95.次回、婚約者帰還。
シーリン商会がエリツィン伯爵邸にやってきた。
本日の納品はこちら。
「わぁ、素敵……!」
「本当にこれで良かったんですかね」
ウェディングドレスが完成した。エルモライさんが首をひねりながら、出来上がったウェディングドレスを見せてくれる。
純白のウェディングドレスは私の憧れ。前世ではついぞ着ることのなかったもの。
でも普通の貴族は華やかな色使いをするから、エルモライさんに限らず、私のお母様にも散々これで良いのかと聞かれ続けた。それでも強行して純白のドレスにしたのは私の我が儘。
ハルウェスタ貴族の結婚式は、アニマソラ神樹教の作法に倣うものが一般的。個々が生まれた時に授けられる神樹を寄り添わせるの。無事植えることができたら、その神樹が見える場所で披露宴をする。その時に着るドレスは花嫁が一番綺麗で華やかであるのが普通だから、純白のウェディングドレスはきっと異質に思われることでしょう。
けれど、それでも良いとヴィクトルは言ってくれた。私のしたいようにしていいのだとヴィクトルが言ってくれたから、私はドレスを白色にすることを決めた。
「ふふ。今からこれを着るのが楽しみです」
「お気に召していただけたなら幸いです」
満足気な私を見て、エルモライさんも溜飲が下がったのかも。それ以上はもう何も言うことなく、納品の手続きを淡々と進めてくれた。
そしてウェディングドレスの納品が一段落すると、エルモライさんはこほんと咳払いして。
「えー、例の件ですが……この場で報告をしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。私が頼んだことですもの」
それでは、とエルモライさんはすっと机の上に一通の手紙を置く。私が預けた、偽ヴィクトルからの婚約破棄を打診する手紙だ。
「かなり悪質なことをされましたね。封蝋の印章ですが、ヴィクトル様がミシリエ男爵として普段遣いされているものを偽装しています。貴族の名前を騙る、非常に悪質な犯罪行為です」
「それくらい分かっています。だから私は、この便箋を取り扱っている商会を教えてほしいと申し上げたのです」
少しきつい言い方になってしまったけれど、私だって馬鹿じゃないもの。この手紙が偽物だと気づいたあと、印章の偽造という悪質な行為についても気がついた。貴族を騙ることは犯罪だもの。この物証がある以上、相手が無罪になることはもうない。
それを理解した上で、私はこの手紙を書くためにレターセットを買った人を探している。一歩たりとも譲る意思はないの。
じっとエルモライさんを見ていると、彼は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。この便箋はシーリン商会で取り扱っているものでした」
あらー、シーリン商会の便箋でしたか。
「この便箋を買われたのはどなた?」
「……商会の店舗でも売っているものですので、購入者すべては控えておりません」
「そう」
紙の入手がしやすくなった弊害ね。平民からするとまだまだ手の届きにくいものだけれど、商人や貴族なら買えてしまうくらいのお値段。そう言われることを考えなかったわけじゃないから、私もすんなり納得する。
でも今回の件、犯人は分かっているようなものだから。
「最近、バラクシナ子爵夫人がこの便箋を買った記録はありましたか?」
「最近ではありませんが……以前、取り引きを再開された際、真っ先に買われたのがこちらの便箋です。例の事件の被害に遭われた方々にお詫びの手紙を書くのだと言って、かなりの数を一度に買われました」
なるほど。
その余りの便箋で書いた、という可能性は十分あるわね。
「フェリシア様。僕からも質問よろしいでしょうかね」
「良いですよ。どうぞ」
「手紙を渡してきた使者は見つかったので?」
エルモライさんの問いかけに、私は首を振る。
「探させてはいるけれど。暗い時間で顔もよく見えなかったそうだから、見つけるのは難しそうです」
夜会に出る前には無かった手紙。よくよく聞けば暗い時間に届いたというのも不自然な話。受け取った使用人は「お嬢様に早く渡そうと向こうの方も急いてくれて……」と言っていた。我が家の使用人も私の婚約に浮き足立っていたみたいで反省中。
「確実なのは印章の偽造ですね。そちらの証拠があがれば、決定的なのだけれど」
「やはり、バラクシナ子爵夫人なのでしょうかね……」
エルモライさんが肩を落として深くため息をつく。もともと良好な関係だったと聞くし、何か思うことがあるのも。
「そういえば、どうしてバラクシナ子爵夫人はヴィクトル様との婚約を破棄されたのです? 家の事情とだけ聞きましたが」
「あぁ、あれは悲しい顛末でしたよ。バラクシナ子爵夫人が本当にお可哀想で……」
エルモライさん曰く。ことの発端はバラクシナ子爵家のお家騒動にあったとか。
当時、バラクシナ子爵家の分家の男が勝手にバラクシナ子爵を保証人に仕立て上げ、借金をこさえた。挙句、首が回らなくなった際に、その尻拭いをバラクシナ子爵家に押し付けた。バラクシナ子爵家はこの負債を才能あるヴィクトルに押し付けるわけにはいかないと、娘ジャンナとの婚約を解消。借金の醜聞を口外しないことと、堅実な返済を条件に、ジャンナを分家の男と結婚させたらしい。
