第120話:転職と拠点大改造、そして男のロマン
分厚い『雇用契約書』には、震える手で「セリス・フォン・アーデライト」という達筆な署名が書き込まれていた。
「はい、これで正式に君もうちの従業員だ」
「 お、親方様ぁ……一生ついていきましゅぅ……」
極上の玉子焼きで胃袋を掴まれ、ホワイトな労働条件で完全に骨抜きにされた神々の元・代行者。
セリスは契約書を抱きしめ、だらしない顔でウッドデッキにへたり込んでいる。
『チョロインがまた一人ww』
『神の使い、秒でホワイト企業の社畜に』
『おっさんの福利厚生は神の洗脳をも凌駕する』
(悪徳業者に使い潰されるだけの人生なんて、まっぴらごめんだからね。現場の士気は、適切な待遇から生まれるんだ)
「あの、親方様。私からのせめてもの忠誠の証として、これを受け取ってください」
セリスが両手を差し出す。
彼女の体を覆っていた、黄金に輝く不可視のバリア。かつての管理者(元・神々)によって編まれた『絶対装甲』だった。
(おっ。こいつは軽量で強度も抜群、おまけに関節部の可動域を広げるのにうってつけの素材じゃないか)
ケントは愛用の金槌をスッと取り出し、その黄金のオーラを軽く叩いた。
コンッ!
《『神の絶対装甲(概念)』を『超軽量・可変式オリハルコン合金(S級建材)』へ変換・取得しました》
青いワイヤーフレームの図面が、ケントの網膜に展開される。
一級建築士の血が、静かに、しかし激しく沸き立っていた。
(この強度と伸縮性があれば、アレが作れる。ずっとウズウズしてたんだ。男に生まれたからには、やっぱり『変形機構』のロマンは外せないだろ!)
「ちょっとみんな、安全な場所に避難してて。今からアヴァロンの増築工事(大改造)を始めるから」
ケントの目が、完全に『仕事モード』のそれに切り替わる。
ギャギュイィィィンッ!!
バチバチバチッ!!
アヴァロンの土台となる巨大な鉄骨に、凄まじい勢いでボルトを打ち込み、火花を散らして可変式合金を溶接していく。
「うおおおっ! 親方様の手元が速すぎて見えないでしゅ!」
「な、なんという複雑な設計……! 私の計算領域でも処理しきれません……っ」
セリスとリーゼロッテが、火花を散らして躍動するおっさんの背中を食い入るように見つめている。
極上スパリゾートだったアヴァロンの各所に、太い油圧シリンダーと関節パーツが次々と組み込まれていった。
「ヨシ、配管チェック完了! 動力接続!」
ケントは運転席に飛び乗り、メインレバーを力強く引き下げた。
ガシャンッ!
プシュゥゥゥゥッ!!
圧縮された油圧が一気に解放される音。
次の瞬間、横に平べったかった巨大リゾートホテル『アヴァロン』の土台が真っ二つに割れ、巨大な『脚部』となって大地を踏みしめた。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
折りたたまれていた外壁が多関節リンク機構によって次々と展開し、スパ施設の屋根が胸部装甲へとスライドする。
温泉の湯気をエフェクトのように噴き出しながら、巨大な人型城塞へと『変形』を遂げた。
「ひゃああああっ!? リゾートホテルが、ロボットになりましたぁぁーっ!」
ルミナがドローンカメラを限界まで引き、巨大ロボを映し出しながら絶叫する。
「うおおお! 素晴らしいのじゃ! 男のロマンなのじゃ!」
コア公が目を輝かせてロボの肩の上で跳ね回る。
『キタアアアアアアア!』
『勇者シリーズのノリwww』
『ホテルが変形して二足歩行は草』
『温泉付き巨大ロボとかロマンの塊すぎるww』
『親方のDIY、ついにここまで来たか』
『……ザァッ。親方、また無駄な機能拡張ですか。燃費が悪くなるだけだと、何度言えばわかるんですか』
インカム越しに、霞の氷のようなツッコミが響く。
「いやいやエリート君、これは高所作業用の『可動式足場』だよ。これなら空の上の現場にも手が届くからね」
マイルドな笑顔で言い訳をする一級建築士。
その時だった。
黄金に輝いていた空が、突如として禍々しい赤黒い色に染め上げられる。
バリバリバリッ!!
空間そのものがガラスのようにひび割れ、空の彼方から無機質で機械的な『システム音声』が響き渡った。
『――警告。代行者セリスの所有権移行を確認。防衛プロトコルを作動。これより本区画(世界)の自動フォーマット(更地化)を開始します』
『うわああああ!? 世界が終わるアラート鳴ってるぞ!!』
『フォーマット(更地化)ってヤバすぎだろww』
『おっさん! 現場(世界)が取り壊されちゃう!!』
かつての管理者(元・神々)が放置していった、迷惑すぎる自動解体システムがいよいよ牙を剥く。
だが、完成したばかりの「巨大ロボ(可動式足場)」の運転席に座る一級建築士のおっさんにとって、それは「勝手な地上げ屋の嫌がらせ」程度にしか聞こえていなかった――!




