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【8/6書籍発売】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第三部

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98/101

98.転生令嬢は愛される花嫁

 婚約のお披露目が終わったあと、私たちはいつもの日常に戻った。


 社交界が終わったといえど、外交官の仕事は終わらない。神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭における巡礼を終えた神官をアニマソラ神樹国へお返ししないといけないし、来年はいよいよ玄蒼国とのやりとりが増えるから、玄蒼国語ができる外交官も増やしたい。私は私で、いよいよ退職に向けた引き継ぎの日々。


 そんな日々の中、ヴィクトルが男爵から子爵へと陞爵した。兼ねてからの予定通り、玄蒼国視察の成果が国王陛下に認められたから。それに伴って生まれた責任は大きいけれど、やりがいがあるとヴィクトルは言っていた。


 私とヴィクトルはそんな風に、なんだかんだと着実に新しい生活へ向けて準備を続けて。


 年が明けた、ゴドーヴィエ・コリツァ暦一四〇一年のある晴れた日。


 エリツィン伯爵領の屋敷で、私たちは結婚式を挙げた。


 純白のウェディングドレスを着て、私はこれまでお父様のものだったエリツィン伯爵家の樹を眺める。神樹飾りをつけられたその樹の隣に植え替えられた、私の小さな神樹にも。今日からこの樹はお父様のものだけではなくて、ヴィクトルのものにもなる。エリツィン家が代々受け継いできた神樹は、お母様や私の小さな神樹に支えられてますます大きく、どっしりと育っていくことでしょう。


「……フェリシア?」

「なんですか」

「緊張している?」


 問いかけられて、隣に立つヴィクトルを見上げる。

 いつだって目で追ってしまう猫っ毛なアッシュグレーの髪。新緑色のリボンでいつもよりきっちりと結ばれている。私の希望で白色を基調とした三つ揃え。新郎然とした姿のヴィクトルが労るように私を見つめていて。


 菫色の瞳を見つめ返せば、彼の視界には純白のウェディングドレスを着た私がめいっぱいに映っていた。


「緊張しますよ。散々、お母様にもエルモライさんにも、このドレスで良いのかと尋ねられましたし……」

「まぁ、白を着るのは社交界デビューをしたばかりの少年少女くらいだからね」


 ヴィクトルの言う通り、ハルウェスタ王国では白いドレスといえば社交界デビューをする少年少女の色。前世ヨーロッパの社交界の伝統に近いこれははたして転生者由来か、白という色の持つ特別性から生まれた必然的な偶然か。そんなことへと想いを馳せつつ。


 どうしても私は、貴族の風習を無視しても、ウェディングドレスは白色が良かった。


「ハルウェスタの、お互いの色を身にまとう風習も素敵なんですけどね。でも、この白い色に籠められた思いは、私にとって特別ですから」


 白いウェディングドレスに憧れた理由。

 それは白色の持つ無垢や純潔という意味が転じて〝何色にも染まる〟と解釈できるから。


「〝あなた色に染めて〟。私は、フェリシアは。ヴィクトル様がいたから、世界が色づいたんですよ?」


 私の好きな菫色。

 この色が、私を広い世界へ連れ出してくれた。


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 柔らかい声に、急に気恥ずかしさが湧いてくる。ちょっと恥ずかしいことを言ってしまった自覚はあるので、そわそわとしてしまう。


 そろそろ私たちの結婚を祝うためし招待客がこの庭にやってくる。教会のようなヴァージン・ロードはないけれど、私の人生はここに植えた小さな神樹が見守ってくれている。過去も、現在も、これからの未来も。


「フェリシア様ー! ご結婚おめでとうございます!」

「ああっ、私が先に言いたかったのに!」


 屋敷のほうから、ノエルとライザの声が聞こえてくる。二人が競い合うように庭へとやってきて、その後ろからは両親を筆頭に、ミシリエ子爵やリリアーヌ、イェオリたち同僚の面々がこちらへとやってくる。


 ヴィクトルが私の耳元へ唇を寄せた。


「いよいよだね。誓いの口上はちゃんと覚えてきたかい?」

「もちろんですとも」

「それは良かった。そうだ、夜も楽しみにしているよ」

「はい? え? 夜ですか?」


 これからいよいよ結婚式だ、というところで意味深なヴィクトルの言葉。楽しみなのはこれからの式ではなく? 夜?


