氷解の夜 〜慟哭の雨と、再会の温もり〜
1. 崩れ落ちた最強の男
もぬけの殻となった部屋で、獅子堂は立ち尽くしていた。
開け放たれた窓から吹き込む風が、カーテンをバタバタと鳴らし、彼の頬を冷たく打つ。
「……俺が……追い詰めたのか」
拳を血が滲むほど握りしめ、獅子堂の肩が小刻みに震える。守るべきものを守れなかった、その事実が、最強の男を内側から崩壊させていた。
「頭! ぼーっとしてる暇ねぇっす! ゆうくん、こんな寒い中……!」
阿久津の声で、獅子堂は弾かれたように顔を上げた。
「……ああ。……全校生徒に伝えろ。一刻も早く、ゆうを見つけ出すんだ」
前回の「拉致事件」の時の、あの燃え上がるような怒りとは違う。
今の彼らを支配しているのは、身を切るような「恐怖」だった。
自分たちが愛した「笑顔」が、自分たちの手からこぼれ落ちてしまったことへの、底知れない恐怖。
2. 灰色の追跡
外は、いつの間にか小雨が降り始めていた。
「ゆうさん!」「ゆうくん、どこっすか!」
盛トワ工業の生徒たちが、早朝の街に散っていく。
だが、ゆうの行方は一向に掴めない。
「……どこだ。……どこにいる、ゆう」
獅子堂は、冷たい雨に打たれながら、無我夢中で街を駆け抜けた。
ゆうくんアンテナは壊れたのではない。獅子堂の心が、ゆうの「消えたい」という震える願いと共鳴しすぎて、逆に場所を特定できなくなっていたのだ。
3. 古びた公園の片隅
雨は、いつしか視界を遮るほどの豪雨へと変わっていた。
街灯の下、獅子堂の足が、ふと一箇所で止まった。
そこは、街の隅にある古びた、今は誰も使わないような小さな公園。
ブランコの影、雨に打たれてずぶ濡れになり、小さく丸まっている影を見つけた。
泥だらけのリュックを胸に抱え、ご両親の写真と、みんなとお揃いのキーホルダーを、冷たくなった指で握りしめている。
「…………ゆう」
獅子堂は、吸い込まれるように歩み寄った。
驚かせないように、けれど、消えてしまわないように。
世界で一番優しく、その名前を呼んだ。
4. 再会の抱擁
ゆうはゆっくりと顔を上げた。
前髪から滴る雨水が、大粒の涙と混ざり合って頬を伝っている。
「……し、しどう、くん……」
声にならない嗚咽。ゆうは、もう隠すことも、微笑むこともできなかった。
ただ、震える体で、自分を追いかけてきた獅子堂を見つめることしかできない。
獅子堂は、何も言わずにゆうをその大きな腕で包み込んだ。
泥に汚れ、氷のように冷え切ったゆうの体を、自分の体温すべてを分け与えるように、強く、強く抱き締めた。
「……すまない。……もういい、もういいんだ、ゆう」
獅子堂の熱い涙が、ゆうの首筋に落ちる。
「……怖かったな。……独りにして、すまなかった」
ゆうは、獅子堂の濡れた胸元に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
理由も、未来への不安も、今はまだ何も解決していない。
けれど、この熱い鼓動だけが、自分がまだここにいていいのだと、初めて教えてくれた気がした。
獅子堂は、ゆうを抱き上げたまま立ち上がった。
「……帰ろう。……俺たちの、家に」
豪雨の中、獅子堂はゆうを離さず、ゆっくりと歩き出す。
その背中には、もう二度とこの手を離さないという、獅子の覚悟が刻まれていた。




