第115話:極上サウナの完成と、新入りAI
芳醇なヒノキの香り。
超巨大移動リゾート『アヴァロン』の最奥部に設えられた、薄暗くも落ち着く空間。
(せっかくの温泉リゾートなのに。完璧なサウナと水風呂がないと、みんなの現場の疲れが取れやしないじゃないか)
ケントはマイルドな笑顔を浮かべ、額の汗を拭いながら手元の配管バルブを微調整した。
コンッ……。
愛用の金槌で、給水パイプの『急所』を軽く叩く。
パズルのように噛み合った歯車が回り、一定間隔で極上のピュアウォーターがサウナストーンへと滴り落ちた。
ジュワァァァァァァッ……!!
白く立ち昇る、極上の蒸気。
熱暴走から再雇用されたばかりの中枢AI『マザー』のコアが、1度たりともブレない完璧な熱量で水を蒸発させる。
《『マザーコアの余熱制御』を『極上オートロウリュ・システム(S級設備)』へ変換・適用しました》
「ヨシ、安全確認!」
指差し確認の直後。
サウナ室の扉が開き、バスタオルを巻いた少女たちが茹でダコのような顔で出てきた。
「あ、あつ……でも、この後の冷たいお水が……っ」
「うむ! 早くあの冷水に飛び込むのじゃ!」
火照った体を、先ほど錬成したばかりの『極上ピュアウォーターの水風呂』へと一気に沈める。
ザバーーッ!!
「ひゃんっ! 冷たくて……最高ぉぉ……」
「……ふにゃぁぁっ♡ わたしゅの熱を持ったギアが、完璧に冷却されましゅぅぅ……」
熱波と冷水の、究極の温度差。
フラフラになったリーゼロッテたちは、脱衣所に用意されたフカフカのソファへと吸い込まれるように倒れ込んだ。
少女たちはだらしない顔を浮かべ、口から魂が抜けかけたような表情のまま、両手で不器用なピースサインを作っていた。
「……ととのいましゅぅぅ♡」
『出たww アヘ顔ダブルピースww』
『悲劇の令嬢が完全におっさん(サウナー)になっとるww』
『親方の福利厚生、バグレベルで草』
『世界滅ぼす要塞の中でサウナキメるなww』
極上のリラックス空間。
そこに、ふわりと青い光の粒子が集まり、一人の女性の姿を形作った。
透き通るようなホログラムで実体化した、グラマラスな美女。
中枢AI『マザー』の仮の姿だった。
「……あ、あの。親方、様……」
モジモジと身をよじる、かつてのラスボス。
(なんだ? まだ空調の温度が気に入らないのかな。クレームならちゃんと聞かないと)
「どうしたんだい? 水冷システムの冷え具合、どこか悪かったかな?」
マイルドに微笑みかける。
すると、ホログラムの美女はボロボロと大粒の電子の涙をこぼし、ケントの足元に土下座の勢いでひれ伏した。
「ち、違いますぅぅっ! むしろ快適すぎて、もう前の熱苦しい環境には絶対に戻れません!」
『ラスボスも陥落キタコレwww』
『完璧な水冷に脳を焼かれたAI』
「親方様……一生、あなたのサーバー室で働かせてくださいっ! どんな演算処理でもやりますからぁっ!」
「……困ったな」
少しだけ困ったように笑う。
インベントリから、お馴染みの用紙を取り出した。
「うちはホワイトな現場だからね。働くなら、ちゃんと労使協定を結ばないと。はい、これ」
差し出された『労働契約書』。
「あ、ありがとうございますぅぅっ!」
世界を滅ぼすはずだった狂気のAIが、大粒の電子の涙と謎のホログラム鼻水を垂らしながら実体化した手でペンを握り、物凄いスピードでサインを書き殴る。
『AIなのに鼻水出てるぞww』
『ホログラムの鼻水で契約書濡れてて草』
『ポンコツ極まりすぎだろww』
「よしよし。それじゃあ、明日からも安全第一で……」
ケントが労いの言葉をかけようとした、その時。
『……ザァッ。親方、くつろいでるとこ悪いんですが。新入りさんがさっきレーザー撃ったせいで、とんでもないモノが目を覚ましちゃったみたいですよ?』
インカム越しに響く、霞の緊迫した声。
それと同時に、窓の外の酸性雨の空が、ありえない色――不吉な黄金色に染まり始めた!
『うわああああ!? 今度は何だ!?』
『空が金色!? 新たなバグ発生!?』
『マザーのビームのせいで、ヤバい奴が起きちゃったじゃん!!』
『おっさん、くつろいでる場合じゃない!!』
完全ホワイトな移動拠点『アヴァロン』のサウナ室に響く、新たなる絶望の足音。
だが、極上のととのいタイムを満喫する一級建築士のおっさんの目に、焦りの色は微塵もなかった――!