その男が現バラクシナ子爵。あまりにも人間としてクズ。そんな人間なんて追放してしまえば良かったのに、バラクシナ子爵は彼に更生の機会を与えたかったそう。
けれどそれが仇になった。
娘が結婚してすぐ、バラクシナ子爵夫妻は馬車事故にあい、亡くなった。残されたジャンナが家を切り盛りするも、夫の更生はうまく行かず、子爵の権限を使って人知れずやりたい放題。借金返済のための事業投資と言いつつ、浪費を重ねて事業はおろそか。ジャンナも日に日に窶れていって、資金繰りの相談を受けていたエルモライさんもたいそう心配したらしい。
「そこに、二年前の事件です。思い返せば、二年前の事件のあとからジャンナ様は変わられたのかもしれないですね。優しかった人ですが、常に神経質になられて……」
バラクシナ子爵がもたらした玄蒼国産のお香による中毒事件。そこから一年ほど、バラクシナ子爵も子爵夫人であるジャンナも姿を消した。
そして昨年の社交界で復帰。当然、まだ社交界はバラクシナ子爵家がもたらした事件を許しはしていない。悪感情の渦巻くなかで、一から信頼を築き直すべく、バラクシナ子爵夫人は被害者の方々へ謝罪の手紙を書くことを決意。シーリング商会で便箋の購入をしたそう。
「本当は、フェリシア様にこのようなお話はしたくなかったのですがね」
「いいえ。聞きたがったのは私ですから」
バラクシナ子爵夫人にもつらい事情があったのは理解した。だからといって私の悪評を広めたり、ヴィクトルの手紙を偽造して婚約破棄を企てるのはやりすぎだけれど。
色々、バラクシナ子爵夫人に思うことはある。
でももう一つだけ。エルモライさんが知っているのなら教えてほしい。
「バラクシナ子爵夫人がヴィクトル様との婚姻に固執する理由は何だと思いますか」
「金でしょうね。うちへ真っ先に金の無心をされましたから。誠実に対応したいとおっしゃっていたので、便箋も安めにお譲りしたんですが。そこから半年ほどで手のひらくるりでしたよ」
エルモライさんの回答に、私はちょっと考える。
それだと、少し足りない。
「ですが、ヴィクトル様はすでに私と婚約しています。それを聞いてもなお、ヴィクトル様に固執する理由が知りたいのです。お金が欲しいだけなら、ヴィクトル様以外にも裕福な男性はいます」
それこそ、貴族籍の欲しい商人はいくらでもいると聞くし。
「言われてみればそうですね。あいつに固執する理由……元婚約者だけでも、理由は弱いですかね」
「きっかけとしてはあるでしょうけど……」
ヴィクトル自身が、婚約期間の一年で片手で数えるほどしか会ったことがないと言っていたくらいだもの。すがりつくほどの情があったとも思えない。
悶々としていると、エルモライさんがパチンと指を鳴らした、
「発想を変えてみましょう。ヴィクトル様じゃなきゃ駄目な理由があるのかもしれません」
「ヴィクトル様じゃなきゃ駄目な理由……?」
「たとえば……お香の件、玄蒼国に行ったヴィクトル様から直接安全なものであると証言させる、とか?」
目から鱗とはまさにこのこと。つまり外交官のヴィクトルに、輸入品である香の尻ぬぐいを手伝わせたかった? もしそれが本当なら、あまりにも他力本願では。
「……たとえ玄蒼国ではお香が安全に使われていたとしても、実際に中毒症状を引き起こすようなものをバラクシナ子爵家が売ったのは、覆らない事実です」
「フェリシア様のおっしゃる通りです。ですが、ヴィクトル様に固執する理由なんて、それくらいしか思いつきませんよ」
エルモライさんの言う通り、ヴィクトルじゃなきゃいけない理由を挙げるとしたら、それが一番可能性が高い。もし本当にそれが理由だとしたら、ヴィクトルから面と向かって断られない限りは引き下がらないでしょうね。
それならそうで、私も覚悟を決める。
社交界シーズンが終わる頃にはヴィクトルも帰ってくるはずだもの。
それまで私は、自分にできることをするだけだわ。
【ヴィクトルの出張日誌18】
ジョウキキカンシャに乗った。馬など比ではないほどの恐ろしい速さで風景が通り過ぎていく。ゴレンという人物が遺したと言われるジョウキキカンシャの設計図をクーヤ殿が読み解き、実現にまでこぎつけたそうだが……九百年も実現できなかったものをあっさりと実現してしまったクーヤ殿の頭脳は計り知れない。いくら年下とはいえ、侮らず敬意を持って接していきたい。
本日夕食:駅で販売されている弁当。道中各駅で販売されている弁当がある。駅のある町の特産品などを使った弁当のようで、購入する駅で中身が違うらしい。僕が食べたのはたくさんの米の上に、ちょこんと小さな魚の欠片が乗っているものだった。この魚の欠片がとにかく辛い。塩の味があまりにも強いため、米がなければ食べられない。米の量に対して、魚の欠片の小ささが際立つが、むしろこの欠片の大きさでも米の物足りなさを感じてしまう。こんな食べ方が許されるのか。魚の塩気が米の甘さに包まれて、咀嚼の果てににじみ出る魚の旨味。贅沢な食べ方だと感じる。