 疑問符を浮かべたものの、すぐにはその意図を察することはできず。


 意味ありげに笑ったヴィクトルの意図に気がついたのは、結婚式が終わってからだった。






 結婚式が終わったあとの夜といえば、そう。

 初夜です。


「これが、ヴィクトル様の選んだ下着……」

「ヘルマプロディートスの最高級下着ですよ、お嬢様……!」


 ひと足早く退場した私は、初夜に向けてカミラにお世話されている真っ最中。入浴の手伝いをしてもらい、いよいよ初夜に見つける寝衣を……という時にお出しされたのが、いわく付きの箱。


 そうです、ヴィクトルが出張の初手でクロワゼット共和国で注文した例の下着です!


 私とカミラは顔を見合わせる。いったいどんな下着が入っているのやら。出てきたものでヴィクトルの性癖が露見するので、生半可な覚悟では見られない。


「お嬢様、開けますよ」


 カミラが化粧箱の蓋を取る。

 中に入っていたのは。


「あら、可愛いらしい」


 カミラが思わずと言ったように感嘆した。

 箱の中身は白いベビードール。

 なるほど、ヴィクトルは清純派女子が好き、と。


「見て、この胸元のリボン」

「お色が旦那様の髪色ですね。リボンの端についている宝石はアメジストですし。しっかりご主張はされていらっしゃいますねぇ」


 うふふ、とカミラが楽しそうに笑っている。

 ウェディングドレスに白色を選んでしまったけれど、寝衣も白。ヴィクトルが私に着てほしい色として選んだのが白だと言うなら、ちょっと嬉しい。赤とかきたらどうしようかと思っていたわ。


 透け感のない生地だから、これならちょっと勇気を出せば着れる。よしよし、とベビードールを持ち上げて、ぎょっとした。


「おぉ……」

「あらまぁ」


 ベビードールの下から出てきたのはアッシュグレーの上品なショーツ。レースとフリルがあしらわれていて、ワンポイントにこちらもアメジスト。


 ごりごりに独占欲の塊のような代物です。


「なんてものを……えっ、これを着るの?」

「着てください。せっかくいただいたんですから」


 カミラに言われてしぶしぶ下着を着用していく。くっ、さすが有名店の下着……っ! 着心地が抜群……!


「うぅ……なんだか急に恥ずかしくなってきた……」

「別にお嬢様だけではありませんよ。奥様だって同じ道を通ってきたはずですから」


 そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいんです!


 カミラとわぁわぁ言い合いながら、夜の仕度を進めていく。念入りに香油を塗り込まれた身体はほのかに花の香りがし、自慢の金髪は艷やかな手触り。さらにはヴィクトル好みの下着を身に着けて……今の私はまさしくお膳立てされている食材の気持ち。


「さて、これでお支度は完了です。あとは寝室でお待ちください。良い朝をお迎えくださいね」

「ありがとう、カミラ」


 ガウンを羽織り、支度部屋から寝室へと移動する。寝室はぼんやりとキャンドルが灯されていて、いかにもといったロマンチックな演出がされていた。使用人たちが気合を入れてくれたのがありありと分かる。


