最前線の勇者たち
魔境の奥に、畑があった。
戦士は最初、それを見間違いだと思った。
岩と瘴気に覆われたこの場所に、整えられた畝があるはずがない。
賢者は杖に体重を預け、魔力の流れを確かめる。
幻術ではない。結界でもない。
ただ、そこに「ある」。
レンジャーが畑の端に立つ木の看板を読んだ。
――ノルム農場。
「……冗談だろ」
「魔王城の手前だぞ、ここ」
三人は顔を見合わせた。
魔王城まで、あと二層。
最前線と呼ばれる地点。
干し肉は一切れ。
保存水は半日分。
賢者の魔力は底をつきかけ、戦士の鎧は継ぎ目が軋んでいる。
進むか、戻るか。
その判断の前に、三人は畑へ足を踏み入れた。
畝の間で、若い男が芋を洗っていた。
足元には、小さな犬が一匹。
「……ここは農場か?」
「うん。ノルム農場」
男は顔を上げ、あっさり答えた。
「主は誰だ」
「ぼくだけど」
戦士は無言で周囲を見回した。
この広さだ。一人で管理しているとは思えない。
「一人で?」
「マメもいるけど」
犬――マメが名前を呼ばれたと分かったのか、尻尾を振った。
レンジャーが低く息を吐く。
敵意はない。
警戒もない。
ただ、ここで“暮らしている”気配だった。
「……食料を分けてもらえないか」
賢者が切り出す。
「朝掘った芋と、昨日焼いたパンならあるよ」
ほどなく、芋のスープが出てきた。
湯気が立ち、土の匂いがする。
三人は言葉少なに食べた。
「……腹に染みるな」
レンジャーが呟く。
「うまい」
戦士が短く言う。
賢者は何も言わなかった。
ただ、椀を持つ手を止め、芋を見つめていた。
食事のあと、ハルは小さな袋を差し出した。
「芋はこれだけ。
パンは三つ。昨日のだけど」
袋は軽い。
多くはない。二日もてば御の字だろう。
「これでいい」
戦士はそう言って、代金を置いた。
金額は、相場より少し多かった。
装備の状態を確認し、三人は引き返すことを決めた。
町で修理し、補給を整え、改めて挑む。
畑の端で、ハルとマメが見送る。
「……助かった」
戦士が振り返って言った。
「うん。気をつけて」
それだけだった。
勇者たちが去ったあと、畑にはまた風が戻った。
分けた食料は、どれも保存のきくものだった。
それが、思っていたよりも長く彼らを支えることになるとは、
この時はまだ、誰も知らなかった。




