雨上がりの晩餐 〜愛の産声〜
鍋の湯気の向こうで笑うみんなを見ながら、佐藤弁護士はふと、遠い日の親友を思い出していた。
誰かを守りたいと願い、誰かの孤独に手を伸ばし続けた男。
……だからきっと、あいつは恋をして、家族を作ったのだ。
1. 運命の出会い
「……りなちゃん。君のお母さんと出会ったのは、高校に入ってすぐのことだった」
佐藤は鍋の湯気を見つめながら、昨日のことのように語り始めた。
「俺たちは別の高校に進んだけど、相変わらずしょっちゅう会ってた。ある日、いつものように連んでた時だ。数人の不良に絡まれている女の子がいたんだ。俺は『またかよ……』なんて思いながら、重い腰を上げて助けに行こうとしたんだが……」
佐藤はそこで少しだけ目を細め、笑った。
「俺が動くより早く、瀬戸が飛び出してた。『やめろ!』って叫びながら、不良の一人を突き飛ばしちまいやがって。おいおい、マジかよ……って肝を冷やしたよ。案の定、不良が『なんだテメェ!』と手を挙げた。そこを俺が割り込んで、そいつを掴んで投げ飛ばしたんだ。……その時助けた女の子が、りなちゃんだった」
すると、その話を聞いていた大和が、ニヤニヤしながら隣の獅子堂に肘鉄を食らわせた。
「考えるより先に助けに行っちまう、か。……まるで、どっかの誰かさんそっくりだねぇ(笑)」
周りの生徒たちも、生暖かい目で獅子堂を見つめる。獅子堂は居心地が悪そうに視線を逸らしたが、ゆうは不思議そうに「?」とキョトンとした顔をしていた。佐藤はそのゆうの純粋な瞳を見て、(本当に……この純粋さは、瀬戸そっくりだ)と胸を熱くしていた。
2. 「大丈夫」のバトン
「りなちゃんは友達と遊びに来てはぐれちまって、困ってたんだと。見た目がこんなヤンキー丸出しの俺にも、あいつは臆することなくニコニコと、屈託のない笑顔で『ありがとう!』って言ってくれた。……瀬戸は、その瞬間に一目惚れしたみたいだったな」
それからしばらくして、瀬戸が珍しく神妙な顔で佐藤に相談してきたという。
「『僕……りなちゃんのことが好きなんだ。どうしよう……』ってな。何を今更! 知ってるわ! と思ったよ。普段は俺が頼りっぱなしの癖に、その時はあいつの方が『どうすればいい!?』ってパニックになってやがった」
瀬戸は自信なさげに、佐藤にこう漏らした。
「『結局、りなちゃんを助けたのも佐藤だったし、僕はカッコ悪かったよ』って。だから俺は言ってやったんだ。……『何言ってんだ! 俺が動くより先に助けに行ったのはお前だ。りなちゃん言ってたぞ、カッコよかったって! 大丈夫だ!』」
佐藤は少し照れくさそうに笑った。
「いつもあいつが俺に言ってた『大丈夫』を、そのまま返してやったんだよ。……それからは、3人で色んな所へ行った。初デートにまで付き合わされた時には、流石に勘弁してくれって思ったけどな(笑)」
3. 家族の始まり
季節は巡り、彼らが高校を卒業してすぐのこと。瀬戸とりなちゃんが、いつもの雰囲気とは違う、どこか決意を秘めた表情で佐藤の元を訪れた。
「『俺たち……家族を作るんだ』。最初は何を言ってるのか分からなかった。だが、瀬戸はりなちゃんの手をぎゅっと握りながら、慈愛に満ちた、けれど少し緊張した顔でこう言ったんだ」
瀬戸は真っ直ぐに佐藤を見つめ、そして静かに告げた。
「『実はな、りなのお腹の中には、俺たちの子供がいるんだ』」
佐藤はそこで言葉を切り、目の前にいる、自分を見つめる「その子」の瞳をじっと見つめ返した。
「……それがな、ゆうくん。君なんだよ」
4. 溢れる愛と、繋がる絆
その場の時が止まった。ゆうの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「俺は……本当に、本当に嬉しかった。家族のいなかった瀬戸と、家族に恵まれなかったりなちゃん。二人が、自分たちで幸せな家庭を築こうとしていることが、誇らしかった。……涙が止まらなくなっちまってな。瀬戸の野郎、
『何泣いてんだよ(笑)』なんて笑いやがって。俺は……『うるせー! 泣いてねぇ……おめでとう……』って、声を絞り出すのが精一杯だったよ」
ゆうはもう、声を上げて泣いていた。その涙は、長い間彼を縛り付けていた「孤独」という呪いが解けていく音だった。
「ゆう……聞いたか」
獅子堂が、震えるゆうの肩を抱き寄せ、耳元で静かに、けれど強く言った。
「お前は、望まれて産まれてきたんだ。お前の存在そのものが、お父さんとお母さんにとっての最高に幸せな『答え』だったんだよ」
阿久津も目元を真っ赤にしながら、ぶっきらぼうにゆうの頭を撫でる。
「んだよ、最高じゃねえか……。ゆう、お前はな、お父さんたちが命懸けで作りたかった『家族』そのものなんだ。胸張れよ」
羽柴が優しく微笑みながら、ハンカチを差し出す。
「ゆうくん。あなたがここにいることが、どれほど尊い奇跡か……。ご両親の愛は、今もあなたの心の中で、そして私たちの中で生き続けています」
大和が、大きな手でゆうの涙を拭った。
「ゆう。お前はもう、一人じゃない。お前のお父さんとお母さんが、命懸けで守りたかったものは、今度は俺たちが一生かけて守り抜く。……分かったな?」
居残っていた生徒たちも、みんな涙を堪えながら、温かな拍手と「おめでとう」「良かったな、ゆうくん」という言葉を投げかける。
「ゆうくん。君は、間違いなく世界で一番望まれて、愛されて産まれてきた。君という存在が、瀬戸とりなちゃんに、何よりも大きな幸せを運んできたんだよ。……ありがとうな、生まれてきてくれて」
佐藤の言葉が、夜の静寂に溶けていく。
ゆうは、みんなの温もりの中で、初めて本当の意味で「自分」を許し、愛することができた。
窓の外の夜空には、雨上がりの澄んだ星々が、まるでご両親の眼差しのように優しく、彼らを見守っていた。




