不器用な情念 〜最後の教え〜
1. 祭りの終わり、静寂の始まり
桜の蕾が今にも弾けそうな三月。卒業式を明日に控えたこの夜、盛トワ高校の裏庭には、時代錯誤なほどの熱気が渦巻いていた。
引退する三年生たちを囲んでの、バーベキュー。
誰が呼びかけたわけでもなく、気づけば全校生徒がそこに集まっていた。
「おい、もっと焼けッ! 足りねぇぞ!」「大和先輩、卒業しても遊びに来てくださいよッ!」
怒号のような笑い声の中、獅子堂と阿久津が焼くそばから、大和の隣に座るゆうの皿へ肉が積み上がる。
「ほらゆう、食え食えッ!」「わっ、ありがとう……っ、おいしい」
誰もが笑い、肉を食らい、明日を忘れて穏やかで騒がしい時間を分かち合っていた。
――だが。
宴もたけなわ、腹を空かせた野郎どもが食い散らかし、笑い転げた喧騒が、少しずつ落ち着きを見せ始めた頃。
「……そろそろ、お開きにするか」
誰かのその一言で、会場を包んでいた空気がふっと温度を変えた。
その時、それまで誰よりも健気に笑い、三年生たちをもてなしていたゆうが、急に言葉を失い、俯いた。
「ゆう? どうした」
大和が訝しげに声をかける。するとゆうは、弾かれたように大和の胸へと飛び込んだ。泣き顔を見せまいと、その逞しい胸板に顔を埋め、絞り出すような、か細く拙い声で漏らした。
「……笑顔で、笑顔で見送るって決めてたのに。……ごめんなさい……」
ゆうの肩が激しく震える。そして、人生で一度も我儘を言わずに生きてきた彼が、初めて「自分」を剥き出しにした。
「……大和先輩。卒業、しないでください……行かないで……っ!」
それは理屈を超えた、魂の叫びだった。
2. 永遠の「先輩」
大和は一瞬、困ったように眉を下げた。だがその瞳は、実の弟を見るような深い慈愛に満ちている。
大和は、ゆうの頭を大きな手で包み込み、優しく撫でた。そして、ゆうの目を真っ直ぐに見据えて静かに告げた。
「ごめんな? ……でも、明日が卒業式だからなぁ」
大和は少しだけ照れくさそうに笑い、続けた。
「いいか、ゆう。この前も言ったが、卒業したからって俺たちの関係は何も変わらねぇ。社会に出りゃ、今みたいに毎日顔を合わせることはできねぇかもしれない。……だけどな、お前に何かあった時は、俺がどこに居ようが、いつだって駆けつけてやる。いや、何も無くたっていい。寂しくなったら呼べ。そんだけで、俺は飛んでくる。……いいか、卒業は『さようなら』じゃねぇ。終わりでもねぇ。俺は、死ぬまでお前の先輩なんだよ」
大和は、ゆうの髪を少し乱暴に、けれど最高に温かく掻き回した。
3. 盛トワ魂の継承
大和はゆっくりと顔を上げ、後ろに控えていた下級生たち、獅子堂や阿久津、羽柴たちへと鋭い視線を向けた。その目は、かつて多くの修羅場を潜り抜けてきた、盛トワの頭としての「王の眼」だった。
「いいか、お前らもだ! もし今後、お前らに何かが起きた時……この盛トワに危機が迫った時! その時は、遠慮なく俺たちを頼れ! 呼べ!! 俺たちはどんな時だって、どんな場所からだって、お前らのために駆けつける!」
大和の声が、夜の校舎へと響き渡る。
「俺たちは、お前らがここを卒業した後も……変わらず、お前らの先輩だ」
大和は、一人一人の顔を確かめるように見渡した。
「だから覚えとけ。お前らは死ぬまで、俺たちの大事な後輩だ」
静まり返った裏庭に、大和の低い声だけが響く。
「……それが、俺たち盛トワの先輩の“教え”だ。忘れんな」
4. 慟哭の万歳
沈黙が流れた。
誰もが涙を堪え、大和の言葉を、その魂を胸に刻んでいた。
その静寂を破ったのは、獅子堂だった。彼は腹の底から、絞り出すような怒号に近い声を上げた。
「……今まで、本当にありがとうございました!!」
獅子堂の頬を、大粒の涙が伝う。
それを合図に、阿久津が、羽柴が、そして居並ぶ全ての後輩たちが、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、声を一つにした。
「「「ありがとうございました!!!」」」
その怒号のような感謝の声を聞きながら、大和、そして三年生たちは、瞳に光る涙を拭おうともせず、満足げに、そして最高に誇らしげな笑顔で、自分たちの未来を託す背中を見つめていた。
その夜。
盛トワの校舎には、いつまでも笑い声と泣き声が残響のように残っていた。
そして誰もが、まだ来てほしくないはずの「明日」が、もうすぐそこまで来ていることを知っていた。




