第119話:脳内の最適化と、極上の玉子焼き
コンッ、コンッ……。
アヴァロンのフカフカなウッドデッキに、リズミカルな打撃音が響く。
ケントはマイルドな笑顔のまま、セリスの頭を愛用の金槌で優しく叩き続けていた。
「あうっ、ひゃんっ……な、何をしている……?」
(神さまの仕込んだダミーデータを消したのはいいけど、ハードディスクの中身が虫食いみたいにバラバラになっちゃってるじゃないか。これじゃあ処理速度が落ちて、すぐにエラーを吐くぞ)
指先で空中のシステム図面を弾く。
断片化して散らかった記憶データたち。
(システムの動作を軽くするには、データを綺麗に並べ直す『最適化』が必須だからね)
コンッ!
最後の一撃を、脳天のツボに軽く落とす。
その瞬間、空中に散らばっていた青いワイヤーフレームのデータ群が、テトリスのようにスシャシャシャッ!と綺麗に整列した。
《『神の残滓』を『超高速・大容量SSD(S級記録媒体)』へ変換・取得しました》
「……あっ」
セリスの瞳から、濁った光が完全に消え去る。
憑き物が落ちたように表情が和らぎ、彼女は呆然と自分の両手を見つめた。
「頭が……嘘みたいに軽い。ずっと視界を覆っていた靄が、綺麗に晴れていく……」
『親方の物理デフラグすげえええ!』
『頭叩いて直すの、昭和のテレビの直し方なんよww』
『またちゃっかりSSDゲットしてるし』
『現場監督の手にかかれば神の使いもパソコン扱いww』
『対象のシステムエラーの解消を確認しました。これで労働基準法違反の洗脳状態からは完全に抜け出せましたね』
インカム越しの霞の声に、ケントは満足げに頷く。
ツールポーチに金槌をしまい、代わりに『携帯用カセットコンロ』と『銅製の卵焼き器』を取り出した。
(さてと。面倒なメンテ作業も終わったし、そろそろ現場の『おやつ休憩』の時間だね。糖分を補給しないと、次の作業に響くから)
ボッ、と青い火が点く。
インベントリから取り出した『黄金コッコの特大卵(S級食材)』をボウルで素早く溶き、熱した銅板へ流し込んだ。
ジューゥゥゥッ!
食欲をそそる甘い香りが、ウッドデッキいっぱいに広がる。
手首のスナップを利かせ、焦げ目をつけずに何層にも素早く巻き上げていく。
魔法の力など一切使わない、ただの職人の圧倒的な手際。
数分後。
湯気を立てる分厚い『極上の玉子焼き』と、淹れたての温かいほうじ茶が、セリスの目の前にコトンと置かれた。
「はい、お疲れ様。頭を使った後は、甘いものを食べて休むといいよ」
「え……?」
セリスは戸惑いながら、湯気を立てる黄金色の塊を見つめる。
神の道具として、ただ命令に従うだけの空っぽの器。
今まで、誰かから『労い』の言葉や、温かい食事を与えられたことなど一度もなかった。
「あ、あの……いいのか……?」
「もちろん。うちの現場は、休憩時間もしっかり確保してるからね」
恐る恐る箸を伸ばし、玉子焼きを一口かじる。
「っ……!」
出汁の深い旨味。
口の中でふわっととろける、暴力的なまでの優しい甘さ。
「おい、しい……なに、これ……あたたかい……」
ポロポロと、大粒の涙がこぼれ落ちる。
偽りの悲劇ではない。彼女自身の心からあふれ出た、本物の涙だった。
『うわぁぁぁん! よかったなぁセリスちゃん!』
『親方のご飯は世界を救う』
『飯テロの時間だああああ!』
『チョロイン予備軍、完全に堕ちる5秒前ww』
隣では、ルミナやリーゼロッテ、コア公たちも「私たちにも玉子焼きくださいぃ!」と口を開けて待機している。
ケントがマイルドに微笑み、泣きじゃくるセリスの頭をポンポンと撫でた。
その大きくて温かい手のひらの感触に。
「……ふにゃぁぁっ♡ 親方様、もう一生ついていきましゅぅ……」
『神の使い、極上の玉子焼きで完全陥落ww』
『ケント建設にまた新たな有能ポンコツAIが就職したぞww』
『もはや神の威厳ゼロで草』
悲劇の過去に縛られていた神の代行者は、一級建築士の物理メンテと甘い玉子焼きによって、ただの幸せな社畜へと生まれ変わった。
最強の移動拠点『アヴァロン』に乗ったケント建設の、規格外の出張作業はまだまだ終わらない――!




