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第9話 発光苔のグロウライトと、無農薬の全自動地下菜園

極上のヒノキ風露天風呂から上がり、火照った体を夜風(とはいえダンジョン内の空調の効いた風だが)で冷ます。

白銀の暴風タイガーの毛皮で作ったベッドにゴロンと横たわると、俺は深い幸福感と共に息を吐き出した。


「はぁ〜……極楽だ。人間、やっぱり清潔な体でフカフカの布団に寝るのが一番だな」


ブラック企業時代、ろくに風呂にも入れず、コンビニ弁当の空き箱が散乱するデスクで仮眠をとっていたあの頃。

常に胃はキリキリと痛み、口内炎は治らず、肌はボロボロだった。


「……ん?」


ふと、自分の腹の音を聞いて、俺はある重大な欠陥に気がついた。

水と風呂は確保できた。食料も、最高級のSランク魔獣の燻製肉がある。


「だが……圧倒的に『ビタミン』と『食物繊維』が足りてないぞ」


肉ばかり食べていれば、いずれ栄養が偏って体調を崩す。健康的なスローライフを長く続けるためには、新鮮な『野菜』が必要不可欠だ。


俺はむくりと起き上がると、作業着を羽織ってログハウスの裏手へと向かった。

そこには、少し開けた平坦な岩盤のスペースがある。


「よし、ここにプランターを作ろう」


俺は愛用の金槌を振るい、【超速クラフト】で岩盤を四角くくり抜いて、立派な石造りのプランターをいくつか作成した。

そこに、ダンジョン内に積もっていた魔力を含んだふかふかの土(腐葉土)を敷き詰めていく。


「ふははは! 何を土いじりなどしているのかと思えば……畑じゃと?」


風呂上がりでホカホカと湯気を立てているコア公が、ふよふよと飛んきて俺を鼻で笑った。


「馬鹿め! 農業の基本も知らんのか! ここは地下何千メートルという最下層じゃぞ。植物が育つために絶対に必要な『太陽の光』が、こんなところに届くわけが……」

「コア公。現代の『スマート農業』を舐めないでもらおうか」


ドヤ顔で空を指差すコア公を横目に、俺は周囲の壁に群生している「紫色の発光苔」を両手いっぱいに採取してきた。


「太陽光がないなら、人工的に作ればいいだけだ。『植物育成用LEDグロウライト』の原理でな」

『ぐろう……らいと?』


植物の光合成に最も必要な光の波長は、赤色と青色の二種類だ。

現代の最新鋭の植物工場では、太陽光の代わりにこの赤と青のLEDライトを照射することで、天候に左右されずに野菜を育てている。


俺はこの発光苔の内部を通る魔力回路を、【超速クラフト】の力で微細に書き換えた。

苔が本来持っている発光成分を調整し、放つ光の波長を強制的にコントロールするのだ。


チカッ……。


俺の手の中で、苔が眩い光を放ち始めた。

赤と青の光が絶妙に混ざり合った、妖しくも美しい赤紫色の光。まさに植物工場で使われているグロウライトそのものだ。


「これをプランターの上部に設置して、と。次は水やりだ」


俺は先ほど風呂に繋いだ浄水システムの配管から、細いパイプを分岐させて畑へと引っ張ってきた。

パイプのあちこちにミリ単位の小さな穴を開け、プランターの土の上に這わせる。


「これは『点滴灌漑ドリップ・イリゲーション』っていうシステムだ」


バルブを開くと、極小の穴からポタポタと、水滴が落ち始めた。

土の乾燥具合に合わせて、一定時間ごとに必要な分だけの純水が、自動で植物の根元へと供給される仕組みである。

これで、毎日の面倒な水やり作業から完全に解放される。


「最後に、道中で採取していた『ダンジョンポテト』や『回復ハーブ』の種を植え付けて……よし、完成だ!」


魔法の光と、純度百パーセントの水。そして、ダンジョンの豊かな魔力が溶け込んだ極上の土壌。

驚くべきことに、植えた種は俺が見ている目の前でモコモコと土を押し上げて芽を出し始めた。


「おおっ、すごい成長速度だ……! 魔力と環境の相乗効果か?」


そして翌朝。

俺が畑を見に行くと、そこには青々とした葉を茂らせた立派な野菜たちが、プランターいっぱいに実っていた。


「できた……! 害虫ゼロ、天候に左右されない、完全無農薬の全自動・地下菜園だ!」


俺はさっそく、丸々と太ったもぎたてのダンジョンポテトを収穫した。

それをログハウスに持ち帰り、給湯器(炎の魔石)の熱を利用した即席の蒸し器で、ホクホクにふかしてみる。


パカッと半分に割ると、黄金色に輝く中身から、甘い湯気がふわっと立ち昇った。


「うおっ……! なんだこれ、めちゃくちゃ美味そうじゃないか」


熱々のポテトに、少量の塩を振ってかぶりつく。

ホクホクとした極上の食感と共に、まるで高級な栗のように濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。パサパサ感は一切なく、しっとりとしている。


「うまっ……! コンビニのポテトサラダなんかとは次元が違うぞ!」


『あむっ……!』


俺が感動している横から、猛烈なスピードで伸びてきた小さな手が、ポテトの半分をかっさらっていった。


『な、なんじゃこのホクホクは!? 吾輩のダンジョンに、こんな美味な植物が眠っていたとは……おかわりじゃ! もっと寄越すのじゃ!』

「お前、本当にただの食いしん坊の居候になってきたな……」


完璧な住居、極上のお風呂、そして新鮮な自給自足の野菜。

限界社畜だった俺が、建築士としての知識と規格外のスキルを総動員して作り上げた『究極のインフラ』。

俺の理想としたスローライフの基盤が、ついにここに完成したのだった。

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