雨上がりの晩餐 ~最悪の出会いと、最高の親友~
1. 「……お父さんも、盛トワだったの!?」
鍋を囲む空気は、いつの間にか涙よりも笑い声の方が多くなっていた。
獅子堂は、空になりかけたゆうの器に気付くと、当たり前のように肉や野菜を取り分けていく。
「ほら。今日は色々ありすぎたんだ。ちゃんと食え」
「あ……うん!」
その隣では阿久津が豪快に笑い、大和が追加の具材を放り込み、羽柴が呆れたように「入れすぎです」とため息をついている。
そんな光景を見渡していた佐藤弁護士が、不意に小さく笑った。
「……不思議なもんだな」
「え?」
「瀬戸の周りも、昔からこんな空気だったんだよ。気付けば人が集まって、笑ってて……気付けば、誰も独りじゃなくなってる」
ゆうは、はっと息を呑んだ。
写真の中で笑っていた父。
ビデオの中で、自分を優しく抱き上げていた父。
その人が、“今この場所”と同じ空気の中で生きていたのだと、初めて実感した。
だからこそ、思わず身を乗り出していた。
「……お父さんも、盛トワだったの!?」
ゆうが、身を乗り出すようにして佐藤弁護士を見つめた。その瞳には、今まで知ることのなかった「父」という男の輪郭を、一欠片も聞き逃したくないという切実な願いが宿っている。
佐藤弁護士は、こらえきれないといった様子で吹き出した。
「瀬戸が!? まさか! あいつは筋金入りの優等生だぜ。偏差値なんて、俺とは雲泥の差だ!」
その場にいた獅子堂や阿久津、居残っていた生徒たちからも「ええっ!?」と驚愕の声が上がる。伝説のOBの親友なら、さぞかし名の知れた不良だったのだろうと思い込んでいた一同にとって、それはあまりにも意外な事実だった。
「……瀬戸とは、中学に入った時に知り合ったんだ。これは、ヤンキーと優等生。本来、あいまみれるはずのなかった二人が『親友』になるまでのお話だ……」
佐藤弁護士は湯気の向こうに、あの眩しかった日々を映し出すように、静かに言葉を紡ぎ始めた。
2. 最悪の出会いと、衝撃の「嘘」
「ガキの頃の俺は、目つきが悪くてな。中学に上がる頃には、目に入るもの全てが敵だと思ってた。俺はこのまま一人で、どっかで野垂れ死ぬんだろうって、本気で思ってたんだ。……そんな時、瀬戸と会った。俺が最も嫌いな優等生タイプだったよ」
だがある日、俺は上級生5、6人に呼び出されてな。ボコボコにされて、もうダメだと思った時……『お巡りさん! こっちです!!』って声が響いたんだ。
その声にビビった上級生たちは、慌てて逃げ出していきやがった。そこへひょっこり現れたのが、瀬戸だった。
「『大丈夫? 家近いから手当てしよう!』って手を差し伸べてきやがった俺は、『あっち行けよ! 警察が来るぞ!』って吐き捨てた。そしたらあいつ、なんて言ったと思う? ……『ああ、あれはね、嘘だよ。う・そ(笑)』って、ケラケラ笑いやがったんだ」
俺は心底、面食らっちまったよ。あんな絵に描いたような優等生の瀬戸が、平気な顔をして上級生を相手に『嘘』をつきやがった。そのギャップに、毒気を抜かれちまったんだな。あいつはそのまま、動けない俺を無理やり家まで連れて行きやがった。
3. 「友達になってよ!」
驚いたのは翌日だ。瀬戸は何事もなかったかのように、学校で俺に声をかけてきやがった。
「話しかけんな! お前まで悪く言われるぞ!」と突き放しても、あいつは不思議そうに首を傾げるだけだ。
「『なんで友達に話しかけただけで悪く言われるの? 悪いこと何もしてないよね? 僕も佐藤くんも』って。……いつ友達になったんだよ! って俺が怒鳴ったら、あいつ、『あ! そうか! じゃあ佐藤くん! 僕と友達になってよ!』って笑いやがった」
佐藤弁護士はゆうたちの顔を真っ直ぐに見据えて、震えるような熱を込めた。
「……バカじゃねえの、と口では返した。けどな、ゆう。あの時の俺に、正面から向き合って『友達になってよ』なんて言ってくる奴は、世界中に一人もいなかったんだ。……それでも、住む世界が違うんだって、自分に言い聞かせてたんだ。そう思っていたんだ。あの頃まではな……」
4. 新聞配達の親友と、罪悪感
ある日の夕方だ。母親と大喧嘩して『うるせー! クソババア!』と家を飛び出した俺は、運悪く自転車に乗った瀬戸と出くわしちまった。無視して通り過ぎようとする俺に、後ろからあいつが言ったんだ。
『もう少しで新聞配達終わるから、そしたら話聞くから。すぐそこの公園で待ってて』
公園で合流し、俺は母親への愚痴をぶちまけた。俺なんかほっとけばいいんだって、荒れた言葉を吐き散らした。……だが、あいつはこう言ったんだ。
『そっか。佐藤くんはお母さんのことが大好きなんだね。……羨ましいな』
「……あいつの両親はずっと前に亡くなってて、今は祖母さんと二人暮らし。生活のために新聞配達をしてるんだと、あいつは笑って話した。……俺は、血の気が引く思いだったよ。両親のいないあいつに、俺はなんて幼稚な愚痴を……。あいつの境遇も知らず、最悪なことをしたと、消え入りたいほどの罪悪感に襲われた。……だが、あいつは俺の目を見て言ったんだ」
『佐藤くんのお父さんもお母さんも生きてるんだよね? それなら、思ってることちゃんと話せばいいんだよ。大丈夫だよ!』
5. 友情の証明と、盛トワへの門
「それからは、あいつと俺はいつも一緒にいるようになった。周りに何を言われても、あいつは気にせず、俺のことを『親友だ』と言い切ってくれたんだ。」
進路の時期、瀬戸は新聞配達を続けながら有名な進学校へ進んだ。凄い奴だよ、あいつは。自分の足で人生を切り拓いてやがった。……俺は『高校なんてつまらねえ』と中卒で働くつもりだったが、もう少しあいつと同じ景色を見てみたいと思っちまったんだな。
「けど、素行の悪かった俺に行ける学校なんてどこにもなくて、『高校には行かない』って吐き捨てたら、あいつに本気で怒鳴られたよ」
『やる前から諦めるな! 勉強なら僕が教えるよ! きっと大丈夫だよ!』
「不思議と、あいつの『大丈夫』は、本当に大丈夫な気がしてくるんだ。……俺はその足で両親に初めて頭を下げた。『高校に行かせてください』ってな。それからは瀬戸による地獄の日々だ。まあ、結局入れたのはお前たちの盛トワ工業だけだったんだが……合格通知が届いた時、あいつは自分の時以上に喜んでくれた。……そして俺はここに入って、さらにたくさんの大事なもんと出会えたんだ」
佐藤弁護士はそこで言葉を切ると、キョトンとしているゆうを優しく見つめ、次に射抜くような鋭い視線を獅子堂に向けた。
「……ゆうくんの場合、仲間以上の『物』も、手に入れたみたいだけどね?」
「っ……!?」
獅子堂は不意を突かれて慌てて視線を逸らし、ゆうは不思議そうに首を傾げている。
鍋の湯気が、みんなの温かな笑い声を包み込んでいく。瀬戸が繋いだ絆が、時を経て、今ここで新しい形になろうとしていた。