 ちょこんとベッドの端っこに腰掛けてみた。ガウンはそのまま。やっぱりちょっと、恥ずかしいので。


 そわそわしていると、コンコンコンと扉がノックされた。ほんのり扉が開く。


「……フェリシア? 入っても良いかい?」

「ど、どうぞ!」


 ちょっとどもってしまったら、ヴィクトルが笑う気配がした。きぃ……と蝶番の軋む音がして、ゆっくりと寝室に入ってくる。


「そんな端にいなくとも」

「だってぇ……恥ずかしいですもん」


 前世から数えても、こんな機会なかったものですから。初めてなんです。耳年増なので、これから何をするのかを知っているからこそ、そんな堂々と開き直れません。


 ヴィクトルが私の隣に腰を下ろした。衣擦れの音がやけに大きく聞こえて。


「じゃあ緊張しないように少し話そうか。君のこと、全部教えてくれる約束だったしね」

「忘れてました」


 そういえばそんな約束をしていた気がする……! ヴィクトルの買ってきた下着に気を取られていたせいで、すっかり忘れていたわ……!


 そうは言っても。


「何を聞きたいですか? 私のことと言っても、特筆するようなことがいまいち思い浮かばなくて……」

「そうだね……じゃあ、君が集めているあの手記に書くとして、僕に書いてほしいことを教えてもらおうかな」

「む、むむむ」


 難しい要望に、私は腕を組む。書いてほしいこと……。


「とりあえず名前、ですね。水森(みもり)咲千(さち)です。享年二十四歳で……あっ!?」

「どうしたんだい?」

「来年、死んだ歳と同じ年齢になります! つまり来年を生き延びれば私、前世より長生きですよ!?」


 ちょっとした気づきをヴィクトルに共有すれば、彼はびっくりするくらい優しい表情で私を見ていた。柔らかく細められた菫色の瞳に、どきりとする。


「そうか。じゃあ、来年はフェリシアにとって大事な歳になるね」

「そ、そうですね」


 私はそよっと視線を外す。

 話題、話題。次の話題を探してみる。


「えぇと、咲千だった頃の私ですが……趣味は寺社巡りや博物館、資料館に行くことでした」

「ジシャ? ハクブツカン?」

「寺社は教会のようなものです。前世の日本では土着の信仰として八百万の神様と、外来の信仰で仏様というのがいらっしゃいまして……神様を祀るのが神社、仏様を祀るのがお寺で、合わせて寺社と呼ぶんです」


 ぴんとこないのか、ヴィクトルの眉間にわずかにしわが寄る。


「なんとなく分かったけれど、巡るのかい? 信仰対象というのなら、祈りに行くだけだろう?」


 おっしゃる通り、お祈りにも行くんですけど……。


「寺社にはそれぞれの神様や仏様がお住まいなので、そこの由緒書きを読みに行ったり、建築や美術品を見に行ったり、あと御朱印がお目当てでした」

「読む……? ゴシュイン?」

「立て札があるんですよ。神社の成り立ちとか、どんな神様が祀られているのかとか。御朱印は神様や仏様と御縁ができたという証のようなものです。これをたくさん集めたら、死後の世界でご加護がもらえるんですよ」


 私の御朱印帳は満願ではなかったけれど、両親は棺の中にいれてくれただろうか。もっとたくさん、色んなところに行ってみたかったな、なんて。


「学生時代は、日本の歴史について勉強していたんです。卒業するには研究論文を書かないといけなくて。だから私、調べ物はすごく得意なんですよ?」


 私が、咲千が、どんな人だったのか。

 この世界の誰にも話すことはないだろうと思っていたことを、一つずつ、一つずつ、ヴィクトルに伝えていく。


 話しながらも、咲千の人生は今のフェリシアに繋がっているんだなと改めて感じた。大学で学び、身に着けたのに、社会人になって置き去りにしてしまったものたち。私は今、それを拾い上げて、今の人生で活かしてる。


「フェリシアはもともと、そういうものが好きだったんだね。歴史とか、文化とか」

「そうですね。今も好きですよ?」


 神樹ゴドーヴィエ・コリツァとか、神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤとか。転生者探しの合間に、色んな国の文化の本を読んだり。


「この世界もそうですが、前の世界も含めて、私にとって歴史や文化は物語と同じなんです。知れば知るほど、その時々の人たちの息づかいや営みに触れられて、とても楽しいんです」


