第125話:越境する毒沼と、隣人(姉)の不法投棄
ジュージューと、厚切り肉から香ばしい脂が弾ける音。
ダンジョン最下層・アビスに広がるアヴァロンの芝生エリアでは、賑やかなBBQが続いていた。
ルミナやマリアたちが、黄金色のタレが絡んだ肉を頬張って幸せそうな顔をしている。
『出張明けのBBQ最高かよ』
『おっさんの飯テロは深夜に効くww』
『セリスも完全に餌付けされてて草』
平和すぎる現場の休憩時間。
地面が、突如として不気味な音を立ててドロドロと溶け始めた。
「ひぃぃっ!? け、ケントさん、あっちから変な泥が流れてきますぅーっ!」
ルミナが手羽先を咥えたまま絶叫する。
アビスの奥地の闇から、触れたものを全て腐らせる『死の瘴気』が、ヘドロのような毒沼となって芝生へと押し寄せていた。
「ひぃぃ……あ、あのオーラ、ただの魔物じゃありません……!」
セリスが顔面を蒼白にし、リーゼロッテも怯えて後ずさりする。
すべてを飲み込む、絶望の濁流。
だが。
「……困ったな」
ケントはマイルドな笑顔を崩さず、少しだけ困ったように眉を下げた。
空間に青いワイヤーフレームの『マップ』を展開する。
(おいおい、完全にうちの敷地境界線を越えてるぞ)
迫り来る死の毒沼。
ケントはインベントリから、愛用の『金槌』をスッと抜き放った。
「みんな、ちょっと肉を焦がさないように見ててね。すぐ片付けるから」
ケントは毒沼の先端までスッと歩み寄ると、波打つヘドロに向かって優しく金槌を振り下ろした。
コンッ……。
《『死の瘴気(猛毒ヘドロ)』を『高純度アスファルト乳剤(S級舗装材)』へ変換・取得しました》
「ヨシ、これで液漏れはストップ。あとは物理的にせき止めるぞ」
インベントリから特大の『コンクリートパネル』と『境界杭』を取り出す。
ハンマー1本で、芝生の境界線に沿って凄まじい速度で杭を打ち込んでいった。
カンッ! カンッ! カンッ!!
あっという間に、強固な壁が完成する。
ドロドロと押し寄せていた毒沼は、見事にピタリとせき止められた。
「はい、防液堤の設置完了。念のため『高性能・空気清浄機』も置いておくね」
ケントが手回しでファンを設置すると、強烈な腐臭が瞬時に吸い込まれ、爽やかなマイナスイオンの風が吹き抜けた。
「……ふにゃぁぁっ♡ 猛毒の臭いが、リゾートのヒノキの香りに……肺が浄化されましゅぅ……」
絶望していたセリスたちが、一瞬でだらしない声を出して芝生に寝転がる。
『死の瘴気をコンクリでせき止めるなww』
『またただの土木工事で解決してるwww』
『毒沼をアスファルトに変えてて草』
『不法投棄への対応がプロすぎるww』
「親方。悪臭防止法および廃棄物処理法違反です。悪質な隣人には厳重な抗議が必要ですね」
背後から霞の氷のような声が響いた。
「そうだね。現場監督として、きっちりクレームを入れてくるよ」
ケントはバインダーを片手に、擁壁の向こう側――アビスの奥地へと視線を向けた。
そこに、音もなく一人の影が浮かび上がる。
幼い少女の姿をした妖精。
肩の上で震えている『コア公』と瓜二つの容姿。
だが、その身に纏う冷酷で高圧的なオーラは、コア公の比ではなかった。
「……私の毒沼を、妙な板でせき止めるとは生意気な」
絶対零度の声。
アビスの暗闇を支配する、双子の姉『姉コア』だった。
「アビスは全て私のもの。お前たちのリゾートも吸収してやる」
冷酷に笑う最強のラスボス。
圧倒的なプレッシャーが場を支配した、その瞬間。
ケントの後ろに隠れたコア公が、頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ひぃぃ! 人間、あれ吾輩の超絶厳しい姉上なのじゃぁぁ!」
『ええええ!? コア公に姉ちゃんいたの!?』
『双子キタコレ! しかもめっちゃ強そうww』
『妹(コア公)が完全に親方の後ろに隠れてて草』
『ラスボス姉VSクレーム対応ww』
『おっさんの前に新たな厄介クレーマー襲来!?』
死の瘴気をコンクリで防ぎ、マイナスイオンで現場の空気を浄化した一級建築士。
しかし、境界線の向こう側に現れたのは、すっかりポンコツ化した妹(コア公)の惨状にブチギレる、アビス最強の地権者(お姉ちゃん)だった――!




