芋を食った勇者たち
町での一週間は、短くも長かった。
戦士の鎧は歪みを直され、刃は研がれた。
賢者は魔力回路の乱れを整え、レンジャーは矢筒を満たした。
休息。補給。再出発。
最前線に戻る準備は、万全――のはずだった。
ただ一つだけ、想定と違う点がある。
分けてもらった食料は、すべて食べ切っていた。
芋のスープ。
焼いたパン。
途中で買い足した干し肉よりも、なぜか印象に残っている。
「……妙だな」
賢者が、ダンジョンの入口で足を止めた。
「どうした」
戦士が振り返る。
「いや、まだ何とも言えない」
言葉を切り、賢者は杖を構えた。
いつも通りの初動。
戦士に向けて、身体強化の魔法を流す。
――その瞬間。
「……?」
戦士が一歩、前に出た。
いつもより踏み込みが深い。
床の石が、わずかに砕けた。
「おい、今の……」
レンジャーが眉をひそめる。
敵影が現れる。
熟練者でも油断すれば命を落とす魔獣。
戦士が斬りかかる。
一撃。
魔獣は、反撃する間もなく倒れた。
静寂。
「……今の威力、こんなだったか?」
戦士が自分の剣を見る。
「私のバフは、いつも通りだ」
賢者は即答した。
「詠唱も配分も、誤差なし」
次の戦闘でも、それは起きた。
防御が、少し硬い。
持久力が、少し長い。
反応が、ほんのわずかに速い。
積み重なっていく「少し」。
「……お前ら、何かしたか?」
レンジャーが言う。
「修理と休息だけだ」
戦士が答える。
賢者は黙っていた。
だが、頭の中では一つの記憶が何度も再生されている。
――あったかい芋のスープ。
――昨日焼いたと言っていたパン。
――畑の匂い。
「……食事だ」
賢者が、低く言った。
二人がこちらを見る。
「町の食事じゃない。
その前……農場でもらった食料だ」
「芋とパン?」
「そんなので?」
賢者は首を横に振った。
「断定はできない。
だが、説明がつかない変化がある」
その日の探索は、予定より深く進んだ。
疲労はある。だが、動ける。
撤退判断の直前、戦士がぽつりと言った。
「……腹は減ってるのに、身体はまだ行ける気がするな」
賢者は答えなかった。
答えが、怖かったからだ。
もし、あの農場の食料が原因だとしたら。
もし、それが意図せぬものだとしたら。
魔境の最前線で、
一人で農場をやっている男。
「……ハル、だったな」
賢者は、心の中で名前を繰り返した。
芋を食っただけのはずの勇者たちは、
確実に、前より前へ進んでいた。
それが偶然なのか。
それとも――必然なのか。
答えは、まだ畑の中にある。




