第73話:ただの坂道(無動力)と、物理最強の質量弾
アビス最下層の空高くそびえ立つ、巨大なジェットコースターのスタート地点。
ケントがパズル感覚のDIYで組み上げた、先頭が鋭く尖った流線型のトロッコに、四人のテストプレイヤーが乗り込んでいた。
「わぁ〜い! 極楽・地下遊園地のアトラクション第一号、いっきまーす!」
特等席でバンザイするルミナ。その後ろには、前話で涙ぐみながらテスト走行に志願した元・特殊部隊の隊長と、自撮り棒を構えたヤンデレ現場警備員のマリアが鎮座している。
(ああ……ケント様が丹精込めて作ったシート……ケント様の温もりが、私の体を優しく包み込んで……ああっ、尊いっ♡)
マリアはダボダボの作業着姿のまま、シートをすりすり撫で回して重篤な発作を起こしていた。
「よし、安全バーの確認ヨシ! それじゃあ行くぞ」
スタートのレバーを握るケントに対し、隊長が不思議そうに尋ねた。
「親方、このトロッコにはエンジンや魔力炉が積んでないようですが、本当にあの巨大なループを回り切れるんですか?」
「ああ、動力なんて一切必要ない。ただの『坂道』だからな」
ケントはフルーツ牛乳を飲みながら、あくび交じりに呑気な声で種明かしを始めた。
「自転車で急な坂道を下る時、ペダルを漕がなくても勝手にものすごいスピードが出るだろ? あれは『高い場所にある物が、下に落ちようとする力』が、そのまま『前に進むスピード』に変換されているからだ。だが、風がぶつかったり、車輪がギシギシ鳴ったりするとスピードが落ちちまう」
ケントはトロッコのツルツルとした先端をコンコンと叩く。
「だから、先っちょをツンツンに尖らせて、ぶつかる風を上手くナナメに逃がしてるんだ。あとは車輪の隙間に、よく滑る『スライムの油』をたっぷり塗ってあるだけだ。そうすりゃ、氷の上を滑るみたいにツルツル進んで、落ちた勢いのままどこまでも猛スピードですっ飛んでいく。ただの現場の知恵さ」
「エンジンも魔法も使わずに、滑り台の勢いとスライムの油だけで絶叫マシンを成立させてるの!? どんだけ大雑把なエコ設計なのよ!」
現場監督補佐の東雲霞の悲鳴のようなツッコミを合図に、ケントはスタートのレバーを引いた。
ガコンッ!
トロッコが急勾配を滑り落ちる。
「「「うおおおおおおおっ!?」」」
乗客たちの絶叫が轟く。ケントの言う通り、動力ゼロにもかかわらず、風の抵抗を逃がしスライムの油で滑るトロッコは、文字通り『落ちる勢い』だけで新幹線並みのトンデモない猛スピードに達していた。
ケントが計算した安全なループに突入した瞬間、滑らかな遠心力が乗客をシートに押し付ける。まったくムチ打ちの痛みのない、しかし圧倒的なスリル。
「す、すげぇ! 首が痛くないのにスピードがヤバい!! 親方最高ォォッ!!」
隊長が歓喜の声を上げた、その時だった。
『グルルルァァァッ!!』
ループを抜けた先のレール上に、突如としてアビスの岩壁を砕いて『Aランク魔獣・硬化装甲サイ』が乱入してきたのだ。大砲の直撃すら弾き返す、生きた重戦車である。
「ヒィィッ! 親方様ぁぁッ、前方に魔獣(害獣)が!!」
マリアが悲鳴を上げるが、ブレーキなどない。
だが、地上のスタート地点で見守るケントは、マイルドな笑顔のまま親指を立てた。
「そのまま突っ切れ。そんな小石(害虫)くらい、今のトロッコなら問題ない」
ドゴォォォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、大砲を弾くはずのAランク魔獣の体が、ただのトロッコに撥ね飛ばされて文字通り『ただの塵』となって爆散した。
空気抵抗を逃がし、トンデモないスピードを宿した巨大な建材(鉄の塊)は、もはや魔法すら凌駕する最強の物理兵器(質量弾)と化していたのだ。
『は??? 巨大魔獣がワンパンで消し飛んだんだが!?』
『魔法一切なし! ただの高いところから落ちたトロッコの威力www』
『物理(重さとスピード)最強!!』
『Aランク魔獣がただの「轢かれた小石」扱いで草』
ルミナのドローンが映し出した圧倒的蹂躙に、同接500万のコメント欄が大パニックに陥る。
そして、その配信を地上の超高級タワマンから見ていた男――泥水ススルは、手元の高級ワインを派手に吹き出し、震える手で胸をなでおろしていた。
「あ、あぶねぇぇぇっ! 前回は親方の飯が食えなくて後悔したけど、前言撤回だ! あんな『大砲よりエグい質量弾』のテストに駆り出される前に、地上に帰ってきて本当に良かったぁぁっ!!」
ススルは泣き笑いしながら、安全なタワマンの床に崩れ落ちた。
一方、その『無動力の鉄の塊が、巨大魔獣を粉砕して滑らかにループを駆け抜ける映像』は、世界中の防衛機関に同時中継されていた。
「ば、馬鹿な……! あの重さを、ただの坂道と油だけであそこまで加速させ、Aランク魔獣を粉砕するだと!? 彼はいったい何者なんだ……!?」
各国の軍上層部たちが、アビス最下層で展開される『バカバカしい現場の知恵の暴力』を前に、「まさか、あの最強兵器を設計したのはただの建築士だと言うのか……!?」と泡を吹いて驚愕するのだった――!
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