二月の微熱 〜天使の翳りと、揺れる守護者たち〜
1. 溶け残る雪、曇る瞳
2月半ば。校庭の隅に積み上げられた雪が、春の気配に抗うように黒ずんで固まっている。
休み時間、いつものように部室のソファに座るゆうの隣には、大きな紙袋を抱えた大和先輩がいた。
「ほら、ゆう。これ、はなが『ゆうおにいちゃんに』って描いた絵だ。あと、これ…差し入れの美味そうなたい焼き。食うか?」
大和先輩の声は、いつも通り豪快で優しい。けれど、差し出されたたい焼きを、ゆうはぼんやりと見つめるだけだった。
「……あ、大和先輩。ありがとう。……でも、ごめんなさい。なんだか、いま、あんまり……」
「……。……そうか。じゃあ、後で温め直して食えよ。無理すんな」
大和先輩が、大きな手でゆうの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。その手は少し震えているようにも見えた。大和先輩自身も、迫りくる「その時」を前に、ゆうへの接し方に迷い、いつも以上に過保護になっていた。
2. 広がる波紋
「……。……」
羽柴が、無言でゆうの食べ残した弁当を見つめ、静かに蓋を閉じる。その横で、阿久津が髪を掻きむしり、やり場のない拳を自分の膝に叩きつけていた。
「……クソッ。何なら食えるんだよ……っ。ゆうくん、どんどん細くなって……」
「阿久津、静かにしろ。ゆうに聞こえる」
獅子堂の声も、かつてないほど低く沈んでいる。
クラスメイトや、廊下ですれ違う他学年の先輩たちまでもが、ゆうの顔色を伺っては「おい、ゆうくん大丈夫か?」「獅子堂さん、ゆうくんに何かあったんすか」と、殺気立つほどの心配を向けている。学校全体が、一人の少年の異変に、息を呑むようにして揺れていた。
3. 名前のない痛み
ゆうは、自分がなぜこんなに苦しいのか、説明する言葉を持っていなかった。
ただ、カレンダーの数字がめくられるたび、足元がふわふわと浮き上がるような、恐ろしい感覚に陥る。
「……ゆう。……水でも飲むか?」
獅子堂が、そっとゆうの背中に手を添える。
「……ありがとう、獅子堂くん。……大丈夫だよ。……ごめんね、みんなに心配かけて」
ゆうは、必死に「いつもの自分」を取り繕って笑ってみせる。けれど、その指先は、はなちゃんに貰った折り紙の指輪を、無意識に何度もなぞっていた。
喉の奥が詰まったようで、水さえもうまく飲み込めない。
理由が分かれば、泣いて縋ることもできたかもしれない。けれど、この胸を刺す正体不明の不安を、ゆうは自分自身でもどう扱うべきか分からず、ただ静かに耐えることしかできなかった。
4. 誰も知る由もなかった
放課後、夕焼けに染まる廊下。
ゆうの足取りはどこか危うく、隣を歩く獅子堂の影に、今にも吸い込まれてしまいそうだった。
この時、獅子堂も、大和も、阿久津も羽柴も、まだ気づいていなかった。
ゆうの心がすでに限界を迎え、その瞳に宿る光が、今にも消え入ろうとしていることに。
そして、この日の夜を境に、ゆうが一口の食事さえ受け付けなくなることも。
彼らがゆうを救おうと必死に円卓を囲むその裏で、天使が音もなくその巣から消えてしまうことも——。
この時の彼らには、知る由もなかったのである。




