第103話:記憶の真実と、カスタマーサポート(元・神々)
(……はぁ)
ケントは、淹れたてのコーヒーが入ったチタンマグを片手に、小さくため息をついた。
せっかく完璧なオーバーホールで摩擦ゼロの快楽を提供してやったというのに。
「私が失った記憶……。機将ザガンと刺し違えてでも、私はこの世界を……!」
機械令嬢のリーゼロッテがシーツを強く握りしめ、今にも泣き出しそうな瞳で俯いている。
美少女のシリアスな横顔。
だが、ケントの脳内は完全に「現場監督」のそれになっていた。
(休憩時間に、現場に重い空気を持ち込まれるのが一番困るんだよなぁ。飯が不味くなるじゃないか)
ケントはマグカップをコトリとテーブルに置いた。
「まあ、あんまり思い詰めないほうがいいよ。仕様書が分からないなら、メーカーに直接問い合わせればいいだけだ」
「……え? メーカー、ですか?」
きょとんとするリーゼロッテをよそに、ケントは腰のインカムのスイッチを入れた。
「霞、ちょっといいかな。地下にいるWi-Fiルーター(元・神々)たちに、この世界の仕様について聞いてみてくれないか。リーゼロッテって子の設定なんだけど」
『了解です、親方。少々お待ちを……おいこら元神、ベーコンばっかり食ってないで答えろ』
インカムの向こうから、ドタバタとした騒音と、情けない悲鳴が聞こえてくる。
『お待たせしました。ええと……あー。その子、管理者が人類社会に溶け込ませるために作った『ダミーデータ』だそうです』
「ダミー?」
『はい。あたかも初めからそこに居たかのように忍ばせてただけ、らしいです。機将との戦闘で失った記憶自体、適当に打ち込んだ『偽の記憶(初期設定)』だって言ってました』
「……」
「…………え?」
プレハブ内に、静寂が落ちた。
『ファーwww』
『悲劇のヒロイン(物理)終了のお知らせ』
『神々の設定ガバガバすぎるだろww』
ルミナの配信画面が、怒涛の草で埋め尽くされていく。
リーゼロッテは、あんぐりと口を開けたままフリーズしていた。
「そ、それじゃあ……私が背負っていた、世界を救う悲壮な使命とか、重い過去は……」
「全部、運営のやっつけ仕事だったってことだね。いやぁ、不良品じゃなくてよかったよ」
ケントがホッと胸を撫で下ろしていると、リーゼロッテの肩が小刻みに震え始めた。
絶望で泣き出すか?
そう思った次の瞬間。
「えっ……じゃあ私、もう無理して世界を救う設定とか守らなくていいんですか!?」
リーゼロッテの顔から、シリアスな影が綺麗さっぱり吹き飛んだ。
「ヤッター!! じゃあ、ずっとこのフカフカのベッドでゴロゴロしててもいいんですね!?」
「ふ、ふんっ。人間風情が作ったにしては、ここの居住性は悪くないからな。新入り、吾輩がベッドの正しい使い方を教えてやるのじゃ!」
「はいっ、先輩!」
悲劇の令嬢は数秒でポンコツ化し、コア公と一緒になってクッションの海へとダイブした。
「ふにゃぁぁっ♡」というだらしない声が、プレハブ内に響き渡る。
(ヨシ、現場のメンタルヘルス対策、完了!)
ケントは満足げに頷き、プレハブの扉を開けた。
外は相変わらずの酸性雨だが、足元に手頃な金属塊が転がっている。
「おっ、いい部材が落ちてるじゃないか。ちょっと基礎を補強しておくか」
ケントは愛用の金槌を取り出し、その金属塊を軽く叩いた。
ガンッ!
《『腐食した機兵の重装甲』を『耐酸性コーティングパネル(A級建材)』へ変換・取得しました》
無機質な声と共に、極上の建材がインベントリへ吸い込まれる。
これで、さらに快適な環境が作れそうだ。
「ヨシ、安全確認!」
ケントは現場での指差し確認を済ませ、プレハブに戻ろうとした。
その時だった。
ズドォォォォン……ッ!!
突如、機械都市全体を揺るがすような大地震が起きた。
プレハブの防音ガラス越しでもビリビリと伝わってくるほどの、圧倒的な重低音。
「ひぃっ!? な、なんですか今の音!?」
ルミナが顔面を蒼白にして叫ぶ。
酸性雨の向こう側。鉛色の分厚い雲を切り裂くようにして、全高30メートルはあろうかという巨大な影が姿を現した。
『うわああああ!?』
『ボス降臨キタコレ!!』
『デカすぎるだろ!!』
無数の砲身を備え、全身から黒い蒸気を噴き上げる巨大兵器。
因縁の敵、『暴走機将ザガン』が、赤く光るカメラアイをこちらへと向けて咆哮を上げた!
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