第102話:機械令嬢リーゼロッテと、パズル歯車
酸性雨を完全にシャットアウトする、ピカピカの特大プレハブ仮設所。
【超速クラフト】で組み上げたふかふかのベッドの上で、ボロボロだった機械仕掛けの少女が目を覚ました。
「……ここは?」
「あっ、目が覚めましたか! よかったぁ……」
ルミナがホッと胸をなでおろた。
「ふん、吾輩の温もりに感謝するのじゃな」
コア公も小さな体でふんぞり返る。
少女はギシギシと軋む体を起こし、自らの両手を見つめた。
「私は……そうか。機将ザガンとの激しい戦闘で、すべてを……」
少女の表情が、深い絶望に染まる。
「私の名は、リーゼロッテ。……すみません。私は、過去の記憶を失っているので……」
『うわぁ、重い過去持ちのヒロインだ!』
『記憶喪失……悲劇の令嬢キタコレ』
『おっさん、どうするんだ!?』
リスナーたちが息を呑む中。
ケントが一級建築士としての視点で彼女の『構造』を再確認していた、その時だった。
「……マズいな」
ケントは額に冷や汗を浮かべた。
彼女の悲惨な過去に同情したからではない。
「おいおい。どこの素人があんな欠陥だらけの組み方をしたんだ。あの関節……『基礎』がズレてるじゃないか」
ケントの脳内は完全に「現場監督」のそれになっていた。
ケントの目に、再び青いワイヤーフレームの『設計図』が浮かび上がる。
彼女の肩や肘の構造、重心、力の流れ。すべてが瞬時に計算され、ひとつの「図面」として展開された。
彼女の関節には、複数の歯車がパズルのように噛み合い組み込まれていた。
「……導線は読めた。工期は……10秒で十分だ」
ケントは愛用の金槌を握り締め、ベッドの上のリーゼロッテに近づいた。
そして、彼女の肩の装甲に向かって、無造作に金槌を振り下ろした。
ガンッ! ガンッ!
【超速クラフト】が発動する。
ケントが叩いた部分のチタン装甲が、まるで豆腐のようにスッポリと切り取られ、インベントリ空間へと収納されていく。
《『劣化したチタン装甲』を『高純度の補修用合金(B級建材)』へ変換・取得しました》
「ひゃんっ!? な、なにをするんですか!?」
あっという間に装甲が外され、内部の複雑な機械構造がむき出しになった。
『……ザァッ。親方、初対面の女の子の服(装甲)を勝手にひっぺがすとか、完全に事案ですよ』
腰のインカムから、留守番をしている霞の呆れた声が響く。
「バカ言え、純粋な解体工事だ! それに見てみろ、歯車の組み込み方向が間違ってるじゃないか!」
俺はむき出しになった歯車を指差した。
「……機将ザガンが、私の記憶を……」
「あーもう、過去の話はどうでもいい! 今から特貫工事だ!」
俺はインベントリから、残っていた『スライムの粘液』から精製した特製の潤滑油を取り出した。
そして、自作のスパナで強引に歯車を取り外す。
ギャリリリリッ!!
「ほらよっ!」
ガコンッ! カンッ!!
俺は歯車の溝を金槌で叩いて正しいねじれ方向に調整し直すと、スライム油をたっぷりと塗りたくり、再び関節へと叩き込んだ。
手と顔を油と煤で真っ黒にしながら、全身の関節の噛み合わせを次々と物理的にねじ伏せていく。
「ヨシ、安全確認!」
俺は現場での指差し確認を済ませると、タオルで手を拭った。
リーゼロッテは恐る恐る自分の腕を動かした。
「……え?」
スッ……。
一切の引っ掛かりがない。モーターの熱も綺麗に抜け、重かった体が嘘のように軽くなっている。
「な、なにこれ……。摩擦が……ない……?」
「当たり前だ。想定外の摩耗なんて絶対に許さないんだ」
ケントが自画自賛した仕上がりを見つめると、リーゼロッテの顔がみるみると蕩けていった。
「ふにゃぁぁっ♡ わたしゅの体が、羽みたいに軽いれしゅぅぅ……っ」
悲劇の機械令嬢は、一瞬にして摩擦ゼロの快楽に屈服し、クッションの上でだらしない声を上げた。
『悲劇のヒロイン、メンテの快楽で秒で堕落してて草』
『おっさんの前ではシリアスは5分と持たないww』
『スライム油有能すぎだろwww』
ルミナとコア公も「わかる」「こやつのメンテは最高じゃぞ」と深く頷いている。
ふと、リーゼロッテはハッと我に返ったように頭を振った。
いくら体が絶好調になったとはいえ、彼女の背負う宿命が消えたわけではない。
「……はっ! い、いえ、ありがとうございます。でも……」
リーゼロッテはギュッと拳を握りしめ、再び重苦しいシリアスな顔つきになった。
「それでも、私の失われた悲劇の記憶は……取り戻さなくてはならないのです……!」
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