第104話:暴走機将ザガンの襲来と、完璧なペアガラス
ズドォォォォン……ッ!!
赤黒い空を切り裂き、全高30メートルはあろうかという巨大な鉄塊が降臨した。
全身から黒い蒸気を噴き上げ、無数の砲身を備えた悪夢のような機体。
「ひぃぃっ!? な、なんですかあれ!?」
「ザガン……暴走機将ザガンです! なぜ、こんなところに……っ、逃げて、ケントさん!」
ルミナが腰を抜かし、リーゼロッテが絶望に顔を歪める。
『デカすぎワロタwww』
『終わった……親方のプレハブごと踏み潰されるぞ!』
『逃げろおっさん!!』
圧倒的な質量から放たれる、空気が震えるほどの咆哮。
だが。
「……マズいな」
ケントは額に冷や汗を浮かべた。
機将の巨大さに圧倒されたからではない。
(外の解体工事の音がずいぶん大きいな。これじゃあ近隣住民から騒音クレームが入っちゃうぞ)
ケントの「構造把握」が発動する。
機将が放つ重低音の波長、プレハブの外壁への共振ポイント、そして空気の振動。すべてが瞬時に計算され、ひとつの「図面」として展開された。
「……3秒で十分だ」
ケントは愛用の金槌を手に取り、足元に落ちていた金属片を軽く叩いた。
ガンッ!
《『劣化した機兵の装甲』を『気密用の窓枠サッシ(B級建材)』へ変換・取得しました》
無機質な声と共に素材化されたサッシを掴み、ケントは窓際へと歩み寄る。
この窓は、ただのガラスではない。Sランク魔獣デス・スコーピオンの透明な甲殻を二重に重ねて作った、特注の『防音ペアガラス』だ。
ケントは愛用の『使い込まれた金槌』を取り出し、窓枠の隙間にサッシをコンコンと絶妙な力加減で優しく打ち込むと、スライムパッキンを一瞬で綺麗に圧着させた。
ケントが窓の錠をカチャリと閉めた、その瞬間。
――ピタッ。
プレハブ内から、一切の音が消え去った。
「……えっ?」
リーゼロッテが、間抜けな声を漏らす。
窓の外では、機将ザガンが激怒して大砲を乱射し、大地を割るような咆哮を上げている。
だが、室内にはそよ風ほどの音すら届かない。完全に無音の、静寂の空間が広がっていた。
「ふぅ、これで静かになったな。さ、お茶でも飲もうか」
ケントがインベントリから温かい麦茶と魔獣肉のジャーキーを取り出してテーブルに並べると、ルミナとリーゼロッテはぽかんと口を開けた。
『は?www』
『外で怪獣大決戦やってるのに、室内が無音www』
『おっさんの防音技術バグりすぎだろww』
「おっ、さすが人間。この部屋、外の騒音が全く聞こえないのじゃ!」
「ほんとですね……。あ、このお茶、すっごく美味しい……ふにゃぁぁっ♡」
コア公がふんぞり返ってジャーキーを齧り、ルミナが温かいお茶をすすってだらしない声を上げる。
それを見たリーゼロッテも、恐る恐るお茶を口に運んだ。
「こんな……外にザガンがいるのに……あれ? なんですかこのお茶、香ばしくて……それにこの部屋、すごく落ち着く……ふにゃぁ」
絶望の暴走機将を窓の外に放置したまま、悲劇のヒロインはまたしてもクッションの海へと沈んでいった。
『また堕落してるww』
『ザガン君、完全に窓の外の「景色」扱いで草』
『……ザァッ。親方、外のデカいのが、完全にキレてますよ』
インカム越しに、留守番中の霞が呆れたように報告してくる。
窓の外を見ると、自分を完全に無視されてティータイムを満喫されていることに気づいた機将ザガンが、怒りでカメラアイを明滅させていた。
ヴンッ!!
機将が巨大な高熱の刃を振りかぶり、ケントたちの快適なプレハブに向かって、怒り狂ったように突き立てようとする。
(……困ったな。せっかく建てた新築の現場事務所に、傷をつける気みたいだ)
ケントは温かいマグカップを置き、渋々も現場事務所の椅子から立ち上がった。
「……ちょっと、外の業者に指導してくるか」
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