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第69話:おもてなしの暴力と「ヤンデレ警備員」の爆誕

逆さ吊りの罠から「じゃ、危ないから降りな」と無造作にロープを切られ、顔面からアビス特有の魔力ヘドロ(泥)へと落下したスパイチームのリーダー『にゃんこ☆マリア(仮)』。

彼女は先に落ちていた部下たちと共に、泥まみれの無残な姿で呆然としていた。


(……私の本名はシルヴィア。各国の裏社会から恐れられる、冷酷無比なトップエージェントよ。それが、こんな底辺配信者のような無様な姿で……! 絶対に隙を突いて首を……!)

シルヴィアは内心でギリッと唇を噛み、ドロドロの顔で殺気を隠してケントを睨む。


だが、そんな彼女の殺気など微塵も気にしていないケントは、マイルドな笑顔でフカフカのタオルを差し出した。

「ほら、泥だらけじゃないか。身体を冷やしちゃマズいから、まずはあそこの『仮設シャワー』で汚れを落としてきな」


案内されたのは、先ほどケントが建材(特Sランク・ドラゴン)から切り出した『極太の血管』を適当に繋ぎ合わせてパパッと作ったばかりの簡素なシャワールームだった。

(フン……どうせ泥水みたいな冷水が出るんでしょ。私たちを油断させる気ね)


シルヴィアは警戒しながらバルブをひねった。

――シュワァァァァァッ……!

「……ひゃんっ!?」

予想に反し、シャワーヘッドから降り注いだのは、まるで絹のようになめらかで温かい、極上の微細なミストだった。血と硝煙の匂い、そして泥の冷たさが染み付いた彼女の肌を、信じられないほど優しく包み込んでいく。


シャワールームの外では、ケントが首に巻いたタオルで汗を拭いながら、呑気に種明かしをしていた。


「ただの『ドラゴンの血管パイプ』の途中に『風の魔石』を仕込んで、水に空気の泡をたっぷり混ぜてるだけだ。そうすりゃ、水の勢いが増して毛穴の泥までスッキリ落ちるし、肌当たりもふんわり優しくなる。……まあ、疲れた女の肌を痛めつけないための、現場の気遣いってやつさ」


「特Sランク魔獣の血管を、高級ホテルの『マイクロバブルシャワー』に改造したの!? どんだけ美肌に優しい現場よッ!」

現場監督補佐の東雲しののめかすみの的確なツッコミが響く中、シャワールームの中では、シルヴィアと部下たちがそのあまりの気持ちよさに完全に腰を砕き、へたり込んでいた。

(ああっ……泥汚れだけでなく、私のすさんだ心まで洗い流されていく……っ!)


数分後。

極上のシャワーでポカポカに温まり、真新しい作業着(ケントが用意したつなぎ)に身を包んだシルヴィアたちの前に、今度は鉄板でジュージューと音を立てる『Sランク魔獣の極厚ステーキ』と大盛りの白米が出された。


「しっかり食えよ。身体を張る仕事もいいが、安全と健康メシが第一だ」

ケントは一切の裏表がない、無償の優しさがこもった笑顔で笑いかけた。


シルヴィアは震える手でフォークを握り、分厚い肉を口に運ぶ。

……今まで各国の裏社会で血みどろの任務をこなし、口にするのは味のしないレーション(戦闘糧食)だけ。誰も自分を「ただの女の子」として、こんなに優しく甘やかしてくれたことなどなかった。


「あ……うぅ……親方ぁ……っ♡」

ポロポロと、大粒の涙がシルヴィアの頬を伝い落ちる。

世界最強の暗殺者としての冷徹なプライドが、圧倒的なインフラと『おもてなしの暴力』の前に一瞬で完全崩壊し、重すぎる『ガチ恋同担拒否ヤンデレ』へと変異してしまった瞬間だった。


「お、親方ァ! 私たちもこの現場で働かせてくださいッ!!」

隣では、同じくステーキの味に脳を破壊された部下のスパイ二名が、すでに綺麗な土下座を決めて就職を懇願していた。


「おお! 新人、美味いか! 親方のメシは最高だろうが!」

「これ食ったら午後から一緒に土のう運ぼうぜ!」

すっかり気のいい先輩と化した元・エリート兵士の筋肉たちも、彼女たちを暖かく迎え入れている。


『マリアちゃん(暗殺者)泣いちゃったよww』

『親方のホワイト待遇に情緒ぶっ壊されてて草』

『完全に餌付け完了である』

『もうスパイやめて親方のとこで永久就職しな……』

『泥水ススル:いいなぁ! 俺もそのステーキ食いてえ! タワマンの出前より絶対美味いじゃん!!』

『同接500万突破! この現場おもしろすぎるだろww』


ルミナのドローンが映し出すコメント欄が大盛り上がりする中、シルヴィア……いや、『にゃんこ☆マリア』の瞳の中に、これまでの冷酷さとは全く違う、ドス黒く重い『別の狂気』が宿り始めた。


(……この人は、私を人間として扱ってくれた。私を満たしてくれた。……ああ、親方……私の、親方……ッ! 誰にも、渡さない……!)


完全に重度のヤンデレを発症したマリアは、頬を真っ赤に染めながらスッと立ち上がった。

そして、自分の配信カメラをガシッと掴み、全世界のリスナー(と同業のスパイたち)に向けて、狂気じみた重い瞳で堂々と宣言したのだ。


「……全世界のリスナーよ、よく聞きなさい。これより先、親方の睡眠を邪魔する害虫は、この現場警備員『にゃんこ☆マリア』が全て排除する……!! 近づく泥棒猫は、一人残らずミンチよ……♡」


「いや、誰もそんな物騒な警備頼んでないからッ!? っていうか設定どこいったのよ!」


霞の悲鳴のようなツッコミを背に受けて。

アビス最下層の平和な建設現場に、最強の暗殺スキルを無駄遣いする『ヤンデレ現場警備員』が爆誕したのだった。

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