時を越えた抱擁と、愛の証明
1. 砂嵐の向こう、疑いようのない未来
ガチャン、という重厚な駆動音とともに、画面に砂嵐が走る。「ついた……!」と阿久津が固唾を呑んで見守る中、画面に映し出されたのは——。
「ちゃんと撮れてるー??」
画面いっぱいに映る、若かりし頃の佐藤弁護士のドアップ顔。
「それ、お前の顔しか入ってないんじゃないか?」「あ! ほんとだ!! わりーわりー(笑)」
朗らかな笑い声とともにカメラが引き、そこには優しそうなお母さんと、快活そうな笑顔のお父さんの姿があった。二人はお母さんの胸に抱かれた、生まれたばかりの赤ちゃん——ゆうくんを、慈愛に満ちた目で見つめていた。
「でも、なんでいきなりビデオレターなんだよ!?」
若い頃の佐藤が不思議そうに尋ねると、お父さんが誇らしげに笑った。
「大きくなったこの子と一緒に、これを見たいんだ。……そうだな、高校生になって、色々思い出が出来たくらいがいいな。」
「もう少しで二年生に上がる時がいいわ! ゆうくんも優しくて思いやりのある先輩になるわね、きっと」
お母さんが楽しそうに未来を語る。その声には、自分たちが隣にいて一緒に笑い合っている未来への、一片の疑いもなかった。
「その時は佐藤! お前も一緒にいてくれよな!」
「なんでだよ(笑)」
照れくさそうな若い佐藤の声。現在の佐藤弁護士は、その光景を真っ直ぐに見つめ、こみ上げる感情を押し殺すように「ふっ」と、静かな笑みを浮かべた。
2. 時を越えたメッセージ
やがて、二人は改めてカメラを真っ直ぐに見つめた。
「ゆうくん! 高校入学おめでとう!」
「ついでに佐藤も弁護士おめでとう(笑)」
「ついでかよ(笑)」
お父さんが、画面越しに未来の息子へ語りかける。
「学校は慣れたかな? お友達はできたかな? お父さんもお母さんも、学生時代に大事なものを沢山手に入れたんだ。だからお前も、今、沢山思い出を作ってることだと思う。」
「……もう少しで2年生だね! 優しくて思いやりのある先輩になってね!」
続いて、お母さんが慈しむような声を重ねた。
「でも、どうしても辛くて苦しくて、それが誰にも説明出来なくて辛い時は、周りを見て。そこには、あなたを心配してる目しかないから。あなたの味方しかいないから。だからその時は怖がらないで、自分の思いを伝えて良いんだよ!」
お母さんは最後、祈るように微笑んだ。
「願わくば、その時も一番に隣にいるのがパパ、ママならいいのだけど……」
二人は最後、最高の笑顔で声を揃えた。
「ゆうくん……愛してる」
画面が暗くなり、静寂が戻った。
3. 溢れ出した本音と、男たちの涙
ゆうくんの目からは、大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。
「……怖かったの……っ」
ゆうくんが、震える声で初めて本音を漏らした。
「大和先輩が、卒業しちゃう……」
その言葉に、大和の肩がビクッと跳ねた。
「……そしたら今度は、獅子堂くん、阿久津さん、羽柴さん……みんな居なくなっちゃう。ここの家も、いつまで居られるかって考えちゃって……。みんなあんなに心配してくれてたのに、上手く答えられなくて、ごめんなさい……っ」
拙い言葉で、泣きながら吐き出された、ゆうくんの「幸せゆえの恐怖」。
それを見ていた男たちの瞳からも、こらえきれない涙が溢れ出していた。
獅子堂は、ゆうくんの手を握ったまま、顔を伏せて肩を震わせている。阿久津は子供のように袖で目を拭い、羽柴は眼鏡を外して静かに涙を流していた。大和もまた、天井を仰ぎながら、熱いものが頬を伝うのを止められなかった。
「バカ野郎……! 居なくなるわけねぇだろ!」阿久津が、泣き笑いのような顔でゆうくんを抱き寄せた。
「卒業したって、俺らはずっと一緒だ! お前の飯は、一生俺が作ってやる!」
「……計算外ですよ」
羽柴が掠れた声で告げる。
「僕たちが、あなたという唯一無二の存在を手放すはずがない。僕たちは、家族なんですから」
獅子堂が、ゆうくんの震える手を、両手で力強く包み込んだ。
「ゆう。……両親が言った通りだ。周りりを見てみろ。ここに、お前を傷つける奴なんて一人もいない。お前が望むなら、この場所は永遠だ」
大和も、鼻をすすりながら、不器用な手つきでゆうくんの頭を撫でた。
「……ったく、俺が卒業したくらいで泣いてんじゃねぇよ。呼び出せばいつでも来る。俺たちの絆は、ずっと強ぇんだぞ」
4. 伝説のOBの涙と、家族の夜明け
その光景を、誰よりも深く、誰よりも静かに見届けていた佐藤弁護士は、窓の外を仰ぎ、そっと眼鏡を外した。
(……瀬戸、お前の言ってた『大事なもの』……ゆうくんはちゃんと手に入れてたぞ。お前らが果たせなかった『隣にいる』という役目、この熱苦しいガキどもが、代わりに一生背負っていくらしい)
佐藤の目には、堪えきれなかった涙が溢れていた。親友との約束。そして、親友の息子が「独り」でなくなったことへの、魂からの安堵。
「……ふっ、全く。盛トワの連中は、いつの時代も青臭くて敵わんな」
佐藤がそう呟いたとき、厚い雲が完全に晴れ、リビングには祝福のような月明かりが差し込んだ。
ゆうくんは、獅子堂たちの温もりに包まれながら、初めて「明日」が来ることを怖いと思わずに、泣き笑いの顔で頷いた。
愛されている。
守られている。
もう、何も怖くない。
窓の外では、いつの間にか雨が上がり、雲の間から微かな星の光が差し込み始めていた。




