第106話:死のナノマシン・スウォームと、究極のサビ落とし
ザザザザザッ……!
酸性雨が降りしきる、機械都市の深部。
ケントたちは、昨日【超速クラフト】で作ったお揃いの『耐酸性スライムコーティングの現場用カッパ』とケント建設のロゴ入りヘルメットをすっぽりと被り、巨大な歯車の塔を抜けていた。
「うぅ……カッパの中は快適ですけど、前から黒い雲みたいなのが来ますよ!」
透明なフード越しに、ルミナが震える指で前方を示す。
「親方様、下がって! あれは『死のナノマシン・スウォーム』です!」
現場用カッパを着たリーゼロッテが、焦りを隠せず前に飛び出した。
「あらゆる金属や有機物を一瞬で塵に変える、最悪の群れ……触れれば終わりです!」
『うわあああ!』
『終わった……完全な初見殺しトラップじゃん!』
『おっさん、早く逃げて!』
絶望的なミクロの暴走兵器。
全てを食い尽くす死の雲が、けたたましい羽音と共に迫り来る。
「……困ったな」
(せっかく拾った使えそうな鉄屑なのに、表面が赤錆だらけじゃないか。これじゃ建材として使い物にならないな)
ケントは「構造把握」を発動した。
ナノマシンの飛行ルート、風向き、そして周囲に散乱する巨大なスクラップの配置。
すべてが瞬時に計算され、ひとつの「図面」として展開された。
「……大体わかったな」
ケントは愛用のイベントリから、『耐熱ペアガラスのパイプ』を取り出した。
「ケントさん!? なにする気ですか!」
「あんなに元気に飛んでる全自動の研磨砂を、使わない手はないからね」
ケントは笑顔で言い放つ。
(ただのサビ取り作業なら、あいつらに表面処理をやってもらえばいいじゃないか)
「それじゃあ、ちょっと表面を磨かせてもらおうか」
ケントは愛用の金槌を握りしめ、足元にある巨大な鉄板の『急所』に向かって、軽く振り下ろした。
コンッ……。
絶妙な力加減による優しい一撃。
その振動が周囲のスクラップに共鳴し、空気の流れがパズルのように一変する。
「えっ……?」
リーゼロッテが間抜けな声を漏らす。
襲いかかってくるはずのナノマシンの群れが、空気の渦に巻き込まれ、ケントが構えたガラスパイプの中へスルスルと吸い込まれていくではないか。
パイプの先端から、超高圧でナノマシンが噴射される。
ケントはそこに、拾い集めていた赤錆だらけの鉄屑を優しくかざした。
ギャリリリリリッ!!
『え!?』
『おっさん、ナノマシンをホースのノズルみたいに使ってない!?』
『死の兵器がただの研磨機にwww』
「ヨシ、安全確認!」
ケントが現場での指差し確認を済ませた瞬間。
パイプから噴射されたナノマシンが鉄屑のサビだけを完璧に削り落とし、一瞬にしてピカピカの鏡面へと磨き上げた。
《『赤錆の鉄屑』を『鏡面仕上げのステンレス鋼(S級建材)』へ変換・取得しました》
《『ナノマシン群』を『全自動表面処理ツール(A級工具)』へ変換・取得しました》
「ふぅ……これでみんなが安全に使える、綺麗な建材がいっぱい手に入ったよ」
ケントはタオルで手を拭いながら、大量のピカピカな鋼材をインベントリに収納していく。
「あんな恐ろしいスウォームが……ただのサビ落としに……?」
リーゼロッテは、あまりの光景にカッパ姿のまま膝から崩れ落ちた。
『……ザァッ。親方、また世界の常識を破壊してますね。メーカーの保証対象外ですよ』
インカム越しに、霞の呆れた声が響く。
「心配ない、霞。道具は使いようだからな」
「それより、ちょうどいいテーブルが出来たんだ。お茶休憩にしようか」
ケントは出来立てのピカピカのステンレス鋼を優しく組み上げ、即席のカフェテーブルとチェアを錬成し、イベントリから取り出した『耐酸性スライムコーティング』が施された簡易テントを設置した。
そこに、冷たい魔獣ミルクと、昨日揚げた天ぷらの衣で作った甘いラスクを並べる。
「はい、おやつだ。疲れただろうから、甘いものを食べようか」
ケントがマイルドな笑顔で差し出すと、リーゼロッテは恐る恐るラスクをかじった。
サクッ。
「んんっ……!」
上品な甘さとサクサクの食感が、口いっぱいに広がる。
鏡面仕上げの美しいテーブルは肌触りもヒンヤリと心地よく、歩き疲れた体を優しく癒やしてくれた。
「……ふにゃぁぁっ♡ 親方様の福利厚生、最高でしゅぅぅ……っ」
世界の危機をただの研磨作業で終わらせ、甘いおやつまで提供された悲劇の令嬢。
彼女は一瞬にして、ケント建設の極上待遇に完全に屈服し、だらしない声を上げていた。
『ヒロイン、またポンコツ化してるww』
『親方のおやつタイム、最強すぎる』
『もう誰もナノマシンのこと気にしてなくて草』
「おっ、人間! 吾輩にもその甘いヤツをよこすのじゃ!」
「私もいただきます! んん〜っ、美味しい!」
ピカピカのテーブルを囲み、酸性雨の降る機械都市のド真ん中で優雅なティータイムを満喫する少女たち。
その様子を満足げに眺めながら、ケントはインベントリに大量に溜まったステンレス鋼材を確認した。
「よし。これだけ水に強い建材が集まったなら、みんなのために大きなお風呂場が作れるね」
ケントの視線が、都市の中心へと向く。
そこには、生物が触れれば即死する、赤黒く濁った『猛毒の冷却水脈』が轟々と音を立てて流れていた。
「ちょうどいい水場もあるし、ちょっと水道管の工事をしてこようか」
『猛毒の冷却水を風呂にする気かwww』
『おっさんの目には毒の川もただの「水道管」ww』
『親方、それ触ったら即死するやつ!!』
『スーパー配管工事キタコレ!!』
絶望の機械都市の最深部で、一級建築士のおっさんによる常識外れのリフォーム(水道工事)が今、始まろうとしていた――!
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