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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第三部

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96/101

96.婚約者、帰還!

 今年は神樹の枝の巡礼があったため、領地持ちの貴族が入れ代わり立ち代りで王都にやってきた。途中で領地に帰って行った両親から、エリツィン伯爵領も無事神樹の枝の巡礼が終わったと知らせが届いた。私もほっとひと息。何事もなく終わって良かったです。


 そういった特殊な事情を考慮した今年の社交界は、いつもよりシーズンが長かった。けれどその長かった社交界シーズンも間もなく閉幕する。


 そんな頃、私はエリツィン伯爵邸の自分の書斎で、帰国したヴィクトルに追い詰められていた。


「これはなんの冗談かな」

「お、おおおお帰りなさいヴィクトル様。あの、その、帰国したばかりなんですよね……? 旅装のまま会いに来てくださったのは嬉しいんですけれど、あの……?」


 笑っていない、本気で怒っているヴィクトルの顔が目前にある。さすがの私も萎縮してしまって、ぴるぴる震えるうさぎの気持ち。


 ヴィクトルが訪ねに来たと聞いたので、ここぞとばかりに彼が出張中に起きた込み入った話をするべく、自分の書斎に招き入れたのですが。書斎に招き入れた途端、扉に押しつけられるような形で壁ドンされてしまった次第です。何故。


 困惑する私をじっと見て、ヴィクトルは懐から一通の紙を取り出した。


「家に帰ったら、君の名前でこんな手紙があったんだけど、どういうことだい?」


 何かしら、とそよっとその手紙をさらっと見て、頭を抱えたくなった。見覚えのある封筒と便箋。内容は読まなくても分かる。きっと私の名前で婚約破棄を打診する手紙なんだろうな。


 これはもう、決定的すぎる。


「……それ、エリツィン伯爵家の印章が入った封蝋がついていましたか?」

「もちろんだ。言い逃れはできないよ。婚約破棄だって? どういう心変わりをしたのか話してくれるまで、逃さない」


 ああ、やっぱり。

 ヴィクトルが本気で怒っている。私とは真逆。私はあなたからの婚約破棄の手紙をもらった時、とても悲しい気持ちになったのに。


 私だって、もしあの時にヴィクトルが王都にいたら。同じように彼へ事情を聴けに行けたかもしれない。それができずに、私がどんな思いをしていたのか、ヴィクトルは知りもしないで。


 ヴィクトルの菫色の瞳を見返す。久しぶりに見た菫色が怒りに染まっている。そう思ったら、なんだかいろんな感情がないまぜになって。


 私は衝動的にヴィクトルの首のうしろへ腕を回した。


「私の手紙じゃないです! 私だってヴィクトル様から同じ手紙もらったんですけど! ちゃんと偽物だって分かりました! なんでヴィクトル様はそれが偽物だって気づかないんですかっ」


 ぎゅぅうとヴィクトルを抱きしめて、彼の耳元ではっきりと大きな声で叫んでやる。びくっとヴィクトルの身体が震えて、私を囲うように壁についていた腕から力が抜けた。


「え……にせもの?」

「そうです、偽物です。この半年、私、すごくすごく心細かったんですからね……っ」


 ヴィクトルがいないのに、彼の元婚約者に振り回される日々はさすがの私も堪えていた。想定よりも二ヶ月くらい早く出張から帰ってきたヴィクトルだけれど、それでも早く帰ってきてくれないかと、ずっとずっと思っていたの。


 それなのに、最初に見た顔が怒ってる顔なんて。


「怒らないでくださいよぅ……! 私、ちゃんとヴィクトル様からのお手紙を読んで、一人で抱え込まないで、色んな人を頼りながら待ってたのに……っ」


 噂のことも、婚約破棄の手紙のことも。

 一人で突っ走らないで、色んな人に助けてもらった。他の人が進んで私のことを守ってくれようとしてくれたのもあるけれど……その意図を汲んで、私も大人しくしていた。


 言いたいだけ言ったら、ちょっと涙が出てきてしまった。視界が潤んで、声がうわずってしまう。


 そんな私を、ヴィクトルはおそるおそる抱きしめてくれた。


「えぇと……すまない。僕は、早とちりをしてしまったんだね」

「その通りです。反省してください」

「ごめんよ。許してくれるかい? 君に泣かれると、僕は弱ってしまうんだ」

「泣いてないですしぃ……っ」

「はいはい」


 ヴィクトルが私の背中をとんとんと叩いてあやしてくれる。完全に子ども扱い。いつも私はこの人に泣かされている気がする。そう思ったらなんだか悔しくて。すんっと気合で涙をひっこめた。


