春の息吹 〜永遠の卒業証書~
1. 旅立ちの朝
蕾を膨らませた桜の木々が、春の陽光に透けて輝いている。
盛トワ工業高校、卒業証書授与式。
かつて「地獄の檻」と呼ばれたその校舎は、今日、咆哮のような校歌と、止まらない涙、そして最高に不器用な笑顔に包まれ、ひとつの伝説が、確かにその幕を閉じた。
式典の喧騒が遠ざかり、静寂が戻り始めた放課後。
獅子堂とゆうは、二人きりで屋上に立っていた。
2. 檻の外の、その先へ
春の風が二人の間を吹き抜ける。
獅子堂は無言のまま、一点を見つめて立ち尽くしていた。そのあまりの沈黙に、ゆうは不安そうに彼を見上げる。「……獅子堂くん?」
意を決したように、獅子堂がゆっくりと口を開いた。その声は静かだが、鋼のような決意を秘めていた。
「ゆう。……お前がここを卒業したら、海外へ行こう」
「え……?」
呆気にとられるゆうに、獅子堂は一歩踏み出し、その手を強く握りしめた。
「今の日本には、パートナーシップという形はある。……けれど、籍を入れ、名実ともに『本当の夫婦』になることはまだ難しい。俺は、お前を誰にも文句を言わせない俺の『家族』にしたいんだ。……ゆう。結婚を前提に、俺と付き合ってほしい」
緊張でわずかに震える獅子堂の声。ゆうの瞳に、熱いものが溜まっていく。溢れ出した涙を拭うことも忘れて、ゆうは大きく、何度も頷いた。
「……うんっ……。はい……!」
感極まった獅子堂は、ゆうを壊れ物を扱うように優しく、けれど二度と離さないという意志を込めて、強く抱きしめた。
3. 約束の口づけ
抱擁を解き、獅子堂はゆうの濡れた頬に手を添えた。
「……キス、してもいいか?」
ゆうは恥ずかしそうに顔を赤らめ、けれど力強く、こくん! と頷いた。緊張のあまり、ギュッ! と目を瞑る姿が、獅子堂には愛おしくてたまらなかった。
獅子堂は、まずその緊張を解きほぐすように、おでこへ、頬へ、そして耳へと、じゃれるような優しいキスを落としていく。
「……くすぐったい、ですよ……」
ゆうがクスクスと笑い、強張っていた体がふっと緩んだその瞬間。
獅子堂は、吸い込まれるようにゆうの唇に触れた。
初めてのゆうが苦しくないよう、息継ぎを計算しながら、小鳥が触れるような口づけを、何度も、何度も繰り返す。時折、慈しむように深い熱を込め、また緊張し始めたと思えば、じゃれるような優しいキスで安心させる。
「息は……鼻でするんだぞ」
そんな教えを説く必要もないほどに。今はただ、ゆうがこの世界で一番の幸福を感じられるよう、獅子堂はひたすら純粋な愛だけを、その唇から送り続けた。
4. 盛トワ流の「お邪魔虫」
……ガチャリ。
屋上の入り口から、何やら不穏な物音が聞こえてきた。
「おい、まだかよ? なげぇよ!」
「まさかあいつ、こんな公衆の面前でおっぱじめてんじゃねぇだろうな!」
「うわ! 押すな! 押すなよ阿久津!」
勢いよく扉が開き、なだれ込んできたのは阿久津、羽柴、そして今日が主役のはずの大和率いる三年生一同だった。
「お前ら! 邪魔するな!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ獅子堂。だが、大和は鼻で笑いながら胸を張った。
「うるせぇ! 俺は今日、学校の主役だぞ! いつまでゆうを独占してやがる!」
睨み合う獅子堂と大和。その間に、羽柴が呆れたように割って入る。
「いい加減にしてください。集合写真を撮るんでしょう?」
その一言で、その場の空気が一気に和らいだ。
真ん中に照れ笑いのゆう。その両端で、互いに火花を散らしながら睨み合う獅子堂と大和。その後ろで大笑いする阿久津と、やれやれと首を振る羽柴。
「ほら、全員寄れ!」
後輩の一人が慌ててカメラを構える。
シャッターが切られたその瞬間、全員の顔には、この上なく輝かしい「家族」の笑顔が咲き誇っていた。
5. エピローグ:そして、新しい春へ
また一つ、季節が巡った。
盛トワの校門には、満開の桜が降り注いでいる。
ゆうの部屋の机の上。
以前は、亡くなった両親の写真が一枚だけ置かれた寂しい場所だった。
だが今は違う。
そこには、あの屋上で撮った写真、佐藤弁護士と笑い合う写真、仲間たちと泥だらけになって笑う写真……。溢れんばかりの笑顔が、亡き両親の遺影に寄り添うように並んでいる。
「……行ってきます!」
ゆうは写真の二人に、弾けるような笑顔で告げた。
今日から二年生。
以前のような孤独な子羊ではなく、背中を預けられる仲間、そして何より大切な、帰りたい場所へと、ゆうは力強く走り出す。
桜は散るために咲くのではない。
誰かの新しい春を祝福するために咲く。
あの日、守られることしかできなかった一人の少年は、多くの人に愛され、多くの人に支えられ、「帰る場所」を見つけた。
だが、それは物語の終わりではない。
本当の始まりだった。
いつか、誰かが絶望の淵に立った時。 今度は、この少年がその手を差し伸べる番になる。
守られる側だった子羊は、やがて誰かを守るために牙を持つ。
それが、誰よりも優しい獅子になることなど、この春の日にはまだ誰も知らなかった。
第1章 完
To Be Continued...




