闇に沈む天使と、静かなる守護者の咆哮
1. 蹂躙される静寂
廃工場の奥、冷たい床。ゆうは縛られ、恐怖のあまり声も出せず、ただ大きな瞳に涙を溜めてガタガタと震えていた。
黒蓮高校の残党と、下品な笑いを浮かべる半グレたちが、ゆうを囲んで品定めするように眺めている。
「……へぇ、こいつが獅子堂の宝か。……確かに、男にしとくには勿体ねぇツラしてやがる」
一人の男が、震えるゆうの服の襟元に手をかけ、ゆっくりと指先を滑らせた。
「獅子堂に返す前に……少しだけ、俺たちで味見させてもらおうぜ。……泣き叫んでも誰も来ねぇよ、ここはな」
男の汚い手がゆうの肌に触れようとした、その時。ゆうは恐怖でぎゅっと目を閉じ、心の中でただ一人の名前を叫んだ。
2. 怒りの濁流
ドンッ!!
重い鉄扉が、ひしゃげるような音を立てて吹き飛んだ。
光を背負って現れたのは、もはや怒りの温度さえ感じさせない、静かに燃える獅子堂だった。その後ろには、殺気立った阿久津と、冷徹な羽柴、そして巨木のようにそびえ立つ大和先輩が控えている。
「……てめぇら。……その汚い手を、今すぐゆうから離せ」
獅子堂の声は低く、地鳴りのように響いた。
「おらぁッ! 覚悟はできてんだろうな、クズ共!! ゆうを怖がらせた罪、体で払ってもらうぞ!!」
阿久津が怒号を上げ、敵の集団へ突っ込む。
「羽柴、大和さん……。あとは任せた。……こいつらには、二度とゆうに近づく気力が起きないよう、徹底的に叩き伏せておけ」
獅子堂はそれだけ言い捨てると、乱闘が始まるよりも早く、一直線にゆうの元へ駆け寄った。
3. 世界を「遮断」する腕
獅子堂は、ゆうを盾にしようとする輩さえも一瞬の隙を与えず昏倒させると、すぐさまゆうを抱き寄せた。
「……ゆう! 怖かったな……、もう大丈夫だ」
獅子堂はゆうの縄を解くと、自分の大きな掌で、ゆうの耳をぴったりと塞いだ。
背後では、阿久津や大和先輩たちが敵を叩き伏せる激しい音や怒号が響いているが、獅子堂はそれをゆうに一切聞かせないよう、自分の胸の中にゆうの頭を強く、優しく埋めさせた。
「……見なくていい。……何も聞かなくていいんだ。……俺だけを見ていろ」
「……う、……ぅあ……、……ししどう、くん……っ」
恐怖で声が出なかったゆうが、獅子堂の体温に触れた瞬間、堰を切ったように泣きじゃくりながらそのシャツを掴んだ。獅子堂は、ゆうの震えが止まるまで、壊れ物を扱うような手つきでその背中をさすり続けた。
4. 静寂の移送、そして新しい朝へ
阿久津たちが敵を完全に「お片付け」し、あたりに静寂が戻った頃。
極限の緊張から解放されたゆうは、獅子堂の胸の鼓動を聞きながら、安心感と深い疲労に飲み込まれるようにして、静かに意識を手放していた。
獅子堂は、深く眠りについたゆうを「お姫様抱っこ」で抱き上げたまま、一歩も地面に降ろそうとはしなかった。
「……阿久津、羽柴。車を出せ。……家へ帰るぞ」
獅子堂は、誰にもゆうを触らせないという強い意志を宿した瞳で、そのまま迎えの車に乗り込んだ。
狭いアパートでの孤独な夜、震えながら過ごしたあの四畳半は、もう過去のものだ。
獅子堂の腕の中で、安らかな寝息を立てるゆう。
次に彼が目を覚ました時、そこは、これまで見たこともないような豪華な天蓋付きのベッドの上——獅子堂家の巨大な屋敷の中であることを、ゆうはまだ知らない。