 転生者探しも、今はそう言った意味合いが強くなっている。


 ヴィクトルと出会う前、私はこの世界で異物のような気がしていた。私だけが持つ日本の記憶のせいで、この世界で馴染めなかった。そこにある日突然、光明が差したの。


 それが異世界のサンドイッチ伯爵の存在。


 それからは、私と同じように転生した人たちがこの世界にどうやって根づいたのかを知ることで、私もこの世界に馴染めたらと思った。


 でも気がついたら、私はもうとっくに、この世界に根づいていたの。


 外交官になってからの日々はとても充実していた。たくさん勉強をして、色んな国へ出かけて文化に触れて、たまに友人とお茶会をして。


 ただの伯爵令嬢だったら得られなかった日々。

 それはヴィクトルが私に差し伸べてくれた手を取ってから、始まった。


「ヴィクトル様。私、今なら言えますよ。この世界に転生できて良かったって。ヴィクトル様と出会えましたから。ただのフェリシアだったら出会えなかった。咲千だった私だから、ヴィクトル様と出会えたんです」


 こつん、と肩を触れ合わせてみる。ヴィクトルも同じように私へと身体を傾ける。アッシュグレーの猫っ毛が、私の頬をくすぐった。


「嬉しいことを言ってくれるね」

「貴重ですよ? 今日は特別な日なので」

「普通の日は言ってくれないのかい?」

「普通の日は、普通の日なので」


 そんな毎日甘々いちゃいちゃなんてしていられない。だって私とヴィクトルってそういう関係じゃないし……そういう関係じゃないものね? そうだものね!? 結婚したからって急に甘々いちゃいちゃバカップルにはなりませんよね!?


 一人でちょっとあさってな方向を向いて考えていると、急にヴィクトルが私の腰へと腕を回してきた。


「書いてほしいことは、それで全部かい?」

「んー……そうですね。他はちょっと思いつかないです。あっ、転生者リストには年齢と一緒に、前世の暦も書いてほしいです! 私が生きていた時代がわかるので!」

「分かったよ。それ以外は?」

「また思いついたら」


 前世の私が日本史の教科書に載るくらい華々しい業績を持っているような人間だったら、もっといっぱい語り尽くせないほどの話があっただろうけれど。平々凡々な一般人でしたので。


 もうないなぁ、と思っていたら、腰にまわっていた腕にそっと力が込められる。


「それじゃあ、そろそろ。こっち向いてもらおうかな」

「え? は、わ……っ」


 ヴィクトルがそう言って、私の顎へと指をかけた。視線を合わすように持ち上げられると、菫色の瞳が私の視界いっぱいに映りこむ。


「僕はね、フェリシアの心はまだまだ子どもだな、と感じる時があるんだ」

「え、突然の悪口ですか……?」

「悪口ではないよ。僕はそれを可愛いと思っているからね」


 吐息がかかるほどの距離で紡がれた可愛いに、一瞬、呼吸が止まった。じわじわと言葉の意味が、私の体温をあげていく。


「……貴重な言葉ですね。特別な日だからですか?」

「そうだよ、特別な日だからね」


 くすりと笑うヴィクトルの表情に、さらに体温が上がる。なんというか、その……ヴィクトルってそんな色っぽい顔ができるんですね……!?


 せわしなくなる鼓動を知らないでか、ヴィクトルはさらに言葉を重ねてくる。


「特別な日の、特別なこと、してもいいかい?」

「……〜〜〜っ」


 さすがの私も、この意味が汲み取れないほど子どもじゃない。それでも素直にはい、というには、恥ずかしさが勝ってしまって。


 だから、言葉の代わりに、そっと瞼を下ろす。

 ゆっくりと、ヴィクトルの吐息が近づく気配。


 この特別な夜は長くて、熱くて、とても甘くて。

 私は二回目の人生で、初めてそのことを知った。




ここまでお読みくださりありがとうございます。

これにて第三部婚約者編完です。

感想、評価等、大変励みになっております。

引き続き第四部玄蒼国編をお楽しみください。

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