第5話 最恐の管理者は、極上クッションと絶品燻製の虜になる
『ふ、ふんっ! 吾輩たる高位の精神生命体が、人間の食べるような下等で物理的な食事など……あ、あむっ』
精霊の少女は、背後のドラゴンオーラを威厳たっぷりに揺らしながら拒絶しようとした。
しかし、鼻腔をくすぐる燻製の圧倒的な香りの前にあっさりと理性を吹き飛ばされ、差し出された肉の欠片にパクリと齧り付いた。
『——ッ!?!? な、なんじゃこれはぁぁぁっ!?』
その瞬間、精霊の小さな体がポンッと弾けるように発光した。
背後にあった恐ろしいドラゴンのオーラが、一瞬にしてキラキラと輝く星屑のエフェクトに変わる。
『外は香ばしくパリッと! なのに中はトロけるように濃厚でジューシー! 魔獣特有の泥臭さは香木の煙で完全に相殺され、むしろ旨味成分(アミノ酸)が限界まで引き上げられておる……!』
まるでどこかの大御所グルメレポーターのような的確すぎる食レポを叫びながら、精霊は猛烈な勢いで俺の作った肉塊に飛びついた。
小さな両手で肉を抱え込み、ハムハム、もきゅもきゅと、恐ろしいスピードで平らげていく。
「お気に召したようで何よりです。あ、立ち話もなんですし、どうぞ中へ。食後の温かいお茶でも淹れますよ」
俺は精霊をログハウスの中へと案内した。
クレーム対応の基本にして奥義。それは、怒れる相手をまずは「快適な環境」に座らせ、交感神経を鎮めさせることだ。立ったままの交渉は決裂の元である。
『む、人間風情が吾輩を気安くエスコートなど……なんじゃこの空間は!?』
ログハウスに足を踏み入れた瞬間、精霊は目を丸くして宙で固まった。
ダンジョン最下層の過酷な環境とは思えない、風の特大魔石による適温22度の完璧な空調システム。そして、壁一面に施された白銀の毛皮による防音と断熱効果。
「どうぞ、そちらにお掛けください。手狭なところですが、くつろいでいってください」
俺が勧めたのは、部屋の隅に置かれた巨大な白い物体。暴風タイガーの毛皮を何層にも重ねて作った『特製ビーズクッション(魔獣毛皮ver)』だ。
精霊が警戒しつつも、フワリと降り立ち、そのクッションにちょこんと腰を下ろした、その瞬間だった。
『……ふにゃぁぁぁっ』
精霊の口から、先ほどの威厳など微塵もない、だらしのない声が漏れた。
無理もない。あのクッションは、俺が【構造把握】のスキルを用いて、座る者の体圧を極限まで均等に分散するように流体力学的なアプローチで設計した最高傑作だ。
高級ウレタンフォームすら比較にならない極上の弾力。人間だろうが精霊だろうが、座った瞬間に骨抜きにされる「悪魔のクッション」である。
『な、なんじゃこのフカフカは……っ。それに、この部屋の空気……吾輩のダンジョンなのに、硫黄の臭いもしないし、温度が……あたたかい……』
精霊は完全にクッションの虜になり、すりすりと頬ずりしながら溶けていた。
先ほどまで威嚇してきた姿はどこへやら、今の彼女は完全に「居心地のいいカフェを見つけた常連客」の顔になっている。
「あの、先ほどの生態系がどうとかいうお話ですが、俺としては別にこのダンジョンを破壊したいわけじゃなくて……」
『すぅ……すぅ……』
「寝てるし」
食欲を満たされ、完璧な室温と究極のクッションを与えられた結果。
最恐ダンジョンの絶対的な管理者は、あっさりと野生を失い、丸まってスヤスヤと平和な寝息を立て始めてしまった。
俺は淹れたてのインスタントコーヒーをすすりながら、無防備に眠る精霊を見下ろしてニヤリと笑った。
かつて、納期遅れで激怒していた取引先の社長を、完璧なリカバリーと接待で黙らせた時と同じ達成感だ。
「よし。これで『地主』の買収は完了だな」
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(※第7話は15時10分、第10話は22時10分に公開予定です)
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