第130話:慰安旅行への招待と、雪崩れ込む新入社員
「ひぃぃっ! ま、またヤバいモンスターの大群ですぅー!」
ルミナがドローンカメラを構えたまま、マリアの背中に隠れて悲鳴を上げる。
迷宮の最深部。そこには全身に刃を纏う『殺戮の鎧騎士』や、四つ腕の『狂乱オーガ』たちがひしめき合っていた。
セリスやリーゼロッテも、圧倒的な数の暴力に息を呑む。
だが。
「……困ったな」
土煙の先に見えたのは、血に飢えた狂戦士の群れではなかった。
ボロボロの武器を杖代わりにし、過労でガタガタと膝を震わせる魔物たち。
目の下には真っ黒なクマが刻まれ、鎧の隙間からは悲鳴のような荒い息が聞こえてくる。
(……はぁ。どいつもこいつもしっかり休めてないじゃないか。こんな劣悪な環境に休憩所一つ作らないなんて)
ケントは呆れ果て、足元に転がっていた迷宮の瓦礫を愛用の金槌で軽く叩いた。
カンッ!
《『無限地獄の瓦礫』を『超高反発・癒やしのクッション材(S級建材)』へ変換・取得しました》
「ヨシ。とりあえず仮眠用のマットは確保したぞ」
ケントはインベントリから、大量の紙の束を取り出した。
そして、怯える魔物たちの群れの中へズカズカと歩み寄っていく。
「おい、人間! 我らは主に忠誠を誓う――ひぃっ!?」
狂乱オーガが威嚇しようとするが、ケントがスッと差し出した『アヴァロンの入浴券&ビュッフェ券(極上焼肉食べ放題)』を見て、言葉を詰まらせた。
「はい、お疲れ様。今からこの現場をリノベーション(環境改善)するから、ホコリが舞って危ないんだ。君たちはうちのリゾートの温泉で休んでて」
「は……? おん、せん……? びゅっふぇ……?」
殺戮の鎧騎士が、信じられないものを見る目で入浴券を受け取る。
「もちろん、費用はうちが持つよ。他ダンジョンの応援に来てくれた職人への、ささやかな保養所の提供だからね」
魔物たちが顔を見合わせ、後方に鎮座する巨大な移動リゾート『アヴァロン』へ視線を向けた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……ふにゃぁぁっ! 極上の湯加減でしゅぅぅ……炭酸泉が、疲弊した鱗の隙間に染み渡りましゅぅ……」
頭に小さなタオルを乗せ、だらしない声を出して露天風呂に浸かっている巨大な影。
姉コアの最強の鉾であるはずの『漆黒の過労竜』だった。
横では、コア公が「うむ! 湯上がりのフルーツ牛乳は最高なのじゃ!」と竜の背中でくつろいでいる。
「か、過労竜様!? 400年無休で働いていたあの最強の竜様が、あんなに幸せそうな顔をして……!」
「お、おい見ろ! あっちでは肉が山のように焼かれてるぞ!」
「うそだろ……休憩時間があるのか!? 飯が食えるのか!?」
魔物たちの手に握られていたボロボロの武器が、次々と床にポロリ、と落ちていく。
「あそこは天国だ!」
「俺も寝返るぞ!」
「この現場なんかもう知るかぁぁっ!」
ドドドドドッ!!
雪崩を打って、アヴァロンへと駆け出していく魔物たち。
長年のブラック労働で洗脳されていたはずの軍団が、美味しいご飯と温泉の誘惑の前に、数秒で瓦解した。
『敵軍が全員転職してて草』
『福利厚生の暴力www』
『もう誰も戦う気ないの最高すぎる』
『過労竜の入浴シーンで耐えられなかったww』
『おっさんのリクルート戦略、エグすぎだろ』
「親方。新規採用者の受け入れ準備、完了しました。全員に週休二日の労働契約書を配布済みです」
霞がタブレット端末をスワイプしながら、淡々と報告する。
「よしよし。これで現場の風通しも良くなったな。さて、あとは元請け(姉コア)に直接挨拶しに行こうか」
ケントはマイルドな笑顔で、誰もいなくなった迷宮の奥深くを睨みつけた。
一方、その頃。
裏アビスの最深部にある、冷え切ったコントロールルーム。
「な、なんだこれは……」
姉コアが、メインモニターを前にガタガタと震えていた。
画面に表示されていた『自軍の兵力(従業員数)』のグラフが、滝のように垂直落下し、ついに『ゼロ』を表示している。
「私の……恐怖で縛り付けた完璧なシステムが……たかが飯と温泉で……ッ!」
ギリギリと、奥歯から血が滲むほど食いしばる。
何百年もかけて築き上げた絶対的な支配。
それが、たった一人の作業着姿のおっさんの『福利厚生』によって、根底から粉砕された。
全てを失った絶望。
そして、プライドを完全にへし折られた狂気。
「……許さない」
姉コアの瞳から、理性の光が完全に消え失せる。
「許さない許さない許さないッ! こんな屈辱を味わうくらいなら……ッ!」
フラフラと立ち上がり、コントロールパネルの奥底に隠されていた、禍々しい赤いボタンへと手を伸ばす。
「こうなれば、アビス全体を自爆(倒産)させてやるぅぅ!」