 私はゆっくりとヴィクトルから身体を離すと、無言で彼の袖を引き、部屋の奥にある書きもの机へと向かう。そこに置いてあるのは例の偽造手紙。


「これは私が受け取った、ヴィクトル様からの婚約破棄の手紙です」

「僕から? どういうことだい?」

「とりあえず本物じゃないと改めて確認できてとても安心しました。お察しの通り、偽物です」


 驚いた様子で私の差し出した手紙を見るヴィクトル。それから自分のもとに届いた私からだという手紙と見比べて、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。


「それじゃ、この君からの手紙も?」

「便箋が同じなので、おそらく同一人物の犯行でしょうね」

「……ふざけた真似を。誰がこんなことを」


 さすがに帰国したばかり、着の身着のままで手紙だけ読んで私のもとに来たようで。今シーズンの社交界での話も知らないのかも。


「バラクシナ子爵夫人です。ヴィクトル様とよりを戻したいそうですよ?」

「は? バラクシナ子爵夫人が?」


 困惑した表情をするヴィクトルに、私は今日までのことを丁寧に教えてあげた。ミシリエ子爵やシーリン商会への復縁の打診や、社交界での対峙と私の悪評。そして決定的な、手紙の偽造の証拠。


「ミシリエ男爵の印章を偽造した人を探しています。エルモライさんにも手伝ってもらって」

「兄上が……」


 それから思案するように顎へと指をかける。


「彼女、そんな人じゃなかったんだけどな……」

「でもそれが事実です」


 ヴィクトルは深々とため息をつく。すごく分かる。私も大きなため息をついてすべてを投げ出して、バラクシナ子爵家に突入して直接「いい加減にして!」と言いたいくらいだもの。


 そう思っていれば、ヴィクトルはトントンと自分の顎を指で叩いた。


「バラクシナ子爵家といえば。今回、調査対象だったバラクシナ子爵家が輸入していたお香についても、作り方を間違えなければ安全なものだと分かったんだ」

「そうなんですか?」

「うん。原材料の問題らしいよ」


 ヴィクトル曰く、クーヤくんの伝手を使って、色々と聞いてくれたらしい。


 そこで分かったのは、バラクシナ子爵家の輸入していた香の原材料には玄蒼国だけじゃない、アニマソラ神樹国の原材料も混ざっていたのではないか、ということ。入手の難しい原材料を安価な代替品でまかなったりするとこういう事が起きるらしい。私も渋い顔になってしまう。


 危険なものはそれだと断言されたそう。輸入された香を製作する人間は、玄蒼国でも職人が限定されているのだとか。だからこれはむしろ、玄蒼国の問題だけではなく、アニマソラ神樹国からその危険な香の原材料を輸入しているほうが大事だ、と言われたらしい。


「改造された香は危険だと、玄蒼国内でもよく言われていたかな」


 淡々と職場と同じトーンで話すヴィクトルの声に耳を傾ける。アニマソラ神樹国、なかなか尾を引くように話題の尽きない国ですね……?


「でもそうか……バラクシナ子爵夫人か……」

「かなり苦労をされているようです。その上での暴挙かと。まぁ、詳細はエルモライさんに聞いてください」

「分かったよ」


 ぽん、と。

 軽く頭を撫でられた。


 たったそれだけなのに、これまで胸の中に開いていたぽつんとした穴が消えていってしまう。子ども扱いされても嬉しくないのに。何気なく頭を撫でられただけで今までの寂しさが霧散していくんだから、私ってば本当に単純!


「それで、これからどうするんだい? バラクシナ子爵夫人を訴えるのかい」

「そ、その前に! バラクシナ子爵夫人がしたという証拠がないので、まだ訴えられないんです」


 そう、そこが問題。

 これだけ分かれば、犯罪の証拠だと言って封蝋ごと手紙を貴族院に渡すことができるのに。その決定打が欠けている。


「そうか……悩ましいね」

「なので、私にも考えがあるんです」

「考え?」


 ヴィクトルがこてりと首を傾げた。三度、考えるように瞬いて、言葉の意味が咀嚼できたのか渋面になる。


「いったい、何をするつもりだい」

「私も腹に据えかねているので」


 にっこりと笑ってみせる。

 長かった。今日まで本当に長かった。


 ヴィクトルが帰ってきた今こそ、私の反撃の狼煙があがるのです。



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