獅子の揺り籠と、黄金色の朝
1. 静寂の目覚め
深い、深い闇の中から引き上げられるように、ゆうは目を覚ました。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた染みのついた天井ではなく、淡い金色の光を湛えた高い天井。そこには、重厚な刺繍が施された天蓋がゆったりと垂れ下がっている。
「……ん……っ、……ここは……?」
あまりにふかふかな羽毛の感触に戸惑い、体を起こそうとした瞬間、指先がひんやりとしたシルクのシーツを滑った。
部屋は、かつての四畳半がいくつ入るか分からないほど広く、窓の外には手入れの行き届いた日本庭園が、朝霧の中に美しく広がっている。
「……動くな。まだ寝ていろ」
隣で、静かに本を閉じる音がした。
そこにいたのは、制服を脱ぎ、家元の嫡男らしい気品ある着流し姿の獅子堂だった。その瞳には、昨夜の修羅のような光はなく、ただ深く、静かな慈愛だけが宿っている。
「……ししどう、くん……。ぼく、……夢を見てるの?」
「……。夢ではない。ここは俺の家だ。もう、誰もお前を脅かすものはいない」
2. 言葉のない「愛」と、修復された絆
ゆうがふと、枕元の黒檀のサイドテーブルに目をやると、そこには見覚えのある、けれど見違えるほど綺麗なものが置かれていた。
「……あ……っ!!」
思わず息を呑む。それは、あのアパートで無残に踏み砕かれ、ガラスが散乱していたはずの「両親の写真立て」だった。
銀の枠は、指紋一つなく磨き上げられ、新しいガラスの向こうで、ご両親が以前よりも鮮明に笑っている。
獅子堂は、ゆうが震える手でそれを手に取るのを、黙って見守っていた。
「……これ、ししどうくんが……?」
「……。お前にとって、一番大切なものだろう。……二度と、壊させはしない」
獅子堂は多くを語らなかった。けれど、その指先に残る小さな絆創膏が、彼が自ら破片を拾い集め、どれほどの想いでこれを元に戻したかを、朝の静寂の中で無言に物語っていた。
3. 阿久津の朝食と、確かな安らぎ
(コンコン、と控えめな、けれど勢いのあるノック)
「失礼するっす! ゆうくん、お目覚めっすか!?」
ワゴンを押して入ってきたのは、不似合いなほど大きなエプロンをつけた阿久津だった。
「ゆうくん! 獅子堂さんの家の広い台所、借りて作ったっすよ。特製の出汁粥! 昨夜の今日だし、これくらいが一番腹に優しいからな。さあ、冷めないうちに食べて元気出すっす!」
阿久津が手際よくお盆をセットする。漂ってくる優しい出汁の香りは、かつてゆうくんの家で阿久津が作ってくれた、あの安心する味そのものだった。
「阿久津、声が大きいうえに、張り切りすぎだ。……ゆうくん、気分はどうですか? 着替えはこちらに用意してあります」
羽柴もまた、ゆうの体調を気遣う眼鏡の奥に、確かな安堵の光を滲ませていた。
「……阿久津くん、羽柴くん……。みんな、ありがとう……」
ゆうの目に、じわりと涙が浮かぶ。
かつて親戚たちに「金食い虫」と罵られ、一人で耐えてきた朝。
今は、自分のために料理を作り、自分のために奔走し、隣でじっと守ってくれる仲間がいる。
「……ゆう。……もう、一人で怯える必要はない。……心が落ち着くまで、ずっとここにいろ。俺が、お前のすべてを守る」
獅子堂は、ゆうの涙を指先でそっと拭うと、その小さな肩を引き寄せた。
孤独だった過去を塗り替えるような、温かな朝。
それは、獅子堂家という巨大な聖域で、ゆうくんが「自分を大切にしてくれる人たち」に囲まれて過ごす、再生の時間の始まりだった。




