい衝撃が腕に伝わり、【超速クラフト】の圧倒的な力が発動する。
どれほど硬い岩盤であろうと関係ない。岩の塊がまるで豆腐か粘土のように次々と綺麗な円柱状にくり抜かれ、アイテムボックスへと収納されていく。
通常なら何日もかかる大掛かりな掘削作業が、たった一人の男の金槌によって、ものの数分で完了してしまった。
プシューーーッ!!
水脈に到達した瞬間、凄まじい水圧と共に、澄んだ水が縦穴から勢いよく湧き上がってきた。
「よし、水源の確保は成功だ。だが……」
湧き出た水を手に取り、光に透かして水質を検査(ただの目視だが)する。
「ダメだな。不純物が多すぎる」
わずかに白濁した水。硫黄の成分や、微細な魔力結晶の粉末が混ざっているのがわかる。
このままでは飲用には適さないし、風呂の配管に使えばミネラル成分が固着してすぐに目詰まりを起こしてしまうだろう。
「完璧な『ろ過システム』が必要だな……。フィルターの素材、何かいいものはないか?」
俺が思案していると、くり抜いたばかりの縦穴の底から、ボコボコと異音が聞こえ始めた。
「ん?」
次の瞬間、縦穴から青色の半透明なゼリー状の巨体が、水を押し退けるように這い上がってきた。
体長は優に二メートルを超える。スライムだ。だが、ネットの知識で見た普通のスライムとは魔力の密度が根本的に違う。
『お、おい人間! 気をつけるのじゃ!』
ログハウスのクッションでくつろいでいたコア公が、慌てて飛び出してきた。
『あれは地下水脈に潜む高位魔物、ハイスライムじゃ! セーフゾーンの外とはいえ、水脈を刺激したせいで怒って出てきおったんじゃ!』
「コア公、ちょっと静かにしててくれ。……こいつ、めちゃくちゃ使えるぞ!」
『は?』
俺は怒り狂うハイスライムの生態を【構造把握】で冷静に解析した。
スライムの体組織。それは外部から取り込んだ不純物を体内で分解し、純水だけを排出するという、極めて高度な「半透膜」の役割を果たしている。
「なるほど……。こいつの体液と膜構造は、最高クラスの浄水フィルターと同じ原理で機能しているのか」
ビチャァァッ!
ハイスライムが俺に向かって、岩すら溶かす溶解液の混じった強烈な水鉄砲を放ってきた。
だが、俺はそれを現場作業員の軽快なステップで躱すと、真っ直ぐにハイスライムの懐(?)へと飛び込んだ。
「悪いな。ちょっとお前の『膜』、建材として使わせてもらうぞ」
俺はスライムの核が浮遊している中心部を正確に見極め、金槌で一撃の元に粉砕した。
パァンッ! と弾けるような音と共に、【超速クラフト】による自動解体が発動する。
凶悪なハイスライムは、瞬時に『純水の魔核(小)』と、大量の『超高精度のろ過膜』へと変換された。
「よし、最高のフィルター素材が手に入った。さっそく配管の組み上げだ」
俺は昨日倒した暴風タイガーの余った骨を加工し、頑丈な塩ビ管代わりのパイプを作成。
そのパイプの途中に、スライムの膜を何層にも重ねて組み込み、浸透圧を利用した多段式の浄水フィルターユニットを構築する。
「第一フィルターで大きな魔力結晶やゴミを除去。第二、第三フィルターで硫黄成分や微生物を完全にシャットアウトする」
さらに、動力源として『純水の魔核』をポンプの心臓部に設置した。魔石が自動的に魔力を変換し、強力な水圧を生み出して地下水を絶え間なく吸い上げてくれる。
無電源で稼働する、夢のフルオート浄水システムの完成だ。
キュッ。
俺が骨で作ったバルブ(蛇口)を捻ると。
ゴボッ、という音の後に、勢いよく水が飛び出してきた。
俺はその水をコップに汲み、ゴクリと飲み込む。
「…………っ!」
美味い。
一切の不純物がなく、それでいて口当たりは極限までまろやか。高級なミネラルウォーターすら比較にならない、完全無欠の「超軟水」だ。
「やったぞ……! これで飲み水問題と、生活用水は完全にクリアだ!」
『お、お主……。Aランク相当のハイスライムを、ただの浄水器の部品にしてしまったのか……?』
コア公がドン引きしたような顔で俺を見上げているが、俺の耳には入っていなかった。
俺の頭の中はすでに、次の「究極の癒やし」の設計図でいっぱいだった。
「よしっ! 水道インフラは開通した。次はいよいよ、俺の悲願である『浴槽』の作成だ!」




