第4話 近隣住民(?)からの猛烈な苦情
「……っはぁ、よく寝た」
翌朝。俺は暴風タイガーの白銀毛皮で作った特製ベッドの上で、かつてないほどの爽快感と共に目を覚ました。
背伸びをすると、全身の関節がポキポキと心地よい音を立てる。肩こりも、眼精疲労も、慢性的な胃の痛みもすっかり消え去っていた。
「信じられないな。目覚まし時計の不快なアラーム音もなしに、自然に目が覚めるなんて……新人研修の時以来じゃないか?」
ダンジョン最下層という人類未踏の絶望的環境。
しかし、俺にとってここは、終わらない納期も理不尽な上司の怒声も存在しない、完全なる『楽園』だった。
「さて、住環境の基礎が整ったなら、次は『食』の確保だな。腹が減っては現場は回らない」
俺はウッドデッキに腰を下ろし、アイテムボックス——【超速クラフト】で収納した四次元的な空間——から、昨日倒したSランク魔獣『デス・スコーピオン』の巨大なハサミを取り出した。
その硬い甲殻を愛用の金槌でカンッと叩いてパージすると、中からは透き通るような美しい白身肉がゴロリと転がり出てくる。見た目は完全に「超巨大な高級タラバガニの剥き身」だ。
ダンジョン内は気温の変動が少ないとはいえ、ナマモノをそのまま常温で放置するのは衛生工学的に絶対にNGだ。長期保存するための加工が必要不可欠である。
「手っ取り早いのは『燻製』だな。よし、さっそくスモーカー(燻製器)を組むか」
俺は立ち上がり、周囲に転がっている手頃な岩盤に目を向けた。
【構造把握】のスキルが起動し、岩の強度や密度が青いワイヤーフレームとなって視界に浮かび上がる。
ガンッ! ガンッ!
金槌を振るうたび、まるで高性能な電動工具——それこそ、工場で使うような強力なインパクトドライバーでボルトを打ち込むような、ガツンとした確かな手応えが腕に伝わる。
【超速クラフト】の力によって、硬い岩盤は豆腐のように切り出され、規格化されたブロックへと瞬時に成形されていった。
俺はそれらを組み合わせ、高さ1メートルほどの石窯をあっという間に組み上げた。
ただの箱ではない。ポイントは内部の気流計算だ。煙が滞留して酸味が強くなりすぎず、かつ熱が逃げないよう、上部に微小な排気口を設け、下部には空気穴を緻密に配置して熱効率を最適化している。
燻煙材には、その辺に生えていた『香木キノコ(スモークシュルーム)』という、ほのかに桜のチップに似た甘い香りを放つ菌類を乾燥させて使用した。
俺はキャンプ用の小型バーナーで火を熾し、石窯の内部温度を慎重に70度前後に保つ「温燻法」で、サソリの肉をじっくりと燻し始めた。
小一時間もすると、石窯の隙間から、食欲を暴力的に刺激する芳醇な香りが漂い始める。
「うん、完璧な仕上がりだ。表面の水分が適度に飛び、旨味が凝縮されて……」
『——其方かぁぁぁッ!! 吾輩の庭を勝手に荒らし回っておる不届き者は!!』
突如。
俺の背後で、空気がビリビリと震えるような甲高い声が響き渡った。
振り返ると、そこには空間を歪めるほどの圧倒的な魔力を放つ、半透明の存在がフワフワと浮かんでいた。
手のひらサイズの、光り輝く妖精のような少女の姿。
だが、その背後には巨大なドラゴンのような威圧的なオーラが、幻影として渦巻いている。ビリビリとした静電気が周囲の空気を震わせているのがわかった。
「……えっと、どちら様で?」
『吾輩は! この最下層の管理者にして、ダンジョンの核たる精霊! 貴様、昨日からSランクだのAランクだの、吾輩の手駒を勝手に解体しおって……!』
精霊の少女は、小さな両手で腰に手を当て、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。
『しかもなんだそのフザケタ小屋は! 吾輩のダンジョンの禍々しい景観と生態系をなんだと思ってい……クンクンッ?』
怒髪天を衝く勢いで捲し立てていた精霊だったが、途中でピタリと動きを止め、小さな鼻をヒクヒクと動かした。
『な、なんだこの……抗いがたい、暴力的な香りは……?』
精霊の視線が、俺がちょうど石窯から取り出したばかりの「デス・スコーピオンの絶品スモーク」に釘付けになっている。黄金色に輝く表面からは、香ばしい煙と肉汁が滴り落ちていた。
俺は長年のブラック企業での経験——『怒り狂う近隣住民や、激詰めしてくるクライアントの対処法』を瞬時に脳内で検索し、最も最適で論理的なソリューションを導き出した。
「あ、町内会長さんですか。これはどうも、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。引越しそば代わりの粗品なんですが、よろしければ一口、いかがですか?」
俺は一番美味しそうな部位をナイフで切り分け、威嚇する精霊の前にスッと差し出した。




